第73話 母のような気持ち
裕次郎さんからの預かり物を渡した後、里奈ちゃんは二階の部屋から出て来なかった。いつ出て来てもいいようにお茶の準備をしていたけれど、彼女が出て来たのは昼の二時を過ぎた頃だった。
私のいるキッチンをそっと覗いた里奈ちゃんの顔は青白かった。
「佳歩さん、裕次郎のプレゼント、一年間も預かっててくれて、ありがとうございました。中は手紙だったよ。読んでるうちに、裕次郎に会いたくなっちゃった」
里奈ちゃんは一度も私と目を合わせずに、俯き加減で声を震わせた。
「私、裕次郎が付き人になったこと、仕方のないことだと思ってました。私と再会する前の出来事だったし、私も裕次郎の生き方を大事にしたかったから。――でも、あんなの読んだら、やっぱり考えちゃう。裕次郎はどうしていなくなっちゃったのかなって。付き人にならなかったら、今でも生きててくれてたのになって。――今まで、考えないようにしてたのに……生きてて欲しかったなって、思っちゃう……。あんなに――あんなに好きだったのに……。大好きだったのに……」
泣きながら私の肩に撓垂れる里奈ちゃんを、ただ抱き止めることしかできなかった。何度も髪を撫で、背中を擦った。遠慮なく私の肩で泣くこの子が、まるで血を分けた本当の娘のようだった。
「本当は裕次郎さんも、里奈ちゃんと離れたくなかったと思うわ。こんな風に里奈ちゃんが寂しがってるときに、一番そばにいて、力になりたかったんじゃないかしら。――優しい人だったものね、裕次郎さん」
里奈ちゃんは私の肩で小さく頷いた。
「私、裕次郎にお礼言ってくるね。今日はまだ手を合わせてないから」
里奈ちゃんは涙を拭いて、森の中のお墓へ行った。
そろそろ夕飯の支度をしようと調理道具を出していると、蓮さんが拓真さんやアリスを連れてひょっこり顔を出した。
「佳歩さん、今夜のお祝いのハンバーグ、二人も作るのをお手伝いしたいんだそうです。里奈さんに喜んでもらいたいみたいで」
「まぁ。手伝って頂けると助かります。きっと里奈様も喜んで下さるわ」
拓真さんとアリスは喜々としてエプロンを着け、流しで手を洗った。
「何人もキッチンにいたら邪魔になるでしょうから、私は別のことを手伝います。何かすることはないですか?」
そう訊ねる蓮さんに買い物を頼むと、彼は声を潜めて言った。
「さっきは里奈さんとの会話を盗み聞きしてすみません。里奈さんに黙っていてくれてありがとう」
私は黙って頷いた。
「佳歩さんが選んで下さった例のものは今夜折りを見て里奈さんに渡しますから」
「里奈様の趣味に合えばいいですが」
「きっと喜んでくれますよ。色々とありがとう」
「柊吾様はやっぱりいらっしゃらないのですか?」
「誘ったんだけどね。断られたよ。じゃあ、お使いに行ってきます」
蓮さんは微笑んでキッチンを出て行った。
墓参りに行った里奈ちゃんは気持ちの整理が付いたらしく、帰ってくるなり顔を赤くして「お腹が空いたなぁ」と笑った。昼食を抜かした彼女に軽食を出して、サプライズのハンバーグ作りを続けた。
拓真さんとアリスは去年の誕生日に里奈ちゃんに祝ってもらったことをよく覚えていて、そのお返しをしようと張り切っていた。
「佳歩さん、僕たちももう中学二年生になりましたし、家の手伝いは何でもします。僕たちにも色々とさせて下さい」
ハンバーグを焼きながら拓真さんは言った。まだまだ幼いと思っていたのに、こんなことを言うまでに拓真さんは成長していた。
『わたしもたくさんお手伝いする!』
というアリスの気合いも伝わってきた。
「お二人とも、ありがとうございます。そう言って頂けると心強いです。……本当に、ご立派になられましたね。拓真様も、アリスさんも」
二人は顔を見合わせてにっこりと笑った。
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