第20話 喫茶店で

 待ち合わせは15分前には到着するというのが頭にあった。

 

 その時間に到着するには余裕をもってさらに10分余裕を見て、25分前。

 とはいえ、あまり早く到着しすぎていることを相手に気づかれてしまったら「うわ、こいつこんなに楽しみだったの?」みたいに思われるのもあまり面白くないので、もし何かあったらすぐに待ち合わせ場所に行けるような近くのカフェにでも入って様子を伺う方が良い。

 念のため、電車が遅れたりという事態も考えてそこからもう少し早めに……



「あ……」


「え?」



 そんな想定を二人ともしていたことで、結局待ち合わせの一時間前に近くまで到着してしまった。

 そして互いがそうしていたこともあり、結果的に待ち合わせ場所を窓の外から確認できるカフェで二人は遭遇してしまった。


「あ、えと、し、白河? な、なんで……待ち合わせはまだ……」

「き、君こそ、ど、どうして?」

「いや、部活の癖でつい早く来すぎちまってな! そっちは?」

「え? あ、うん、私はちょっと時間を間違えちゃって……」

「お、おお、そうか……」

「ええ。うふふふ」


 互いに苦笑するダンシコーとエルザ。


((早く来すぎた!? ど、どうしよう、ウソバレてない? こいつ気合入れて楽しみだったんだな~、とか思われない?))


 早く来たのはお互い様だというのに、そのことに気づかず、互いに「今日のデートを楽しみにしていた」ということをバレないようにしなければと、別のことで頭を悩ませる二人。


「えっと……とりあえず、注文するか?」

「う、うん」


 本当なら、お見舞いの品を買いに行くだけ。

 しかしそれでも二人にとっては初デート。

 色々と想定はしていたのだが、初っ端から予想外の展開になるとは思わず、二人は一気に緊張することになってしまった。

 そして……


(あれ? 待てよ、これって……まさか、喫茶店デート!?)

(これって……私たち……カップルに見えてしまうのでは!?)


 二人揃って早速のイベントに胸が高鳴った。

 ただ、ここでダンシコーは……


(ふぅ、落ち着け、ただ向かい合って飲み物を……って、あれ? こういうとき……何を頼めばいいんだ? 俺はオレンジジュース飲むつもりだったんだけど……こうして白河と一緒になっちまった以上……なんか、白河はよくわかんねーコーヒーとか紅茶とか飲みそうだし……)


 レジまでの列に並んだ瞬間、いきなり浮かび上がった疑問にダンシコーは思わず頭を悩ませる。


(どうしよう、普段コンビニでしか飲み物買わねえし……一人だったら気にしねえけど、女子と二人で喫茶店でオレンジジュースってどうなんだ? でも、コーヒー? なにあれ、メニューよく分からねえ? ドリップ? ラテ? アメリカン? かもみーる? 何語だ!?)


 普段、友達や部活仲間とはファーストフードやファミレスやコンビニで飲み物を買ったり飲んだりで、特段何を注文しようと人の目は気にしなかった。飲みたいものだけを飲んでいた。

 しかし、こうして憧れの女子との予期せぬ喫茶店デートになったが、そもそも普段からコーヒーなどを口にしないこともあって、ダンシコーはメニュー選びから頭を悩ませた。

 そして、気付かれないようにスマホを取り出して……



ダンシコー:喫茶店。なにちゅうもん? 三上くん教えて


一同:実況中継キタアアアア! 死ねええええ! 


教祖:見える……白河さんは英国王室御用達の紅茶を飲んでいる姿が……


ヒット:ないない



 早速、仲間に相談。

 もちろん、こんな急にメッセージを送ってもすぐには……



三上くん:どこの喫茶店か分からないけど、無難にアイスコーヒー。絶対あるから


ダンシコー:あり! おれ、飲んだことないけど……


三上くん:苦いって顔に出さなきゃいいよ



 今日はダンシコーのデートということで実況中継やら救援を求める声があるかもしれない……と、思われ、何だかんだでムサクルメンバーはスマホの前で待機していたので、ソッコー返ってきた。

 ちなみに、三上くんとはムサクル生の中で唯一の彼女持ちで姉と妹もいて女慣れしているということもあり、ダンシコーたちの中では嫉妬の対象を通り越して頼れる存在でもあった。

 ただ、実はこのとき既にダンシコーは一つのミスをしていた。


(ダンシくん……服について一言も言ってくれない……というか、何の反応も……やはり、キュロットとシャツだけではインパクトが少なかったのかしら? そう言う意味では、彼はポロシャツと綿パン……うん! 体格の良いラガーマンはやはりこうじゃなくちゃね! 私の好きなタイプでブラボーだわ!)


