第15話 惨劇の狼煙
「で、佐塚くんだったかしら? 今日は応援? 私たちと同じ一年生ということみたいだけど、あなたのお友達も出るの? 全国区のチームにもう一年生で試合に出れるの?」
「あ、その、出るというか……今日のメンバーは全員一年生だって……」
「えっ!? そうなの!?」
何故か並んで試合を観戦することになった、エルザ、雪菜、そしてヒット。
美少女二人と近い距離にいるだけで、もうヒットはラグビーとかそれどころではなかった。
一方でエルザと雪菜は今のヒットの言葉に驚きを隠せなかった。
そして同時に複雑そうな顔を浮かべる。
「なるほど……全国区の強豪校にとって、我らキョーガクは一年生チームで十分ということですね」
「そういう意味ね……」
「まったく、それはあまりにも失礼というものではありませんか!? いくら強豪とはいえこの間入学したばかりの一年生だけだなんて!」
「まぁ……そういう意味では……キョーガクも人数の関係上、一年生は出ているけど……まぁ、それでもね……」
二人のそのトーンの低い声に佐塚はビクッと震える。
(いや、そんな反応されても俺にはどうしようもないというか、っていうか俺には果てしなく関係ないし……)
ラグビー部の関係者ではなかったとしても、自分たちの学校が舐められていると思えば、雪菜もエルザもいい気分はしなかった。
「これはますます応援しないとですね! 佐塚くんには悪いですが、私は全力で我が校を応援しますから!」
「は、はい……それはもう当然と言いますか……」
「ですので、語らいはまた改めてということにしましょう! あっ、ちなみに佐塚君のIDを教えてもらえませんか?」
「……は?」
どういう流れでそうなるのか分からずに思わず固まってしまうヒット。しかし、そんな自分たちのやり取りの傍らで、グラウンドではついに試合開始の笛が鳴った。
「た、たけえ!」
キックオフのボールを高く上がる。
「わ、始まりましたね! えっと……とにかく、ガンバです! キョーガク!」
「やれやれ……雪菜も積極的なのね。それはそれとして……さて……」
ラグビーはマイボールから始まれば、ボールを相手陣地へ蹴り上げてキックオフだ。
相手陣地へ蹴るのだから、相手がボールをキャッチして相手ボールになる。そこから相手の攻撃は始まる。
つまり、ラグビーにおいてマイボールスタートとは相手にボールを渡すことから始まるともいえた。
だが、その常識を覆す男がムサクルにいた。
「あんな高いボール、キャッチ難しいぞ! だが……取る!」
「よっし、ナイスキャッチ! さあ、俺たちの力を見せてや―――」
ボールが高く蹴り上げられるほどキャッチは難しくなる。
おまけに、キックオフから味方チームもセンターラインから相手陣地へと侵入することが出来る。
「ふん!」
「えっ……がはっ!」
荒木燦牙。
試合開始早々相手を悶絶させる高速の超強烈なタックルをぶちかます。
「ごああああ、ぐは、げほ、げほ」
その強烈なタックルを受け、キョーガクの選手は体が「く」の字に曲がり、ボールをファンブルする。
そしてその零れ球をムサクルが確保。
「うわ、ば、バチッて音がしましたよ!? えっ、あれいいんですか?」
「ラグビーじゃアレぐらい普通よ。でも……なんてタックルなのかしら」
零れたボールを確保したムサクルは、すかさずそのボールを司令塔の鋼に渡した。
「ナイス、サンガ! しゃぁ、ぶち殺す!! センター、フォロー! ウイング来い!」
「ディフェンス! 10番!」
「当たれッ!!」
ボールを持っている鋼に対し、ボールを取り返そうとキョーガクの選手たちが止めに来る。
その選手たちを蹴散らそうと、鋼が駆けだそうとする……が……
(えっ……ディフェンスライン隙間ありすぎ、姿勢高すぎ、詰めが遅すぎ……え? どうしようこれ……なんか、パス回さなくても普通に抜けるんじゃ……え?)
ボールを持った瞬間フィールド全体の選手の位置、更には目の前から迫りくるディフェンスラインの様子を一瞬で把握した鋼。
トライまでの道筋が一瞬で頭の中で思い描けてしまい、逆に一瞬戸惑ってしまった。
「……とりあえず……ッ!」
鋼は一瞬カカトを浮かせる変則的なステップから急激なダッシュ。
「え? わわ!?」
「速いッ!?」
「あ!」
タイミングをずらされたキョーガクのディフェンス二人の隙間を抜け、更に弧を描くような急激なカーブでディフェンスを翻弄して振り切る。
「緩急をつけたグースステップでタイミングをずらし……からのスワーブ! 速いわ!」
「え、エルザ!?」
「で、でも、ちょっ、簡単に抜かれすぎよ! バックスは何をやってるの!? もうフルバックとの一対一に……」
あまりにもアッサリと抜かれるキョーガクの状況にエルザは思わず声を上げてしまうが、鋼は誰にも止められない。
(えええ? 普通に抜けちゃったよ……高校生だよな? えええ?)
容易く抜け過ぎてむしろ自分で驚く鋼。
すでに相手の陣地に侵入した鋼の前には、最後の砦となるFBのみ……だが……
「行かせるか! 俺が止める!」
「だいちゃん、ファイトッ!」
―――ブチッ!
その選手は一年生。そしてグランドの横から発せられる女生徒の黄色い歓声。
その選手とその女生徒に鋼は見覚えがあった。
入学式の日に自転車の二人乗りでイチャイチャしていた二人。
そして、試合前に手作りカツサンドを頬張っていた……
「爆発しろ」
「ッ!? おびゃっ!?」
鋼に向かってタックルしてくる「だいちゃん」というリア充。
鋼は手を伸ばしてタックルしてきた「だいちゃん」の頭を押さえて、そのまま地面に潰した。
「だ、だいちゃあああああん!!??」
「な、ななな、なんですあれ!?」
「うわ……あらら……」
顔面から地面に潰される「だいちゃん」の姿にキョーガクから一斉に悲鳴がある。
一方で……
「「「「「きたあああああ、ダンシコーーーーッッ!!!」」」」」
ムサクル応援団からは大歓声が上がり……そして……
「うおおお、と、とまらねえ!」
「いやあ! 誰かその人を止めて!」
キョーガクの選手も声援ももはや声だけしか上げられず、そして……
「な、始まったばかりでもうトライを!?」
「ノーホイッスルトライ……」
「な、しかも、ほとんど一人で……なんだあの一年生は!?」
鋼がアッサリとトライを取り、審判が長い笛を鳴らした。
そしてこの先制が、惨劇の狼煙となった。
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