第49話 失踪
クリスマスの団欒は穏やかに過ぎていった。ちょうど明日が土曜日なこともあって、私は一晩屋敷に泊まることにして、佳歩さんと一緒に食器の片付けをした、西棟にいる蓮さんと柊吾さんも、機嫌よく飲食をしたようだった。
東棟の空き部屋を一室借りて寝支度を整えていると、静かなノックの音がした。私は慌てて「はい」と返事をしてドアを開けた。立っていたのは柊吾さんだった。どこか青ざめて深刻な顔をしている。
「柊吾さん? どうしたの?」
「お前、蓮を見なかったか?」
柊吾さんは堰を切るようにそう言った。表向きは冷静だけれど、胸の内の動揺をどこかにぶつけたがっているような、落ち着きのない焦りが見えた。
「蓮さん? 柊吾さんと一緒だったんじゃないの?」
「俺が酔ってうたた寝してる間にどっか行ったらしいんだが」
「トイレとかお風呂とか?」
「一時間近く待っても帰って来ねぇんだぞ」
「ちょっと待ってね。佳歩さんに訊いてみるから」
私は上着を羽織り、柊吾さんと一緒にキッチンの奥にある佳歩さんの部屋へ行った。事情を話すと佳歩さんは呆れたように目を見開いて、
「蓮さんはまだ戻らないの? だから止めたのに」
と言った。
「蓮さんは森の中のお墓に行ったのよ。暗くて危ないし寒いから止めたんだけど、すぐに戻るから大丈夫だと言って出て行ってしまったのよ」
私と柊吾さんも思わず顔を見合わせた。
「じゃあ、私たちが様子を見てきます」
「見てくるのはいいけれど、危ないわよ。本当に大丈夫?」
「気を付けて行きますから大丈夫です。すぐ戻りますから」
「だったら懐中電灯を持って行ってちょうだい。暖かい飲み物を準備しておくから早く帰っていらっしゃいって伝えてね」
私たちは懐中電灯を借りて傘を差し、森へ出た。夕方から降り始めた雪はまだちらほら降っていて、地面はうっすらと白くなっていた。こんな鬱蒼とした森の中でも雪明かりがあって、青い闇の中を歩いていると、海の中をさ迷っている錯覚があった。柊吾さんはいつになく厳しい顔をして前を見ている。
佳歩さんが教えてくれた通り、蓮さんは石碑にいた。雪で濡れていただろうに、石碑の台座に座って項垂れている。その隣には、夕方私が供えたリースがあった。私は蓮さんに駆け寄って傘を掲げた。
「蓮さん、大丈夫ですか? 急に姿が見えなくなったって聞いたから心配したんですよ」
私は座り込んだ蓮さんの濡れそぼった頭の近くで声を掛けた。蓮さんは憔悴した様子で顔も上げないで、
「……大丈夫です。……ありがとう……」
とか細い声で言った。
「寒かったでしょう? 帰りましょう。佳歩さんが暖かいものを用意して待っていますから」
蓮さんは私のその言葉には答えないでふっと顔を上げて柊吾さんを見て、
「柊吾、寝てたんじゃなかったの?」
と、粉々になった硝子のように儚い笑顔を浮かべた。私は初めて眼鏡を掛けていない蓮さんの透き通った顔を見て、見てはいけないものを見てしまったようにはっとした。
柊吾さんは私の後ろに立ち、蓮さんに傘を掲げたせいで少しずつ濡れていく私の頭に傘を掲げてくれた。
「何の虫の知らせだか知らないが、目が覚めちまったんだよ」
「そっか……。せっかく心地よく酔ってたのに、ごめんね……」
「立て、蓮。帰るぞ。早くしないと俺たちも凍えちまう」
柊吾さんに促され蓮さんは腰を浮かそうとしたけれど、寒さで上手く体が動かないようで、すぐにふらついて石碑の台座に倒れてしまった。柊吾さんが懐中電灯と傘を私に持たせ、蓮さんを助け起こし、屋敷まで肩を貸すことになった。
「――お前、馬鹿じゃねぇの?」
柊吾さんが容赦なく言い放つと、蓮さんは濡れた髪を額に付けたまま微笑んで、「ごめん」と一言呟いた。
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