第16話 ハカイせよ

「だいちゃんが……だいちゃん!」

「ぐっ……つっ……」

「だいちゃん、血が出てる!?」


 鋼に顔から地面に叩き潰されただいちゃんは口を小石で切ったのか血を流し、顔も擦りむいている。

 その痛々しい姿に応援の幼馴染は既に涙目。

 だが、ムサクルの選手たちは「ラグビーならその程度日常茶飯事」と大して反応せず、すぐに各々のポジションに着く。


「エルザ、先ほどのあの10番のアレはどう見ても反則ではないですか!?」


 開始早々のノーホイッスルトライ……キックオフから一度もレフリーの笛がなくトライをすること。つまり、キックオフからトライに至るまでの間に両チームにミスや反則やラインの外にボールが出たりせずにトライを奪われるという、普段はあまり見られない光景にキョーガクがショックを受ける中で雪菜が声を上げるが、エルザは首を横に振った。



「いいえ、あれは正当なハンドオフの流れの中、相手のタックルをあくまで切ったプレーだから反則ではないわ……まぁ、頭を掴んで叩き潰してたからどうかとは思うけど……あれも技術の一つだわ」


「そ、そうなんですか?! あんな暴力的なプレーが……」


「ふふふ……だけど問題なのは……」



 そのとき、エルザがグラウンドのある方向へ目をやる。

 それは試合開始早々にサンガにタックルを受けたキョーガクの選手が未だにグラウンドに倒れて起き上がれていないことだ。


「おい、大丈夫か!?」

「うぷ、おぼ……う~……」

「みぞおちに思いっきり入ったな……ちょっと休んでろ……」

「ぐっ……つっ、大丈夫っす、俺は……うぷっ……」


 そして、試合開始からまだ数十秒しか経っていないというのにキョーガクの選手は一人リタイア。

 タンカで一人グラウンドの外へ運び出される光景に、キョーガクの女子生徒たちは顔を青くした。

 だが一方で、それをやった張本人は淡々としていた。


「さすがだな。ナイスランだ!」

「おう、ナイスタックル!」


 普段は物静かなサンガだが、熱く拳を突き出して鋼と拳を合わせて互いを労う。

 チームメイトたちも二人の背中や手を次々と叩いて次のプレーに備える。

 そして、キョーガクもまた……


「みんな……まだまだよ! この失点は忘れて、切り替えましょう!」

「キャプテン、今度こそ止められます! がんばって!」


 気落ちするキョーガク選手たちを鼓舞するように、ラグビー部顧問の美人教師が声を上げ、健気なマネージャーも後に続く。

 さらに……


「後輩くん、まだまだこれからよ! ガンバッ!」

「ちょっと、せっかくこの私が応援してあげてるんだから、いいとこ見せなさいよ! べ、別にあんたのためじゃないんだからね!」

「兄さん、ファイト!」

「だいちゃん、気を付けて……」


――――ブッチイイイイッ!!!!


 その音は、グラウンドの内外問わずムサクル男子たちから響き渡った。



「あ~……次のキックオフ、ハカイ以外が取れ。んで相手のフォワードがきたら、すぐにラック作ってボールが出たら……」


「「「「「ん…………?」」」」」

 

 

 ラックとは、ラグビーの試合で敵味方が入り乱れる密集となった場合、ボールを地面に置いて外に出すポピュラーなプレーの一つ。

 

「スクラムハーフがボールを出し、助走をつけたハカイが突っ込んで……全員蹴散らしてこい!」

「ぐわはははは、心得た!!」


 勝つだけではない。

 もはやぶっ潰してやると意気込む鋼のその指令に、芳賀葉戒ことハカイは滾る闘志を抑えきれずに笑みを浮かべ、チームメイトたちも目を光らせて頷いた。

 そして……


「そうだ。あんなの出会い頭だ。これからこれから!」

「タックル低く、激しく行くぞ!」

「あんな一年共に好き勝手にやらせるな!」


 女子の声援を受けて顔を上げてすぐに切り替えて気合いを入れ直すキョーガク。

 そして再び試合再開の笛が鳴り……


「よし、マイボール!」

「ナイスキャッチ! ラック!」

「ラーック!」


 事前に鋼が言った通りに皆が動き、そして……


「ラックだ! キックが来るぞ? いや……」

「3番が構えてるぞ? ショートで突っ込んでくる気か?」


 あからさまに次にボールを持って突っ込むというような雰囲気とポジショニングのハカイ。

 そして、ボールが出た瞬間、助走をつけたハカイがボールを持ち……



「3番がボール持った!」


「俺が止める!」


「キャプテン!」


「キャプテン、お願いします!」



 ボールを持ったハカイに果敢にタックルを仕掛けにいくキョーガクのキャプテン。

 その勇敢な姿にマネージャーだけでなく、女子たちが声援で後押しする。 

 だが、鋼は笑みを浮かべ……



「高校一年生で身長二メートル、体重110kg。ベンチプレス百五十キロ。誰が止められるんだよ」


「ぐぬりゃあああああああああああああああ!!」


「ばぎゃっ!?」



 小細工無しの中央突破。

 果敢に止めに来たキョーガクのキャプテンの勇気を粉々に打ち砕く突破。

 まるで交通事故だ。


「キャ……キャプテン!?」


 大型トラックに激突されたかのように、キョーガクのキャプテンは人形のようにふっとばされた。

 もう、誰にも止めることは出来ない。


「ぷ、プレーはまだ止まってない! と、止めろ!」

「三人がかりで止めろ!」


 そして、倒れるキャプテンに心配するものの、まだプレーは続行中。

 だが……



「ふん、つまらん。ふぬらあああああ!!」


「「「「「うぇーい、ハカイーーーーッッ!!!!」」」」」



 人数など関係なく正面衝突で群がるディフェンスを全てなぎ倒すハカイ。

 応援団からはスカッとしたかのような歓声が上がる。


「ななな、なんですか、アレは?! か、怪獣ですか!?」

「……フィジカルが全然違うわね……」

「うわ、良し! いいぞ、殺……こほん……すご……」


 暴れるハカイに口を開けて驚くしかない雪菜に、溜息を吐くしかないエルザ、そして最初は見る気もなかったヒットだが、キョーガクのちやほやされている男たちがぶちのめされる姿に拳を握って喜びそうになるも、何とか隣にいた二人に配慮してグッと堪えていた。


「二本続けてノーホイッスルトライ!」

「おいおい、いくらなんでもこれは……」

「うーわ……」


 結局なすすべなく、最後は鋼たちにボールは回って、再び難なくトライを奪い取る。

 開始僅か数分で二トライ。

 あまりの圧倒的な差。

 さらに……


「キャプテン! キャプテン!」

「いかん、動かすな! 脳しんとうを起こしている……」

「ちょっ、キャプテン肩が……」

「これは……脱臼しているな……」


 誰もが息を飲んだ。試合開始間もなく、キョーガクのキャプテンは脳しんとうと肩の脱臼でそのままタンカで運ばれる。

 その傍らでマネージャーは涙を流しているが、ムサクルの男たちは心の中でガッツポーズ。


 そして、惨劇はまだ始まったばかりだった。

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