第8話 男子同士に壁なく、女子には城壁

「ええ? アリスちゃんが? 大丈夫なのか?」

「入院って……相当しんどいんじゃねーのか?」

「アリスちゃん……もう歳なのに……」

「由々しき事態だ」


 すぐに元ムサクル生たちは鋼の席に集まって、共に世話になった恩師の安否を気に懸けた。

 一方で、その様子をキョーガクの生徒たちはポカンとした様子だった。


「ねぇ、雪菜ちゃん。アリスちゃんって……誰かな?」

「たしか……天王寺先生だと……」

「ええ?! 天王寺先生って一年生の家庭科担当の……オバーちゃん先生だよね? 大丈夫かな? っていうより……」

「なんか……意外ですね。無法者連中ばかりと思っていた元ムサクル生たちが、皆して先生を心配しているなど……」


 その言葉にエルザも頷きながら、ジッと鋼の様子を伺っていた。

 そもそも……


「そもそも……先生のことを下の名前で呼んで、しかも「ちゃん」付けなのね……」

「「確かに!?」」


 それは、エルザたちにとっては考えられないことであった。

 目上の人、しかも教師、ましてや相手は相当な年上であり、本来なら敬語を使って敬う相手。

 下の名前で「ちゃん」付けで呼ぶなど、明らかに侮辱……と本来なら思うのだが……



「なあ、心配だしよ~皆でアリスちゃんを見舞いに行こうぜ!」


 

 鋼の提案。それに異を唱える者は一人も居なかった。

 そう、誰もが侮辱を込めていると、まるで感じないのだ。

 その証拠に、元ムサクル生たちからは次々と意見が出る。



「ああ、そうしようぜ」


「こーいうとき、お見舞いでは何を持ってけばいいんだ?」


「定番はお菓子とか花だべ」


「他のクラスにも呼び掛けて、皆で百円ぐらい出せばなんとかなるか?」


「縁起の悪い花はダメなんだな! そういうの怒られるんだな!」


「お菓子もデッカイものよりは、小さくて小分け袋に入ってる方がいいと思う。それなら病院の人にも配れるだろうし」


「俺……平日はちょっとな……今度の土曜の部活は午後からだからよ、午前がいい」


「僕も塾がありますので、土曜の午前を希望します」


「あっ、でもよ、他のクラスの奴らも行くかもだしよ、一斉に押しかけたら迷惑じゃね?」


「じゃあ、グループで分けるか?」


「うぇい! じゃあ、俺がグループ作って管理するぜ! グループ名は『がんばれアリスちゃん』で!」



 本来学校の生徒たちは自分たちで自然と作るグループで分れる。

 そのグループは女子だけだったり、男女混合だったりするが、一グループの人数は10人にも満たないだろう。

 クラスカースト最上位のグループ。Bグループ。陰キャグループなど、ジャンルが分かれるが、どのグループに所属するかで、後の学校生活や学校行事などの思い出にも関わってくる。

 元ムサクル生にも普段仲良い者同士のグループは存在する。



「じゃあ、土曜日行くグループは俺が金を集計するよ。ってか、俺がまずは何か買って、あとで皆に等分で請求するよ。他のとこもそれぞれで分けようぜ」


「「「「おいーっす!」」」」



 しかし、グループ間の垣根は低く、何かあればこうやって集まることはよくあることであった。

 それが、キョーガク生たちには珍しく不思議な光景でもあった。


「意外ね」

「ん? え、な、なに……なんだよ、白河」


 話し合いを終えて各々が席に戻り始めた時、エルザは不意に鋼に話しかけていた。

 先ほどまで中心になって皆をまとめて話をしていたのに、急にどもり出す鋼に少し笑ってしまいそうになるのを堪えながら……


「私たちは天王寺先生のことはよく知らないけど、元ムサクルの男子たちが一斉にお見舞いを……それに君もほぼ毎日部活で忙しいでしょうに……」

「あ~……まー、仕方ねえというか……アリスちゃんはな。俺らのアイドルだし」

「……アイドル?」

「あっ、いや、こっちの話だよ。な、なんですか? 俺がアリスちゃんの見舞いに行くのがそんなに……変か?」


 自分たちの感覚がおかしいのだろうか? 鋼がそう不安そうに尋ねると、エルザは珍しく鋼に優しく微笑んだ。


「いいえ、優しいのね、と思って。これに関しては……トレビアンだわ」

「やさ、あ、えい、いや……その……」


 その微笑みに思わず戸惑うというか、テンパってしまう鋼。

 とはいえ、そうやって褒められるのはどこかしっくりこなくて、顔に照れを出すのを必死に堪えながら……



「そ、それは、別に俺らが優しいとかそういうのじゃなくて……俺ら……アリスちゃんにはスゲー世話になってたし……だから心配だし……優しいとかそういうのは……大体、行くのは俺だけじゃねーし! みんなだし……当たり前なんじゃないかと……」


「……ふふふ……そう。でも、……真っ先に言い出したのは君でしょう? そういうの……大事だと思うの……」


「そ、そうか……」


 

 当たり前のことなのになぜ褒められるのかよく分からない鋼だったが、エルザが機嫌よさそうに笑ってくれたことで、心臓がバクバクになってしまったので、あまり深く考えられなかった。

 すると……


「去年のあの『大虐殺』を指揮していた悪魔のような司令塔とは思えない優しさだなって思ってね」

「……え? 大虐殺……去年……」


 鋼は一瞬何のことか分からずに首を傾げた。


「ええ。キョーガクにトラウマを植え付けるほどの、ね」

 

 だが、「去年」、「大虐殺」という言葉でハッとした。


「あ、あの、それって……去年の……春の……」

「ええ」

「……し、白河は……見てたのか?」

「ええ、バッチリ見ていたわ♪」

「ッ!?」


 そして、恐る恐る確認した鋼に対して、エルザは微笑んで頷いた。

 その瞬間、鋼は頭を抱えて机に突っ伏した。


(あ、アレを見られていたのか……そりゃ……嫌われるよ……)


 それは、灰色の青春を過ごすしかないと思った元ムサクル生たちによる、嫉妬と憎悪を込めた出来事のことであった。



「バッチリ……見ていたわよ……だって私は……あのときの君を……」



 そんな、誰にも聞こえないほど小声で呟くエルザを遠目から……


「う~ん……おっけ~?」

「はい、上々だと思います。不自然ではない会話だったと思います」

「よし、そのまま雑談に入るんだよ、エルザちゃん!」

「はい! まだまだこなさなければならないステップはたくさんあるのですから!」


 友人二人はニヤニヤキャッキャッとしながらガッツポーズしながらエールを送っていた。



「そうだ、天王寺先生のお見舞い、私も行こうかしら。お土産一緒に買いに行かない?」


「え?」


「「「「「ッッ!!!???」」」」」


「「ふぁっ!!??」」


 

 それは、エルザにとっても無意識の一手であった。

 その一言を聞いた男たちは目をギョッと見開いて振り返り、雪菜たちも顔を赤くして思わず声を出し……


(し、しまっ、私としたことがつい調子に乗っ……いえ、ここはアグレッシブに行くのよ! お見舞い用のお土産を買うデートを――――)


 エルザも一瞬「やってしまった」と思うも、すぐに心を入れ替えて押そうとするも……



「え? なんで白河も?」


「へっ!?」


「「「「「ばふぁ!!??」」」」」


「「ぬにゃ!?」」



 鋼もまた反射的にそう尋ね返してしまった。

 そもそも、元ムサクル生の自分たちならまだしも、どうしてエルザが自分たちの恩師へのお見舞い用の土産を一緒に買いに行くのかという素朴な疑問だった。


「え、あ、いえ、なんでって……」

「あ……」


 だが、そんなもの心優しく、教師からの信頼も厚いエルザからすれば普通の感覚なのかもしれないと鋼はすぐに思い、同時に自分の失言に気づいた。



(ば、ばかか俺!? 普通にアリスちゃんが心配だからだろうが!? 白河ぐらいの優しい優等生なら教わった先生でなくても心配なんだよ! なんで? って聞き返しちまったよ! いやいや、むしろこれは二人で買い物という……だあああああああああああ!!?? しまっああああああ!?)


(なんでって、なんでって?! え? いや、そ、そうよね! 私、別に天王寺先生にお世話になったことないし、素朴な疑問よね!? っていうか、単純にダンシくんとの会話の流れで不意に言ってしまったけど、これって普通に勘違いされるんじゃないかしら!? いや、確かに何で私がお見舞いに行く上に、お土産を一緒に買いに!? うん……そうよね……だけど……だけどぉ! 勘違いじゃないんだから勘違いしなさいよぉ! そもそもあんなにいっぱいの男子で行くんだったら、一人ぐらい女の子いてもいいでしょ!?)


 

 二人同時に頭を抱えて机に突っ伏してしまう鋼とエルザ。

 その二人を眺めながらクラスメートたちは……



((((ばかやろう……爆発しやがれ裏切り者……でも、頑張れダンシコー))))


((うん……頑張ったよ……でも、ダンシくんの大馬鹿者~))



 クラスメートたちも全員頭を押さえて溜息を吐いた。

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