第17話 惨劇の果てに

「「「「キタアアアア、サンガのミサイルタックルうぅぅぅぅ!!」」」」


「う、あ、うわあああああああ、ひ、膝がぁぁ!?」


「兄さんッ!? あ、ああ……兄さんが、兄さん!? に、兄さんの膝が……あ、ああ!?」


「ま、まずいな、これは靭帯を……急いで病院に!」



 ラグビーは番狂わせなどのジャイアントキリングが起きにくいスポーツの一つである。



「ひ、ひいいいい!?」


「戦意無き選手など、戦場から消え失せろッ!! ふんぬあああああ!」


「「「「ハカイ! ボンバーイエイッ!!」」」」


「こ、後輩くん!? い、いけないわ……後輩君が……後輩君が顔から!?」


「いかん、鼻血か止まらな……鼻が折れ曲がっている!?」



 屈強な15人対15人の男たちが、一人の力ではなく各々のポジションの選手たちが協力し合って一つのボールで互いの陣地を攻め合う。

 また、ラグビーでは他の球技のように「前にパス」というのは反則になる。つまり、走ってボールを運ぶか、真横か後ろにパスを放ることでしか前へ進むことが出来ず、一気に相手の陣地へと攻め込むことが出来ない。

 そんな競技だからこそ、互いの力が拮抗し合えばロースコアゲームになり、互いの点数が一桁で進む場合もある。



「逆サイ、ウイングッ!」


「ナイスパースッ!」


「うわ、今度は逆サイド……あのスタンドオフなんてパス、しかもウイングが速いッ! くそ、掴んでみせ……あっ……っ、い、いてええ!」


「やった、捕まえたわ! あっ、引きずられて……ちょ、あんたバカ!? 何でせっかく捕まえたのに離してん……え? なにあれ、指が……ひっ!?」


「いけない……ユニフォームを掴んだけどそのまま引きずられて……指を脱臼している……」



 逆に力の差があり過ぎると……


――ピー!!


「前半終了! 前半77-0でハーフタイムに入ります」


 圧倒的という言葉すら弱いほどの絶望的な力差が点数として如実に出るのである。

 呼吸を整えながらそれぞれのベンチへ戻る選手たち。


「前半で、77-0か……まさか高校デビューでこんなに取るとはな」

「トライを取った本数より、相手をノートライの無得点に抑えたのは上出来だな」

「ダンシコーもキックは全部決めたな。まぁ、ほとんど真ん中でトライ取ってたからだけどよ……」

「ふん、つまらん……」


 ムサクルの選手たちは特に疲れた様子もなく、表情もどこか軽い。



「「「「「うおおおお、ムサクルムサクルムサクルばんざいいいい!!」」」」」



 もはや踊っている応援団。

 一方でキョーガクの選手たちは既に一試合終えたかのように泥まみれ、そして生傷だらけで、言葉もない。


「はあ、はあ……うぅ……」

「…………」

「あ、みんな……水……はい……」

「……みんな……」


 その表情には絶望しかなく、帰ってきた選手たちにキョーガクの応援女子たちもマネージャーも、そして顧問の女教師も誰も言葉を発することが出来ない。

 試合の勝敗などもはや誰の目にも明らか。

 いや、勝負にすらなっていない。

 

 勝ち負けなど関係なく、最後まで戦い抜こう? 


 そんな言葉すらも薄っぺらくなるほど、誰も何も言えない空気が漂っていた。


「や……やり過ぎでしょ……」


 最初は同じ学校の男たちがリア充なキョーガク選手たちをぶちのめしている姿に心の中でガッツポーズしていたヒットだったが、その顔は既に青ざめている。

 それは、隣にいた雪菜やエルザも同じであった。


「し、信じられません……素人の私でも分かります……つ、強すぎます」

「おまけに、怪我人続出で、もうウチのチームに交代メンバーもいないわ……13人の二人も少ない人数で……」


 正直、もはや気の毒過ぎて見ることも心が痛むほどの惨状だった。

 むしろ、後半このままやるのか? 棄権するべきだろうと、誰の目にも明らかだった。

 そして……


「……それにしても、強いわね……その個々の力も当然だけど、それを統率する……」


 ラグビー好きのエルザの視線の先には、ムサクルのベンチでメンバーたちと話し合っている10番の選手、ダンシコー。


「おい、ハカイ! 最後のスクラム、あれ何でプレッシャーかけなかった?」

「ん?」

「手ェ抜いてんのか?」

「……むっ……いや……」

「仮にプレッシャーかけないなら、スクラムでボールが出た時点ですぐに散開しろ! タラタラ歩いている所を突かれたらどうすんだ? 今日はよくてもそういう気の抜けたプレーはやめろよ。即散開を意識しろよ! 点差の出た試合で集中力切るって行為、慣れちまうと今後も出るぞ!」