 いきなりの遭遇と喫茶店に対する悩みで、エルザの私服について全く意識してなかったダンシコー。

 しかし、まずは真っ先にそれについて反応して欲しいと思ってたエルザは、少し唇を尖らせて不満をあらわにした。

 ただ……



「ご注文は何になさいます?」


「あいすこーひーを」


「サイズはどうされますか?」


「は?」


「サイズをこちらからお選びください」


「じゃあ、Lサイ……ん? あれ? サイズ……? ……ぎがんと?」


「うぷっ!? あ、えっと……グランデですね?」


「ッ!?」


―――ッ!!??


 

 唇を尖らせたエルザが、次の瞬間思わず噴き出した。


(ぷっ、うふふ……ぎがんと……ぎがんと……彼、こういうところには普段来ないのね。あぁ~あ、顔赤くしちゃって……かわいい!)


 店員の女性もヤバかったが、なんとか耐えて微笑み、ダンシコーは一人顔を真っ赤にプルプル増えていた。

 そして、それを誤魔化すように……


「あっ、えっと、白河は何飲む?」

「は? え?」

「ほ、ほら、注文、一緒によ……」

「え? あ……」


 振り返ってエルザの注文を聞くダンシコー。

 それは、単純に奢りであるという意思表示でもあった。

 しかし、そんなときにメッセージで……



三上くん:あと、白河さんの分を奢ろうとしている? もしそうなら、いきなり奢んない方がいいよ? 彼氏彼女になっての初デートならまだしも、まだ二人はそういう関係じゃないんだし。無理に奢ろうとすると、デート意識して好感度上げようと必死感出てるの露骨だし、今の時点では白河さんみたいなタイプは「ありがとう」っていうより、「申し訳ない」って思うんじゃないかな?



 丁度そんなメッセージが入ったのだが、タッチの差でダンシコーは見落としてしまった。


「え? まさか、奢って……い、いいわよ、そんなの!」

「いやいやいや、こ、ここはまずは、ほら、せっかくだし!」


 流石にいきなり奢ってもらうのは……別に付き合ってるわけでもないのにそんなことされるのは申し訳ないと思うエルザ。

 一方でダンシコーは……


(だって、男と女が二人で買い物したら、金は全部男が払うものなんだし……)


 妙な思い込みやら先入観やらで、そんなことを考えてしまった。

 そして、それは……


(あっ、ひょっとして……デートだから? 男の子が払わないとって、彼は思ってくれているのかしら? ……ってことは、彼は今日のことをちゃんとデートだって、思ってくれてるのかしら? いや、でも……ここでお金をアッサリ払わせたら、私ってどう思われるのかしら?)


 三上くんの忠告通り、エルザは「ありがとう♡」という反応を見せるわけでもなく、逆に悩ませてしまった。

 ただ、こんな光景を見ていた店員や周りの客は……


(高校生? まだ付き合ってないのかしら?)

(あっ、この男の子、全然慣れてないわね。女の子に良いところ見せようと思ってるのね)

(女の子の方は凄い美人だけど、男の子に奢ってもらえて当然みたいな子じゃなさそうね……)

(ちっ、早く注文しろよ)

(イチャイチャしやがって、蹴り飛ばしてぇ)

(あ~あ、それじゃダメだよ男の子。女の子に先に注文させて、そこからサラリと自分も一緒に注文して、その流れでまとめて払っちゃえばいいのに……『何を飲む?』 じゃ、遠慮するよ……)

(あまずっぱ)


 という雰囲気で見守っていたのだが、いずれにせよダンシコーは引き下がる様子もないので、申し訳ないと思いつつもエルザは値段もそれほどしない小さめのものを奢ってもらうことにしたのだった。

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