第5話 地獄の入学式


「新入生入場!」


 良く声の通る男性教員の声に従い、体育館に入る。

 そこで見た光景を、鋼は一生忘れない。


「入学早々申し訳ないが……早く卒業してえ……」


 体育館は広い。だが、室温がとても高い。というより暑い。いや、正確にはむさ苦しい。でも、それも当然だ。この体育館には今、千人近い男子生徒しかいないのだ。



「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお! 学ランの男子しか居ねえ!」



 鋼は絶望して膝をついた。気づけば前や後ろ、横に居た同期たちもこの光景を目の当たりにして突っ伏している。新入生が次々と倒れて行く光景に上級生や教員は慣れた様子で見守っている。


「くそったれが、男と女の割合は10対0だ。何故一度しかない人生でわざわざ男子校に行かなきゃならねーんだよ!」


 男子校に入学してしまった鋼は、これからの三年間を憂鬱でしかなかった。



「既にこの学校に入学した諸君ら、いや、お前たちは! 教育界の誇りであり、一人一々がムサクルの誇りであり、教職員の誇りであり、そして私の誇りである!」



 そして、そんな絶望を無視するかのように新入生への歓迎の言葉が壇上より叫ばれる。



「勉強でも部活でも趣味でも良い! 何かに没頭しろ! 何かをやり遂げろ! 何かを掴み取れ! できる! お前たちならできる! できるできるできる! 壁にぶつかっても諦めんなよな! 新入生よ、熱くなれよッ! 分かったなァ!!!!」



 生徒たちを熱くさせようという校長の熱意だった。



「ありがとうございます。熱岡校長先生の挨拶でした」


「「「「「う~~~わ~~~……」」」」」



 しかし、新入生たちのほとんどが、逆に憂鬱になった。

 鋼も当然、その一人だった。

 だが、中にはそうでない生徒もいた。


「関東最強のスタンドオフ、檀詩か?」


 そして、鋼の高校最初のコミュニケーションがこれである。


「……キョーガクの奴らとエライ違いだ」

「どういうことだ?」

「ってか、違うだろ……」

「なに?」

「普通さ、こういう桜咲く高校の入学式ってのはよ、パンチラがお約束のカワイイ女子とトラブルったり、生徒会長やってる大人びたお姉さんみたいなのが、『よろしくね?』とか言う展開じゃん。何で入学早々に侍みたいな目をしたアスリートに声かけられるんだよ」


 美人なお姉さんでも、ツンデレでも、幼馴染でも、義理の妹でもない。

 檀詩鋼に声を掛けてきたのは、眼光の鋭い男。学ランを第一ボタンまで締めてホックまで掛けている黒髪のいかにも生真面目そうな男。身長は檀詩鋼よりも低いが、その無駄に凄い威圧感は檀詩鋼のテンションを更に下げた。


「よくわからんな。だが、とりあえず俺の名は……」

「知ってるよ。中学最強のフランカー。荒木燦牙だろ? 何度か試合したろ?」

「うむ。どうやら高校では同じチームになるようだな。楽しみだ。自分のことはサンガと呼んでくれて構わない」


 楽しみと言いながら無表情の燦牙。だが、その瞳の奥は熱く猛っていた。


「多分この入学式で高校生活楽しみに感じてんのはお前くらいだよ」

「何故だ? 中学時代に好敵手と認めた相手と同じチームになるのだぞ?」

「いや……そういうスポ根的な熱い話じゃなくてだな……」

「熱くならざるをえまい。怪物たちが集う……高校ラグビーはな」


 血が滾っている。熱くなれてうらやましいと鋼は感じた。


「あついなー、体育館もお前も、そして学校も……つーかさ、お前は何とも思わないのか?」

「何がだ?」

「ラグビーだぞ? 熱苦しい男たちが泥と汗にまみれてくんずほぐれずなるスポーツだ。それを男子校でやるなんざ、温暖化の原因ぐらいヤバイだろうが」

「そのように感じはしないが?」

「あー、そう。オメーみたいな修行僧な奴にはお似合いかもな」

「今年の推薦入学者には川浜中の芳賀葉(はがは)もいた。我らが組めば花園優勝も夢ではなくなる」

「俺は、全国大会よりも今の状況が夢であってほしいな。まあ、テメエと試合でもうやりあわなくていいってのはラッキーだけどな。今でもテメェのタックルを思い出すとゾッとする」


 鋼も、ラグビーは好きだ。高校でもやろうと思っている。

 だが、ただでさえむさ苦しい学園生活でさらにむさ苦しいスポーツをやることに躊躇いがあった。

 マンガとかドラマでも花園だとか甲子園とかインターハイとか、カワイイマネージャーやクラスメートや彼女が居てこそというのが、鋼の考えである。「私を全国へ連れて行って」などと可愛いことを言う子など、この高校ではありえない。


 そう、その時点でモチベーションが無くなったも同然である。

 

 そして、極めつけは教室だった。

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