「お、おぉ……分かった……」

「頼むぜ? 花園で怪物どもを倒すためにも、お前がフォワードを引っ張るんだよ!」

「……心得た!」


 これだけの大差をつければ集中力だって切れるし、気の抜けたプレーが出ることもある。

 しかし、それを見抜き、この試合のためだけでなく今後の試合まで意識してストイックな指示を出し……


「それと、さっきのセンターショートでツッコんだ……トクちゃん!」

「あ、お、おお、すまん。パス取れずにノックオンしちまっ―――」

「アレは俺のパスがちょっと雑過ぎた! ワリぃ! でも、マジでナイススピードだったぜ! あのスピードであの角度で抉り込まれたらマジヤバいって! あれ、後半もどんどん試してよ、今後の武器にしようぜ!」

「お、おおお!」

「ウィングももっと声出してくれ! 隙見てロングパス放るから、ガンガン決めてくれよ!」


 エルザからすればダンシコーのパスミスには見えなかったが、それでもミスしたメンバーのミスを責めるのではなく、気落ちさせないようにむしろ気分を上げさせたりと、メンバー一人一人に合わせて後半に向けた声をかけるダンシコー。



「いいか、お前ら! バックスは捕まっても簡単に倒れないで、すぐフォローに走ってオフロードで繋いでいこうぜ! 走るぞ! 後半は繋ぐ意識だ」


「「「「「おおおおおっ!!!!」」」」」


「そして、ディフェンスは横とのコミュニケーション! ギャップ作らず、タックル低く激しく! ラックではジャッカルも激しく! そしてノートライで必ず押さえるぞ!」


「「「「「おっしゃぁぁあああ!!」」」」」


「フォワード! ゴール前のラインアウトからのモールもどんどん試していこうぜ!」


「「「「うぇええいい!!!」」」」



 これだけ点数が開いたのだからもういいだろう……と、キョーガクの選手たちも、そして周りに居た顔を青くしている応援の女子生徒たちも思っていた。

 しかしそれでも試合である以上は、徹底的に戦おうと、後半も気を抜かずに熱く闘志を燃やすムサクル選手たち。

 

「いいわね……彼……凶暴な顔と暴力的なプレーをしながらも、味方にとっては頼りになる存在ね……」


 その中心に居たダンシコーを、敵のチームのプレーヤーではあるものの、エルザは気付けばずっと目で追っていた。

 ただ、そんな存在は敵チームを応援する者たちからすれば、恐怖でしかない。


「うぅ、もう、やめてあげてよぉ……」

「このままじゃ……みんな死んじゃう……」

「みんな可哀想……」


 そう、もはや惨劇だった。

 そんな様子を苦笑して眺める者たち……


「うわぁ……ひどいわね~ん」

「ですね、キャプテン。去年の俺らよりもヒドイっすね」


 今日の試合には出てないムサクルの上級生たち。

 新一年生たちが容赦も一切ない圧倒的なプレーに呆れるしかなかった。

 そして……




「まったく……先生の話では、来年はムサクルとキョーガクは統合されるっていうのに……大丈夫かしらん?」



――――――ッッッ!!!???



「「「「「ぬわにいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!????」」」」」




 その呟きは、どういうわけかその場にいた全ての男たちと女たちの耳に入り、同時に驚愕した。







――あとがき――

お世話になっております。少しずつ読んで戴ける方が増えて嬉しいです。作品のフォロー及び面白いと思っていただけましたら、是非に下記の「★」でご評価いただけましたら、大変励みになりますのでよろしくお願いします。


また、ラグビーは性質上怪我が絶えないスポーツではありますが、故意に相手をケガさせてやろうだなんて危険なことを考えている奴はフツーいませんのでご安心ください。

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