第21話 会話の流れ

 向き合う二人。


「じゃあ、いただくわ」

「おお……」

「…………」

「…………」


 そして、一口、また二口とつけて喉の渇きを時間をかけてゆっくりと潤していく。

 そんな二人の今の頭の中は……


((さて、ここからどうやって会話を盛り上げよう……))


 どんな会話をしていこうか? 流石にパッと飲んで買い物に行こう、とは二人とも思わなかった。

 せっかく二人での喫茶店。

 なんとか会話で盛り上がりたい。相手のことを知りたい。

 しかし、本来なら自然の流れでスッと会話していくものだが、互いに意識し合っているためか、どこかぎこちない。

 ゆっくりと互いにカップを降ろし、さすがにここから無言になるわけにもいかず……


「白河の御趣味は?」

「はい?」


 定番中の定番だが、改まって身構えるような聞き方をしたことで、思わずエルザも聞き返してしまった。

 そして、少し戸惑いながらも……


「えっと……え、映画見たりとか……運動……ほら、私もテニスやってるし、部活で……あなたたちラグビー部ほど強豪ではないから毎日ってわけじゃないけれど……」

「お、おお、そうか……」

「うん……」

「…………」

「…………」


 会話は続かなかった。


(兄ちゃん、広げろよ! 最近見た映画でおすすめは? とか。今まで見た映画で何が一番好きとか!?)

(部活の調子はどうなの? とか、いくらでも会話は広げられるでしょうに!)

(何のために聞いたんだ! 定番だけど、せっかく広げられるパスが返ってきたんだから、頑張れよ彼氏!)


 そんな緊張感漂って向かい合う二人を、周囲で静かにコーヒーを飲んでいる大人たちは心の中でツッコミを入れていた。


(……どうしよう……私の方から喋っていいのかしら? でも、いきなり私から話を切り出して、ベラベラ喋る女だと思われるのも……でも……)


 一方で、エルザはとにかくダンシコーと喋りたかった。

 せっかく気になっている男子とこうして向かい合い、二人で話せるチャンスなのだ。

 しかも、今は学校という空間ではないので、人目を気にすることもない。


「…………モジモジモジ……」

「……………」


 ダンシコーは静かであまり話そうとしない。学校で男子校仲間と話をする時とはえらい違い。


(会話盛り上げようにも、あまりベラベラ話してチャラ男だと思われるのも嫌だし……難しい……)


 女子はクール系な男子が好きだという根拠のないことを考えていたダンシコーだった。

 一方でこのチャンスを無駄にしたくないエルザは……



「どう? 今年は良い一年生は入ってきたかしら?」


((((女の子から動いた!))))



 自らが動いた。

 そして、その話題ならいくらでも話は広げられるというエルザの考え。

 それは見事にハマった……かに見えた。


「ああ。4月に学校名変わったから、ウチの学校分からなくなるやつ居るかもって思ったけど、推薦組も入れて結構入ったよ」

「そう。まっ、今年は去年のような大虐殺は起こせないから平和でしょうけどね♪」

「あ、ああ、そ、それは……」


 冗談のつもりが、エルザの発言にダンシコーはバツの悪そうな顔になり、エルザも慌てた。


「あっ、責めてるわけじゃないわ! むしろ、凄かったってことよ。私もあの試合見てたし」

「……あ、そういえば、そんなこと……そ、それって……キョーガクラグビー部に、その……」

「ッ!?」


 エルザの言葉にダンシコーは探りを入れてくる。それは去年の試合を見に来ていたのは、誰か目当てのプレーヤーが居たからなのかと……いう意図をエルザは一瞬で読み取り、慌てたように弁明した。


「違う違う! 私ってラグビー好きなの! だから、せっかくだし見に行こうと思ったわけであって、ラグビー部に興味あったわけではないの!」

「……へぇ、そ、そうなん……だ……ラグビー部には……」

「あっ……」

 

 キョーガクの選手にお目当てはいなかった。しかし今の言い方だと……


●ラグビー部の連中そのものに興味ない→ムサクルにも興味ない→ダンシコーにも興味ない


 という図式が成り立つのではないかと、自分の発言にハッとしたエルザは更に……



「そう、試合そのものに興味があって、それで見に行って、そこであなたを見つけたのよ! ラグビーセンス、ボールハンドリング、パワー、スピード、キック、パスセンス、判断力、そしてサボっている人がいたら叱咤して、ミスして落ち込みそうだった人をグッと盛り上げて……ほんと、あなたのことが素晴らしいって、ステキな人だなって思って、試合中はずっとあなたを追いかけてたの!」


「…………し……らかわ…………」


「……あっ……」



 慌てたように捲し立てたエルザだが、言い終えてすぐにまた自分の発言に気づく。



(あ、あれ? い、今、私……かなり際どいというか……ほぼほぼアウトなことを言ってしまったのでは?)


(((((せ、青春だなあ……どきどき……び、美人なのに、かわいい)))))


(アウトというか、見方によっては……告白してないかしら? え?) 


(((((さ、お兄さん、ここが男の見せ所だ……)))))



 そこそこ大きい声だったので、二人の周囲の客にも、なんなら店員にまでエルザの声は聞こえてしまい、全員が何食わぬ顔をしながらも耳を傾けてエルザとダンシコーに集中していた。


(ま、まて、落ち着け……こういう女子がちょっと褒めてくたり親しくしてくれたぐらいで「こいつ俺のこと好きなんだ」って勘違いするのは男子校の発想……特に白河は優しいから持ち上げてくれてる部分もあるだろうし……だから、ここでウヒョーみたいな態度したり、ましてや告るとかは以ての外であって……ここは、クールに……よし!)


 そしてダンシコーは……



「あ、ありがと。で、最近見た映画では何がお勧めなんだ?」


「……あ゛?」


「「「「「ぶぼぉぉおっ!!??」」」」」



 エルザが自分でも珍しいぐらいにドスの効いた声を出してしまい、周りの客も噴き出してしまった。

 そう、この場に居るダンシコー以外の全員が……



(((((このヘタレ野郎ッッ!!!!))))))



 と、叫んだ。


(なに? 今の……無意識とはいえ、どう考えてもトライ確実なラストパスを放ったのに……ワザと?)


 ただ、エルザはこれで納得するわけにはいかない。

 自分がここまで勇気を出したのだ。

 彼女もまた意地があった。


(だんだん腹が立ってきたわ……どうにか会話を盛り上げないと……って、何で私が気を使うの!? 私はエルザ。凛々しく賢くブラボーなレディよ? ……こうなったら……もっと激しく行って誤魔化すこともできないぐらいにしてやろうじゃないの!)

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