第74話 幸せの願い
里奈さんをお祝いするサプライズのパーティーということで、朝永家総出で準備をしたディナーは、無事里奈さんに喜んでもらえたようだった。拓真君とアリスが手伝ったハンバーグは特に喜んで「おいしいよ、二人ともありがとう」と、お代わりまでした。
「向日葵の花束も誕生日カードもすごく嬉しかったよ。部屋に飾るからね」
里奈さんの言葉を聞いて、拓真君もアリスも照れ臭そうに笑った。本来ならアリスが笑うことなど有り得ないらしいが、彼女の感情豊かな姿は、屋敷の人間に癒やしを与えていた。表情の乏しかった彼女がアリスの継承によって笑顔を得たというのは内心複雑なことだった。アリスでいる限り、どう足掻いても何らかの形で、死というものに向き合わなければならないのに。
アリスと拓真君は十時になると自室へ戻った。
里奈さんは二人からもらった色紙を眺めた。
「蓮さんや佳歩さんもメッセージを書いて下さったんですよね。ありがとうございます。柊吾さんは書いてくれなかったみたいですけど」
柊吾の扱いに慣れているだけあって、里奈さんはひねくれた笑顔で皮肉を言った。
「実は柊吾からも、プレゼントを預かっているんですよ」
私がそう言うと、里奈さんは心底驚いた顔をして、
「ええっ、うそ。あの柊吾さんから?」
と笑った。
「私と柊吾でお金を出して、品物は佳歩さんに選んでもらいました。みんなでお祝いするのに、柊吾だけ除け者にするのもどうかと思いまして。メッセージはもらえませんでしたけど、これで許してあげて下さい」
応接室の棚に用意してあったプレゼントを手渡すと、里奈さんは目を輝かせて受け取ってくれた。佳歩さんが選んでくれたのは、フェイスタオルと日焼け防止のアームカバーだった。
「わぁ、嬉しい。今の時期、とっても役に立つんですよ。子供たちのお散歩のときに使わせてもらいます」
佳歩さんらしく、即戦力になる実用品を選んだらしかった。
「柊吾さんにお礼のメッセージ送らなきゃ」
里奈さんはスマホを出して、素早く文字を打った。
柊吾の方でもちょうどスマホを弄っていたようで、返事はすぐに来た。
『たんじょうびおめでとさん』
里奈さんはスマホの画面を私に見せながら、
「もう、柊吾さんったら、また平仮名だけで送ってくるんだから」
とふくれた。
「ありがとって、ローマ字で送ってあげようかな」
「arigato」、と本当にローマ字で送ると、柊吾からも、「doitasimasite」とローマ字で返事が来た。
「おかしいでしょ? 私たち、いつもこんなことして遊んでるんだよ」
里奈さんは笑いながらスマホを片付けた。
お祝いの一日が佳境に入り、何となく私の胸にも賑わいの後の寂しさが襲ってきた。里奈さんもそれらしく溜息をついて、
「こんなにたくさんお祝いしてもらうのって何年振りかな。本当に豪華にお祝いしてもらって嬉しかったです。裕次郎も私の知らないところで手紙を残しておいてくれたし、拓真君とアリスちゃんも色々してくれたし、佳歩さんや蓮さんも、本当にありがとうございました」
と言った。
「素敵な二十二歳にしてください。裕次郎さんも同じだと思うんですが、私も、里奈さんには幸せになってもらいたいと思っています。大事にしたい人ができたら、その人を大事にしてあげて下さい」
「裕次郎の手紙にも同じようなことが書いてありました。でも、もし大事な人ができるなら、それって、どんな人なのかな」
「そうですね。里奈さんの選ぶ人だから、きっと誠実で、里奈さんのことを一途に愛してくれる人だと思いますよ」
「そうだったらいいな」
里奈さんははにかんで肩を竦めた。
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