第3話 おまいう

(雪菜、あなたも勇気を出したのね? 羨ましいわ……)


 学校一の才女にして生徒会長。黒髪ストレートロング。

 小柄ではあるがスタイルも良く、性格も積極的でリーダーシップを持って常にクラスや学年、更には学校を情熱的に引っ張る、全校生徒憧れの的。

 声をかけられたなら、女慣れしている男子でもウカれてしまう女子に声をかけられて、女慣れしていない彼らに戸惑うなと言う方が無理だった。

 ただ、そんな彼女にはとある趣味があった。



「……ほんとラノベ登場人物みたい……」


「はい? え? ラノベ!?」 


「あ、いや、ごめん、なさい……です」

 

「なんです? よく聞こえませんでしたが、ラノベの話ですか!? はい、ラノベの話を是非!」



 それはアニメ、漫画、ラノベ、アニソンなどの重度なサブカルオタクだということ。

 そして、ヒットが「ラノベ」と小さく呟いた瞬間、目をキラキラに輝かせて興奮して身を乗り出した。

 

「実は私、佐塚くんがこの間読んでいたラノベ……私も買って非常に面白かったので、その……もしよろしければ談義を……」

「あ、えぅと、お、あ……ち、ちかいっす……」


 そんな彼女はヒットがプロの作家であることを知らない。

 しかし、職業病で暇さえあれば常にラノベや漫画を読んでいるヒットは、彼女にとっては親しい友達になりたい対象であり、色々な談義を交わしたくて仕方ないのである。


(やはり共通の趣味や話題を持っているというのは非常にアドバンテージがあるわね……私、ラグビーは見るの好きだし、ダンシくんと何とか話題を共有できないかしら? この際、映画とかでもいいから何とか私も……)


 雪菜はエルザにとって親友であり、そんな友の行動力に感心と同時に刺激を受ける。

 しかし……


「あの敵兵に囲まれた状況の中、助けにきたユーリに対するセフィリアの気持ちを思うと、本当に私は―――」

「か、かんべんしてくださいぃいい!!」

「あっ、さ、佐塚くん!」


 女子に対してはコミュ障な元・男子校生にそんなイベントをこなすことが出来ることも無く、ヒットは顔を赤くして走って逃げてしまった。

 それは本来、共学の男子生徒たちからすれば羨ましい限りの光景。

 しかし、一部の男子たちにとってはそうでもなかった。


 この学校には3種類の生徒が存在する。


 元々共学だった男子生徒。


 同じく元々共学だった女子生徒。


 そして3つめが、統合された側の元男子校生徒。

 


「待ってください、佐塚くん!」



 ヒットの後を追いかける雪菜の姿に元男子校生たちは……


(((かわいいうらやましい、でも……がんばれヒット……)))

 

 羨ましいと思う反面、どこかヒットに同情をしていた。



「はぁ~……な~んか、まだまだ慣れねえなぁ……とはいえ、ヒットも少しは踏み出せばいいのによぉ……ビビりやがって……へたれめ」


「「「「へたれ? は? おまいう?」」」」


「お前らもだろうが!!??」


「「「「うっ、そ、それは……」」」」


「……ったく……。そもそもさ、な~んか、居心地悪いんだよな……共学になったころ、最初は最高の学園生活が送れるようになると思ったけど……これなら、男子校だったころの方が気が楽で楽しかったぜ……」



 本当だったら、自分たちのいつもの朝も、日中の学校生活もこんなものではなかった。

 既になくなってしまったかつての生活。

 鋼は天井を見ながら少し昔を思い出しながら……



「とはいえ、あの『地獄の入学式』から考えられない今を手にしたんだ。お前らもいつまでも男子校丸出しな態度してねーで、もっと女子とも堂々と話せよ」


「え、きみいう!?」


「……え?」


「は?! あ、ご、ごめんなさい……えっと、あの、その……」


 

 思わず自然とツッコミ入れてしまったエルザ。自分でも「しまった」と思いつつも、すぐに頭の中で……


(私としたことが、ついツッコミを……いいえ、私はエルザ。己のピンチもチャンスに変えるのよ)


 すぐに頭を切り替えて、エルザは本を閉じて体を鋼たちに向ける。

 そして興奮やら緊張やらを悟られないように毅然とした態度を心掛けながら……



「地獄の入学式、それは大変興味深いわね! 普通入学式なんて緊張と希望を抱くものだと思っていたけれど、君たちムサクルは違ったの? 中学生から少し大人になった自分、下ろしたての制服を身に纏って桜の舞う通学路を進み、新たな出会いにときめきときらめきの日々がオンリーワンなメモリアルになるものでしょう? それなのに地獄だなんてね。私は男子校の入学式なんて知らないし、一生体験することも出来ないし、少し興味あるわ。よければ私にも聞かせてくれるととても嬉しいと思うのだけれど宜しいかしら?」


「っ!?」


「「「「ふぁっ!? ししし、白河さん!?」」」」



 エルザが急に身を乗り出して、一気に捲し立てるように割り込んできた。

 校内でもトップクラスの人気を誇る美少女がここに来て介入すると、元ムサクル生たちは一人残らずビクッと驚いてしまった。

 そして、男たちが戸惑っている一方で本人は……


(よし! どう見ても自然な流れで会話に参加できたわ! エルザ、ブラボーワンダホーよ!)


 心の中でうまくいったとガッツポーズしていた。

 そしてさらに……


(おっと、落ち着きなさいエルザ。クールになるのよ。興奮してはダメ。ここで落ち着きながら第二の矢を……)


 一度軽く深呼吸し、そして瞳も口調も淡々と……



「あ、別にあなたの話に興味はあっても、あなたのことなんて全然好きではないので……そこは断じて勘違いしないで欲しいわね」


「……え!? あ……そ……そ……そうか……そう……な、なのか……」


 

 鋼がツンデレ好きという情報を先ほど入手したための発言。


(早速彼の好みというツンデレ成分投入よ! 「好きではない」と言うのは心苦しかったけど、いきなり実践できて、ブラボーよエルザ。……あらあら、彼ったら少し落ち込んでいる? かわい……ではなく、あれ? ツンデレ伝わっているわよね?)


 エルザはうまくいった……と思うものの、この時ばかりはエルザが先ほどとは打って変わって非常にクールに発言してしまったため……



「「「「「(こ、これは……落ち着き過ぎてるからツンデレではなく本心で? ……どっちだ!!??)」」」」」



 むしろ本心なのか? と、余計に男たちを困惑させるだけであった。

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