第14章 聖夜の失踪
第48話 クリスマスの雪
私は一輪のクリスマスリースを持って、アリスと付き人たちのお墓に来た。裕次郎がいなくなってから今日で三ヶ月。私は死を選んだ裕次郎の意思を少しずつ噛み砕いて呑み込んでいるように思えた。生きていれば今日だって一緒に過ごせたかもしれないけれど、裕次郎がいなくなったからと言って、思い出の全てが消えたり汚されてしまうわけではない。
裕次郎はクリスマスにも特別なことは何もせず、静かに過ごすことを好んだ人だった。去年のクリスマスにも簡単な買い物や食事くらいは付き合ってくれたけれど、部屋を飾ったり手の込んだ料理を作ったりはしなかった。お互い負担になるといけないから、プレゼントも食べればなくなる焼き菓子を交換するくらいだった。
石碑へ供えるクリスマスリースは拓真君とアリスちゃんが飾り付けをしたものだった。緑色の輪っかに白いリボンを掛け、バラの造花や金銀の玉飾りを付け、二人の真っ白な心を表した可憐な飾り付けになっていた。それを汚れないように透明な袋に包み、一晩だけこの石碑に飾っておく。
「今日はクリスマスだよ、裕次郎。これは拓真君とアリスちゃんが作ってくれたリース。綺麗でしょう? アリスのみんなも付き人のみんなも、メリークリスマス」
私は石碑の前にリースを供えて手を合わせた。
朝永屋敷の人たちも派手にパーティーをすることは好まないようで、拓真君やアリスちゃんの好物をちょっと作って、ジュースとケーキでお祝いするだけなのだと言っていた。私もご相伴にあずかることになっていてるので、これから佳歩さんの手伝いに行く。
すっかり冷えた手を揉み合わせながら屋敷に戻ると、「お帰りなさい里奈さん」と眼鏡を掛けた蓮さんが出迎えてくれた。
「寒かったでしょう。ココアでも入れますよ」
という蓮さんの親切に甘え、佳歩さんの手伝いに行く前に、応接室で体を暖めさせてもらった。暑いココアを冷ましながら飲んでると、手足の先からじわじわと暖かさが広がっていった。
「蓮さん、今日は自分の部屋で食事をするんですよね」
私が訊ねると蓮さんは頷いた。
「ええ、そうです。極上のビールと豪華な食事があるからぜひおいでと柊吾を誘ったら、来てくれると言っていたので。私たちは西棟で食べます。みんなでわいわい食べるのは柊吾の性にも合わないでしょうし、拓真君やアリスに遠慮しながらビールを呑むのも美味しくないだろうと思うので。里奈さんは拓真君たちと一緒に召し上がるんでしょう? どうぞ楽しんでいって下さい」
「どうもありがとう、蓮さん。でも、柊吾さんはともかく、蓮さんがいてくれた方が、拓真君とアリスちゃんは喜ぶと思うんだけどな」
「三人水入らずの時間はこれからいくらでも過ごせますよ」
蓮さんは笑いながら言った。
「それにしても、今日は本当に冷えますね」
蓮さんが窓の方を見るので私も一緒に視線を向けると、空からぱらぱらと、小粒の霰が降ってきていた。
「降ってきましたね。どうりで冷えるわけだ」
「天気予報に雪マークが付いていたから、これから大粒の雪になるかもしれませんね」
「そうですね……」
蓮さんは窓辺に寄って外を見つめた。
「妃本立の雪を見るのも久しぶりです。……何だか、懐かしい気がします」
蓮さんはレンズの奥の目を潤ませながら、形の整った唇からはぁと息を吐き出した。
そのとき、応接室の扉が突然開き、アリスちゃんが満面の笑みで両手を広げて駆け込んできた。拓真君も慌てたように入ってくる。
「アリス、勝手に入っちゃ駄目だよ。――里奈さん、蓮兄さん、ごめんなさい。霰が降ってきたから嬉しくて、二人にも報告したかったみたいなんです」
アリスちゃんはにこにこと笑って窓の景色を見ている。私と蓮さんも顔を見合わせて笑った。
霰は夜になると雪へと変わり、音もなく静かに降り続けた。
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