第10話 血の疼き
高校入学して初めての日曜日。
鋼は初めて清学高校ことキョーガクに足を踏み入れたが、最初に感じたことは、雰囲気そのものと香りがムサクルとは大違いということだった。
「はー、イカや酸っぱさを感じない匂いだ……」
「どんな匂いなのだ?」
「うるせえ。堪能させろ!」
キョーガクも、ムサクルと同じ私立で、校舎も綺麗だが、設備のレベル的には差はない。差があるとすれば、雰囲気だ。
「ねえ、ほら。あれが、噂のムサクルだって」
「わー、あの人、すっごい胸板厚い」
これだ。
これがムサクルにはないと、鋼は改めて感じた。
中学の時にはあって当たり前だったもの。
それはとにかく女子というものの存在だった。
一方で、ムサクルの雰囲気はというと、
「ヤるぞ。今すぐヤるぞ。やりまくりだ!」
まず注意してほしい。この男の一人言には微塵も卑猥な意味は含まれていない。
「張り切ってやがるな、ハカイ。まー、気持ちは俺も同じだがよ。鬱憤のすべてを爆発させるべく、昨日の夜から楽しみにしていたからな」
「油断するな。相手は高校生。中学とは全くレベルも体格も違う」
「かかか。マジメだねー。だが、分かるぞ。テメェも静かに燃えていることは雰囲気から分かる。闘志を内に秘めるという言葉にふさわしい野郎だぜ」
ムサクルの怪物一年三人組。入部僅か数日で、そう呼ばれるようになった。だが、それはまだあくまで学内での話。闘志に満ちた三人のデビュー戦は今日ということになる。
「今日は我ら一年だけのチームだ。連携不足が課題だが、キャプテンはどう考えているか」
「あー? いらねーだろ、サン。今日は考えないで、勝手にやりゃーよ。なあ、ハカイ?」
「うむ。ダンシコーの言うとおりだ。俺たち三人以外も、今日は皆が漲っている」
「確かに。しかし、清学には死んでも負けないとはどういう意味だ?」
「あー、テメェは分かんなくていいんだよ。男の嫉妬って奴だ」
「くはははは、同じ殺すにベクトルが向いているのであれば、問題あるまい」
入学から数日。強豪高校の部活であるために、推薦組と入部希望者で、たった数日で十数人集まった。つまり、既に一年生だけのチームが出来上がったのだった。だから、気合に満ち溢れているのは、当然三人だけではない。
だが、実際は気合いの種類が違った。
「ゴラア、一年坊主ども。その頭は何だ!」
二年の上級生の怒号が飛んだ。ニタニタしていた鋼が顔を上げた。そして、驚いた。
何故か鋼たち三人以外の新入生の髪型が、昨日までは普通だったのに、今日になって茶髪に染めていたり、ワックスでセットしていたり、無駄にアクセサリーなど付けている。
要するに、一日で皆がチャラくなっていた。
「お前ら昨日は黒だったろ? 何でいきなり染めてんだよ。そんなの入学前にやるもんだろ?」
鋼の素朴な疑問に全員が顔を背けた。
だが、鋼もすぐに気付いた。
「チラチラチラ……ノールックパス!」
「スーパースクリューパス! チラチラ……」
「俺の敏捷性についてこれるかな? チラチラ……」
チラチラと横目で「誰か」の反応を伺いながら、派手な練習をワザとしようとする。
鋼はそんな彼らの視線の先を見て、すぐに納得した。
何故彼らがいきなりチャラくなったのかを。
「ねえねえ、ラグビー部の試合、もうすぐ始まるよ~」
「ムサクルって確か強いんでしょ? うわー、あの人すごい体が大きい」
「かっこいい人いるかなー?」
理由はアレだ。男子校という過酷な環境で過ごすことになった彼らにとって、数少ない女子との交流の機会。それが今日だった。
共学の学校のグラウンドで部の試合が行われる。ましてや入学したての新入生たちが多いこの時期は、日曜日といえども試合の注目度も高い。
鋼は気づいていなかった。だが、彼らは昨日の時点でそれに気付いた。そしてちゃんと女子の気を引けるようにカッコつけて来ていた。
「やりやがる」
鋼は素直にそう思った。
だが、鋼はこの時ばかりは気づかなくて良かったと思った。
「お前ら。気持は、よーく分かる。何故なら去年の俺たちもそうだったからだ!」
上級生は涙目で頷いていた。どうやら考えていることは代々同じようだ。
そして、ひょっとしてこれはお咎めなしではないか? と思ったのもつかの間……
「そして勘弁な。去年の俺たちも同じ罰を受けた。基本的にムサクルは髪を染めるのを禁じている。学校の看板背負って試合する俺たちは特に厳しく見られてる」
「うおっ、準備が良すぎる!」
新入生一同ゾッとした。
上級生が準備良くバリカンを持って来ていたのだ。
「チャラけてる奴らは……五厘刈りだ……」
「「「いやだー!!??」」」
そして、新入生の悲鳴の中で断髪式が行われた。
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