第40話 告白

 硬い杉の葉が冬の風に晒されて小刻みに震えるように、私の胸もざわざわと騒いだ。

「私の父は私が生まれたころにはもう体を悪くしていて寝たきりの状態でした。当時のことを唯一まともに話せる佳歩さんが私に遠慮してほとんど何も教えてくれないので詳しいことは分からないのですが、私が生まれる前、父には妻子があったそうです。子供は女の子で私の腹違いの姉に当たりますが、残念ながら、一歳にならないうちに高熱を出し、助からなかったと聞きます。姉の母親――父の妻だった人も、原因は分かりませんが、その数年後に亡くなったそうです。父はその後、誰とも結婚をしないまま現在に至りますが、姉の母が亡くなった後に生まれた私は、自分の母が誰なのかを知りません。生きているのか死んでいるのか、生きているのならどこにいるのか、何も分からないんです。ここに引き取られた拓真君も、両親のことを全く知らないそうですね。親のことをろくに知らないまま朝永に流れ着いた者同士、ついつい自分の境遇を拓真君に重ね合わせて見てしまっていたのかもしれません」

 蓮さんは窓辺に立ったまま細い首筋を反らして私を見た。

「里奈さん、拓真君とアリスは必ず助かります。ですが、あの子たちは一度人生を捨ててしまっています。一人にしてしまってはまた生きる力を失ってしまうかもしれない。私はあと数年しか二人のそばにいられません。近くにいられる間は力を尽くすつもりですが、どうか、里奈さんにもお力添えをいただきたいのです。身勝手なお願いだと分かってはいるのですが、里奈さんはこの屋敷のみんなにとって、なくてはならない存在のようですので」

 私はソファーに座ったまま膝の上で手を握った。

「私にできることなら何でもします。でも、蓮さんはどうなるの? 拓真君とアリスちゃんを助けるために何をするつもりなんですか?」

 蓮さんは長い肢体を揺らして私の座るソファーに歩み寄り、傍らにしゃがみこんで私を見上げた。

「里奈さん、この継承の習わしを生み出したのは私の父です。なぜ、どんな目的で生み出したのかは私にも分かりません。ですが、この習わしを止めることができるのは、父の血を引いた私だけです。はっきりしたことは言えませんが、今までの慣習を考えると、おそらく二年ほどしたら拓真君のアリスも継承の種を落とすでしょう。それを私が呑めば、継承を止めることができます。私は死ぬより他ありませんが、拓真君とアリスは助かります」

「そんなこと、拓真君とアリスちゃんが喜ぶわけありません」

「つらい思いをさせることは分かっています。ですが、すでに二人にも全てを打ち明け、少しずつこのことを受け入れてもらっているところです。これは拓真君たちにも言ったことですが、これ以上朝永の血で罪のない人を死なせるわけにはいかないのです。父は私をこの習わしから遠ざけるためにわざと幼少のころから海外へ行かしたようですが、私ももう自分の責務を打ち捨ててまで生きようとは思いません。あなたの大切な人も――私の決断さえ早ければ犠牲にならずに済んだんです。本来なら私は、あなたに顔向けすらできない立場です。本当に、申し訳ありません」

「もうやめて、蓮さん」

 耳を塞ぎたい気分だった。このまま取り乱していたら、蓮さんの頬を打っていたかもしれない。どうして蓮さんが裕次郎のことまで知っていたのか――佳歩さんが説明してくれたのだろうけど、私は塞ごうとする喉をどうにか開いて、蓮さんに言った。

「裕次郎は蓮さんと同じくらい、優しい人だったんですよ。だから、蓮さんが命を懸けて拓真君とアリスちゃんを助けようとしているように、裕次郎も、蓮さんを犠牲にしてまで生きようなんて思わなかったと思う。蓮さんは生きていてもいいんです。申し訳ないなんて、言わなくてもいいの。裕次郎は自分で付き人の道を選んで一生懸命人生を生き抜きました。私は決めたんです。今、目の前にいる人を一生懸命大事にしようって。裕次郎もそうやって、私を大事にしてくれたから」

 自分でも何を言ったのか分からない。喉が焼けるくらい、私は必死だった。

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