第72話 最後のプレゼント
拓真君とアリスちゃんからプレゼントをもらった後、私は佳歩さんに東棟二階の客室へと案内された。森と田んぼの間に建つ屋敷はしんとしている。私をこの部屋へ案内した後、佳歩さんは取ってくるものがあると言って一旦部屋を出た。椅子に座って窓を眺めると屋敷裏の森の緑が見えた。この部屋は夕方にならないと直射日光が射さない。それでも蒸し蒸していてエアコンを動かしてもらわなかったら汗が滲んだだろう。降り注ぐ冷気で体を休めながら、私は鞄の中から鍵入りの小箱を出した。
こつこつと控え目なノックの後、佳歩さんが南京錠の付いた缶箱を抱えて戻ってきた。
「里奈ちゃん、お待たせ」
そう言いながらテーブルの上に缶箱を置く。私が持っていた鍵入りの小箱は指輪ケース大のものだけれど、佳歩さんが持ってきた缶箱はその指輪ケースが四つくらい入りそうな大きさだった。
「これは裕次郎さんから預かっていたものよ。里奈ちゃんの二十二歳の誕生日に渡して欲しいと頼まれていたの。この南京錠は里奈ちゃんの持っている鍵で開くはずよ」
この缶箱を預かっていたから、佳歩さんは私が鍵を持っていることもその使い道も知っていたのだ。一年間の秘密をようやく明かせたことにほっとしたのか、佳歩さんは穏やかに微笑んだ。
「私は席を外すわ。落ち着いたら応接室へ下りてきてちょうだい。お茶を用意しておくから」
「佳歩さん、ありがとう」
私が頭を下げると、佳歩さんは頷いて部屋を後にした。
一人残された私は、クーラーの運転音を聞きながら小箱の鍵を取り出した。缶箱にぶら下がっている南京錠を持ち上げ、鍵穴に鍵を挿す。軽く右にくいっと捻ると、かちゃんと解錠の音がした。懐かしい裕次郎の匂いがふっと鼻先に漂った。南京錠を外して蓋に手を添え、ちょっと力を入れると、背面の蝶番を軸に蓋が開いた。中には四つ折りになった手紙が入っていた。南京錠を脇に置き、そっと手紙を出す。私の手の中で、自然と紙が開いていった。裕次郎の癖だった丸い文字が、便箋一面にびっしりと埋まっていた。たった今書かれたような温もりが、私の手に伝わった。
『りな、22歳の誕生日おめでとう。本当はそばで祝いたかったけれど、この手紙を書いている数ヶ月後には、恐らくおれの付き人としての役目も、人生そのものも、終わっているんだろうと思う。いつその時が来るのかは分からないけれど、おれの身がどうなっても、せめてあと一回、りなの誕生日を祝いたくて、手紙を書いておくことにしたよ。
思えばりなには小さい頃から色々してもらったね。保育園の頃も、何度か一緒に遊んでもらった記憶があるよ。
付き合い始めるまであまり関わりがなかったような気もするけれど、思い返してみれば全く関わりがなかったわけではなくて、廊下ですれ違ったときとか下駄箱で一緒になったときに、一言二言声を掛けてくれたね。おはようとかバイバイとか、手を振りながら言ってくれたりなの顔が今でも思い浮かぶよ。
りなと一緒にやった体育祭の応援団の踊り、本当は乗り気じゃなくて逃げ出したいくらい嫌だったんだけど、りなが振り付けを教えてくれたり、大丈夫だよ、上手だよ、もう少し頑張ろうと言ってくれたから乗り越えられた。りなと一緒なら何でもできるような気がしたよ。
りなと妃本立の駅で再会したことは本当に驚いた。こんな事情がなければもっと喜んで再会できたのかもしれない。今、付き人になったことに後悔はないけれど、正直に言うと、付き人になる前にりなと再会できていたら、おれは付き人にはならなかったと思う。駅で再会した後、りなからのメッセージを受け取って、昔のことを色々と思い出した。忘れていたことも、何てことのない小さな出来事も、湧き上がるように鮮明に思い出した。こんなおれでもまだ気に掛けてくれる人がいるのだと思うと嬉しかった。今思うと、応援団の件は単なるきっかけに過ぎなくて、本当はもっと小さいときから、心のどこかにりながいたのかもしれない。そうでなければ、日常の些細な交流をここまで細かく思い出すなんてできないだろうから。
あの再会が正しいものだったのかどうか、おれには分からない。だけど、りなと会えて嬉しかった。辛い思いをさせて申し訳ないけれど、残された時間を一緒に過ごせて幸せだった。付き人になったおれにはもう誰も好きになる資格はないと思っていたから。どれだけありがとうを言っても言い足りない。もっと色んなことをしてあげたかった。幸せにしたかった。
おれがこの世を去っても、りなが幸せに生きていけることを心から願ってる。こうしてプレゼントを贈るのは今年で最後にするけれど、来年も、再来年も、誕生日には心の中でおめでとうを言うよ。
もし大切な人ができたら、その人と一緒に幸せになってね。
今までありがとう。一人の人を最期まで愛せたことは、最上の誇りだよ。
箱の中に同封したのは8月の誕生石のストラップ。大したものではないけれど、りなを守るお守りになってくれたらと思って選んだよ。
22歳、思い切り楽しんでね。
ゆうじろう』
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