第51話 死の理由
柊吾は昼過ぎまで眠っていて、起きたときも疲れた顔のままぼんやりしていた。それでも私の昨晩の醜態はしっかりと覚えていて、咎めるような痛い視線を何度も無言で寄越してきた。柊吾は昼食も取らずに一旦家に帰ると言って屋敷をあとにし、夕方、黒のデミオに乗ってまた戻ってきた。
「ちょっと付き合え」
戻ってくるなりそう言い放ち、前庭に停めた車の助手席に私を乗せた。
「どこか行くの?」
私が訊ねると、柊吾はアクセルを踏んでハンドルを回しながら、
「別に当てはない。そこら辺を走るだけだよ」
と言った。昨日とは打って変わって今日は一日好天で、妃本立の空も、鮮やかなカーテンを引いたように夕日に染まっていた。助手席から柊吾の顔を伺うと、鋭い目が燃えるように光ってフロントガラスを射抜いていた。
車は妃本立の細い道路を抜け、二車線の国道へと入っていった。クリスマス直後の土曜日だからか、国道は碌々スピードも出せないほどの混雑ぶりだった。線路を跨ぐ高架上からは、ミニチュアのように小さな家並みや商店が見下ろせた。柊吾から顔を背け、乱雑と広がる小さな町を眺めていると、
「蓮、お前に聞きたいことがあるんだけど」
と、どこまでも真っ直ぐ続く混雑した国道を見詰めたまま柊吾が言った。
「何?」
私は何の気なしに微笑んで訊き返した。
「死にたいって言うのは、どういう気持ちなんだ?」
思わぬ質問に、私は言葉を失った。柊吾は私の返事を待たずに言葉を続けた。
「俺には分かねぇんだよ。死にたいと思っている奴らの気持ちが。別に世間に役に立つ人間になんてならなくていいし、他人の無責任な言葉なんて放っときゃいい。何で世間のために自分を殺さなきゃならないって考えになるのか、俺には分からないんだよ」
「世間のために自分を殺さなきゃならない、か……」
私は柊吾の言葉を繰り返しながらシートに背中を預けた。
「確かにそう言われると希死念慮というやつも馬鹿らしく思えるね。でも、分からないのなら分からないでいいんじゃないの?」
柊吾はそっと眉を顰めた。
「……知りたいんだよ。俺の親友も、俺と酒を呑んだあと、何も言わずに命を絶っちまったから」
「……友達を亡くしたの、柊吾」
「そうだよ。昨日、お前がいなくなったあと、そいつのことを思い出して肝が冷えたよ。あいつがいなくなったときと同じように酒を呑んだあとだったし、いくら待ってもお前は戻ってこない。あいつと同じように死に急いだんじゃないかって、気が気じゃなかった」
「そっか……それでおれを探しに来てくれたんだ……」
私は柊吾に「生きていればそれでいい」と言われたことを思い出した。私は思い掛けず、柊吾の悲しい過去をなぞってしまっていたのだ。
「ごめん。すぐに戻るつもりだったんだけど、どうしてもあそこから離れられなくなってしまって……。死のうと思って一人になったわけじゃない。お酒で落ち込んだ気持ちを落ち着けたかっただけ」
「……別に、死を選んだ人たちを責めるつもりはない。ただ、知りたかっただけだよ。ちゃんとした動機が」
「……生まれてきた意味だってどこを探しても見当たらないのに、死んでしまう理由だけはちゃんとなくちゃいけないっていうのも、気の毒なような気がするよ……」
柊吾は冷たく溜め息を吐いた。
「俺だってこんな世の中に嫌気が差すことはある。だが、わざわざ自分で死んでやろうとは思わないな」
お互いそれっきり何も言えなくなり、私は窓に移ろう景色を眺めた。車のヒーターで体が暖まり、緩やかな振動もあって、僅かに眠気が差した。
「柊吾、コーヒー飲まない? ごちそうするよ」
「昨日の贖罪か?」
「まぁ、そんなところ」
冬の夕日は去るのが早く、東の空はもう暗かった。柊吾の車は運転手の思うまま、どこまでも走り続けた。
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