第4話 入学前の時点で怒り心頭

 それは一年前の春のこと。


 四月には桜と共に新たなる生活が始まる。社会人も学生も同じ。緊張と期待で胸いっぱいだろう。だが、檀詩鋼は憂鬱な気分で入学する高校へと足を進めていた。


「おや? そこの君。君は今日入学する後輩君かな?」


 檀詩鋼のことではない。近くを歩いていた男子学生に向けられた言葉だ。


「あっ、えっと、あの?」

「驚かない驚かない。カバンの口が開いているよ? 財布が落ちそう、ペイアテンション!」


 これは、檀詩鋼が歩いている通学路の近くで繰り広げられている会話。

 緊張して歩いていた新入生の男子と先輩女子のやり取りのようだ。

 男は前髪で目が隠れて顔がよく見えないが、どこにでも居そうな男。

 女子は初対面相手に馴れ馴れしいが、許してしまうぐらい美人だ。スカートも短い。

 それより、「あれが女子高生のスカートか」と、檀詩鋼は遠くを見るように目を細めた。


「……けっ……」


 檀詩鋼は唾を吐き捨てた。

 多分あの新入生は緊張が解けて、あんな美人といきなり仲良くなれてラッキーとか思って、これからの高校生活をワクワクさせるのだろう。普通ならここで「俺も」と思うところだが、それは不可能だった。それをわかっているからこそ、檀詩鋼は唾を吐き捨てた。


「ちょっとあんた、どこ見て歩いてんのよ!」

「あっ、ごめん……」

「ぶつかってごめんで済ませる気? って、やだ! あんたのせいで遅刻しちゃうじゃない!」

「な、なんだよ、そっちだって前見て無かったじゃないか!」

「はあ? あんた馬鹿? レディーに道を譲らないなんて、何考えてんのよ!」


 またまた今度は別の前髪隠れた男子に、随分とやかましいツインテール女子。

 見れば見るほどイラつくだけだからと、檀詩鋼はすぐに二人から視線を逸らして、見ないようにした。


「あれ……もしかしてリョーくん?」

「えっ、何で僕のことを知ってるの?」

「私よ私! 小さい頃よく一緒に遊んだ……」

「あっ、ひょっとして! うそ……どうして……まさか同じ高校に?」

「もーう、どうしてはこっちのセリフだよ。幼稚園の頃勝手に引っ越しちゃって、どれだけ泣いたと思ってるの?」

「あはは、ごめんごめん」

「あー、反省が感じられないぞ!」

「してるよ。本当にごめんね。僕も急でお別れが言えなくて……」

「むー……でもいいよ、許してあげます。だって、今度からはずっと一緒なんだもんね」

「うん、高校三年間よろしく」

「えへへ、同じクラスになれるといいねー」


 檀詩鋼は、そんなやり取りをしている二人の学生を通り過ぎて、一言呟いた。「ぶっ殺していいですか?」と、心の中で。


「ふわーあ、寝みー」

「もーう、だいちゃん、新学期に寝坊するなんて信じられない。いつまで私が起こしに行かなくちゃいけないの? おばさんには、もう夫婦ねー、とかからかわれるし」

「別に頼んでねーよ」

「あっ、フラフラしない。後ろに私が乗ってるんだからね!」

「なーんか、今日は一段とペダルが重たいなー。お前、春休みで太ったんじゃないか?」

「な、なんてこと言うのよ!」

「うお、くる、くるしー、チャリこいでる時に後ろから首しめんなよなー」

「ちょ、あぶない! んもう……落ちちゃう~……ねぇ、落ちないように、くっついていい?」

「え? いま、何て言ったの? よく聞こえなかった」

「む~……ダメって言っても、もう遅いから! ぎゅっ!」

「わっ!? わわ!?」


 檀詩鋼の横を通り過ぎる二人乗りの自転車。「そのまま事故って死ねばいいのに」と今度は声に出して呟いた。


「ちょっとそこの新入生。道が違うわよ。君の通う清学高校、通称『キョーガク』はこっち。そっちの道は違う高校なんだから間違えない!」

「あっ、すみません。この辺はまだよく分からなくて」

「その先にあるのは、武蔵来栖高校、通称『ムサクル』よ。まったく、勉強不足だな。仕方ない、ここはキョーガクの先生であるお姉さんが君の高校に連れて行ってあげよう」

「わわ、せ、先生なんですか!? って……手……手!」

「ほらほら、迷子にならない! って、あら、なに赤くなってるのかな?」


 十字路でのやり取り。「一生迷子になればいいのに。そのまま車に跳ねられろ」と、ハッキリと檀詩鋼は二人の背中に告げた。


「兄さーん、待ってよー」

「おーい、早くこーい。お前が一緒に行くって言うから待ってたのに……」

「うぅ、ごめん……」

「だいたい、いつまで俺と一緒に通学するんだよ。いつまでも兄さんにべったりだと、彼氏もできないぞ?」

「べ、別に彼氏なんていらないもん……それに……兄さん……鈍感……バカ……私たち……血は繋がってないんだよ? 私だってもう……高校生なんだよ?」


 それ以上は聞きたくなかった。まったく似ていない兄と妹。檀詩鋼を通り過ぎ、そこで我慢の限界だった。


「似てない妹と兄。あー、義理の兄妹ね。そんで、妹は兄貴が好きなんだ。もうただの妹じゃ嫌とか言うんだ。好奇の視線に晒されて爆ぜればいいのに……」


 そして、その我慢していた感情が溢れ出す。


「チイ……チッ……ティッ」


 檀詩鋼の高校は通称ムサクルだった。


「……チイッ! 貧弱どもが!」


 気づけば通学路の途中にあるブロック塀を殴っていた。


「テメエらそんなんで全国行けると思ってんのか! インターハイは? 甲子園は? 花園は? キャッキャしてる連中が目指せるほど甘くねえぞ! この世は常にサバイバルだ!」


 ブロックに恨みは無いが、檀詩鋼はありったけの気持ちをぶつける。


「いいか、俺は断じてうらやましくねえぞ! そもそも、カバンの口があいてるの教えるだけなのに慣れ慣れしすぎるだろうが! ぶつかって遅刻する? 遅刻はテメエが家を出るのが遅いだけだろうが! 自転車二人乗りしてるぞ! 自転車事故が多い世の中でクズどもが! つーか、教師がいきなり新入生に手を出してんじゃねーよ! 禁断の恋? 全員逮捕しろ! おまわりさーん!」


 分かれた道を進めば進むほど、先ほどまでチラホラ見えたキョーガクの制服着た生徒達も居なくなった。


 檀詩鋼の進む道に居るのは学ランを着た男子だけ。





 そう、重要なのは男子だけ。

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