第9話 ふっきれた

 それは去年の春の入学間もない頃であった。


「とにかく絶望した俺は、吹っ切れた!」

「何事だ?」


 男たちの想いを知り、新たなる友情を結び、そして女教師にも絶望を抱き、灰色の青春確定を知った鋼は叫んだ。


「女なんか知るか! そうだ、俺には楕円球があるさ! チャラチャラと女がいねーと全国も目指せねえ軟弱な野郎共をぶちのめすために、俺は高校生活の全てを部活に懸けてやる!」

「ほう。よくわからんが、懸けた想いは感じ取った」


 放課後、校舎の中で至るところで行われている部活動の勧誘。


「ママママ、マルチメメメディア研究会に興味は……」

「漫画アニメ研究会に! 君のヒロインを探せ!」

「甲子園に行くのが目標じゃねえ! 甲子園で優勝することが、俺たちの使命だ!」


 見事に男子しかいない勧誘活動。異様な光景だが、既に吹っ切れた鋼は、絶望したりせずに、真っ直ぐとラグビー部の部室へと目指していた。

 だが、そう誓って辿り着いた部室で、鋼はここを改めて地獄だと思った。


「でゅーふふふふ。私がラグビー部主将の乙姫(おとひめ)舞蝶(あげは)よん」


 汗と土の匂いが充満する、いかにも男臭いラグビー部部室。

 部屋には汚いスパイク、脱いだままのソックス、ウェァ、マウスピースやヘッドキャップ。

 さらに部室の床のタイルは砂でザラザラしている。

 強豪校なだけあって部屋そのものはそこそこ大きいが、一種の物置に近いものであった。

 それは皮肉にも、鋼には慣れ親しんだ光景だ。

 だが、その慣れ親しんだ部屋には、未だかつて見たことのない地獄の番人もいた。


「むふ、中学関東最強のスタンドオフ・檀詩鋼ちゃん。中学日本最強のフランカー・荒木燦牙ちゃん。ん~、カワイイわね~ん」


 ラガーシャツを着たゴリゴリマッチョ。鋼より二回りぐらいデカイラグビー部主将。スキンヘッドで何故か口紅をしている男を見て、檀詩は逃げ出したくなった。


「うぎゃああああ! いやだあああああああああ!」


 ラグビー部キャプテンは……予想外だった。


「やーねえもう、失礼しちゃうわん!」


 腕くんで、頬を膨らませてプンプン。可愛くなさ過ぎて、鋼は吐きそうになった。



「口には気を付けた方が良い。『地獄のナンバー8』。ユース代表にも選ばれている方だ」


「何でこんな奴代表にすんだよ! いや、確かに凄そうだけどぉ、男子校でコレは洒落にならなすぎだぞ!」


「あらやだ。差別発言は看過できないわ~ん。私たちにも市民権が与えられるグローバルで自由な社会なのよん? ははーん、あんた自分が狙われてると思ってるの? でも残念ねぇ、私は可愛い系の方が好きなの? あんた分かる?」


「いや、分かんねーすけど……」



 心の底からそう思った。


「ぎやははははは! 東京四強の一角! ムサクルラグビー部はここだな!」


 急に勢い良く開けられる部室の扉。外から、乙姫並みの巨漢が入ってきた。


「身長は……百九十後半……体重は百キロといったところか」

「ってか、サン。テメェは何でそんなに冷静なんだよ?」

「ほう。荒木に檀詩だな。これはいい。お前たちも疼きを抑えられないか?」

「はっ? なんだよテメェは」


 巨漢で、オールバックの男。顔は戦場帰りの兵隊のように傷という勲章が目立っている。そしてその瞳は何かに飢えた獣のようだ。


「芳賀葉(はがは)戒(かい)。川浜中出身。ポジションはナンバー8だ」

「ッ、お前が川浜の化けもんって呼ばれてた……って、高一? そのツラでタメかよ!」

「大会では一度も合間見えなかったからな。檀詩鋼。だが、これからは毎日練習で一対一ができるな。そうだ、今からやろう。今すぐグラウンドに行くぞ!」

「中学ラグビーで超人と言われた三人。いいわねえ。今年はドリームチームができそうね」

「ああ。ドリームならむしろ覚めて欲しいぜ」

「確かに血が疼く。春休みの自主練の成果。高校生相手に早く試したいものだな」

「くはは。戦わせろ。全員まとめて蹂躙してやる!」

「もう……いやだ……修行マニアにバトルマニアに怪人キャプテン……これが男子校の恐怖かよ」

「うふふふ、血の気が多くていいわねん。今年はあなたたちと同じ推薦組十数人、後は勧誘で……そうねん、二十人は欲しいわねん」


 乙姫は檀詩たちを見て、ウキウキしだした。


「そのためには、ラグビーの良さを坊やたちに分かってもらわないとねん」


 そのクネクネした姿に、鋼はゾッとした。


「ラグビーの良さ? フツーにトライか?」

「いや、タックルだろう」

「バカめ。熱き殺し合いだ」

「ブブー、それはあんたたちの楽しみ方でしょ? ラグビーのよさって言ったら、試合に決まってるじゃない!」


 試合。そう言われて、鋼だけでなく、荒木も芳賀も、ようやく胸が高鳴った。


「試合か……なるほどね」 


 体は正直だ。憂鬱な気分が一気に飛んだ。


「あらん、ダンシコーちゃん、目が変わったわねん」

「ああ……この鬱憤を晴らすにゃ、丁度いいからな」

「鬱憤などないが、猛った想いは開放したいものだ」

「くくくくくく、いきなり高校生と死合か。面白い。皆殺しだ!」


 初めて意見が合った。

 入学した高校への思いはそれぞれだが、根っこの部分では誰も何一つ変わらなかった。やる気に満ちた三人を見て、乙姫も微笑んだ。


「対戦相手はすぐ近くの清学高校。二対八の比率で女子の方が多い共学で、毎年メンバーギリギリの一回戦敗退のチームだからそんなに強くは……なんだけどぉ、こっちは一年生のみのメンバーで試合するわ」


 そして、事件が起こるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る