第7話 実は高嶺の花たちは……
「へぇ、そんなことが……そんなに嫌だったのね……男の子たちだけの空間が」
「いや、まぁ、それも最初の数週間だけというか……慣れたら慣れたでな……楽しかったけど……」
エルザは苦笑しながら鋼の話を聞いていた。
学ランの男しかいない入学式。校舎。初日から絶望を抱く学校生活。
一方ですぐに友達はできたということには微笑ましくもあった。
だが、同時に……
(共学にそんな夢を抱いていたなら、もっと話しかけてよ! 話しかけなさいよ! 共学になったんだから!)
それほどまでに女子と一緒の共学が良かったと思っていたのなら、実際に共学になったのだからもっと話しかけて欲しいと、エルザは憤った。
(脈があるかは分からないけど……私……何様かもしれないけど……男の子にそこまで興味持たれないほどの性格とか容姿ではないとは……思うのだけれど……)
エルザは自分自身にそれなりの自信があった。口に出して言うことは絶対ないが、少なくとも自分自身が「モテる女」の部類に入っているとは思っているからだ。
白河エルザ。フランス人の母を持ち、日本で暮らして十年以上。
裕福な家庭で何不自由なく育てられ、母親譲りの美しいブロンドを持った容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。
そして心許せる友人も多く、教職員からの信頼も厚く、誰からも羨まれるスペックを誇る。
言葉や文化に対する壁も一切なく、自身も日本を愛し、日本人の心を持っていると自負している。
故に、勝算はあると思っていたからこそ、頭を悩ませている。
(女の子に興味がないということは無いわけだし……他に好きな人……ううん。彼に学内で特定の女友達や親しい女性はいないはず……仮にいたとしても、これまでの調査で必ず判明しているはずだもの)
気になる男の子とどうしても親しくなるための、事前調査もぬかりなかった。
親友たちにも協力してもらい、一歩間違えればストーカーと思われていたかもしれないほどの力は入れていた。
(とはいえ、今日は珍しく彼と沢山話せている……今までと比べて大きな進歩だわ。ここはこれで満足せずに、どうにかして次の一手よ! 私はエルザ。賢く凛々しく毅然に優雅に……アン、ドゥ、トロワ、よし!)
だからこそ、チャンスと思えば、エルザは自らどんどん攻めることにした。
「ところで……こほん……え~……こほん……ダンシくん」
「え!? あ、はい……な、なんだよでしょう?」
「その、どうしても話しておかなければ……えっと……」
一方で鋼は、どうしても女子相手には取り繕ったり、素の自分を出すことが出来ない。
そして急に話しかけられてもドキッとするし、戸惑ってしまう。
「あ、えっと、ワリ……あ、汗臭かった? あ、おかしいな……消臭したんだけど……」
「あ、全然そうではなくて、私、別に汗嫌いじゃ……コホン、ええ、そっちは問題ないわ」
そして、自分がこんな対応だからこそ、相手も身構えてしまうのだろう。
本来、自分が惹かれている女子に話しかけられたら心が躍るところ。
しかし、今回は女子側……エルザ側も何やら言いづらそうな様子。そんな態度を見るだけで……
(なんだよ……汗じゃないなら、鼻毛は出てないはず……口だってミントガム食ったし、チャックは開いてねぇ……)
きっと自分が何か不快にすることをしているか、落ち度があるのだろうと最初から決めつけてしまう。
だが、その原因が分からずに観念してすぐに謝る心の準備だけしていると……
「き、昨日……私、偶然ね。たまたまよ。たまたま……夜にフランス対イングランドの、ラグビーの試合を―――」
「ぇ……?」
だが、エルザの口から出た言葉は予想もしない話題だった。
どういうことだと、鋼は訳が分からず首を傾げてしまう。
そんな鋼とエルザの少し離れた位置からは……
「ガンバだよ、エルザちゃん!」
「そうです、ガンバです、エルザ! まったく、先ほどはひやひやしました……エルザったら緊張のあまりすごく怖い顔してましたし……」
「ね~。照れ隠しに口調だってきつくしちゃって……」
「さぁ、エルザ、語らうのです! 私は今日……佐塚くんとできませんでしたが……あなたならやれます!」
「エルザちゃんも頑張ったら、私も荒木くんに……がんばるも~ん」
決して二人以外の周囲には聞こえぬ程の小声で声援を送る二人。
一人は生徒会長、東堂院雪菜。
もう一人は―――
「おい、ダンシコー! 大変だ!」
しかし、そんな乙女たちの心情や空気を一切読むことない声が教室に突如響いた。
「え? あっ、お? おお? あ? えっと……」
急なことで顔をキョロキョロしてしまう鋼。
「……っ……」
一瞬だけ悔しそうに唇を噛み締めるエルザ。
「ああ~~、もう、なに!?」
「いい所でしたのに……」
頭を抱えてリアクションを取る雪菜たち。
そして急に大声で呼ばれてまだ落ち着かない鋼だが、そんな鋼にかけつけた男は……
「アリスちゃんがギックリ腰で入院したってよ!」
「えっ、ま、マジかよ!」
友人の一人が教室に駆けつけて告げる言葉に、鋼は思わず立ち上がり、同時に元ムサクル生たちも騒然とした。
そして、色々と台無しにされた乙女たちも、怒りたくなるも素直に怒れない内容だっただけに、余計に頭を抱えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます