第31話 親友
柊吾さんから連絡があったのはほとんど三週間ぶりのことだった。柊吾さんが追求していた蓮さんは年末まで帰らないというから、今、柊吾さんが朝永屋敷に関わる理由はないし、私も拓真君やアリスちゃんの誕生日ばかり気に掛けていたから、柊吾さんとは自然と疎遠になったのだった。
突然の連絡で用件も分からないまま、土曜日の午後、朝永屋敷の前庭で待ち合わせをした。久々に会った柊吾さんは相変わらず鷹のような鋭い目に警戒心を宿し、鳥の巣みたいな金髪のつんつん頭をして、驚くほどぶっきらぼうだった。私とちょっと目を合わせた途端すぐにそっぽを向き、森の中の墓へ行きたいと言った。朝永屋敷の周辺を調べているうちに石碑の存在に気付き、こっそりと拓真君に事情を訊ねていたらしかった。拓真君からは自由にお参りしてもいいと言ってもらっているので、私と柊吾さんは森へ入り、木漏れ日に打たれる石碑へ向かった。
森の中には湿った薄日がこの世のものではない妖気を放つように白々と広がっていた。私の隣で、柊吾さんの素っ気ない肩が揺れている。その肩の揺らめきを見ていると、急に三週間分の空白がぽっかりとした大きな穴のように感じられて、こうして柊吾さんの隣に立つことも、どこか懐かしいように思われた。
「しばらく会わなかったけど、元気にしてた?」
私が訊ねると、柊吾さんは私の方を見もせずに「まぁな」と素っ気ない返事をした。この冷淡な態度もまた、私の知っているありのままの柊吾さんだった。アリスと付き人しか眠っていないあの石碑に何の用事があるのかは分からないけれど、私たちは言葉少なに森の奥へと進んだ。
やがて薄暗い木々のトンネルを抜け、神々しい木漏れ日に打たれた静かな石碑の前に来た。私は『ALICE』とだけ刻印された冷たい石碑に向かい、目を閉じて手を合わせた。その背後で、柊吾さんは静かに切り出した。
「あんたにはまだ言ってなかったんだけどさ」
そう言って私の隣に歩み寄り、石碑を見下ろした。
「俺も二十歳のとき、親友を自死で亡くしたんだよ。突然だった。前の日の晩に一緒に酒を飲んで、朝別れて、夕方に訃報が入った。訳が分からなかったよ。悩んでる風でもなかったし、普通に酒飲んではしゃいでたのに、別れてから半日もしないうちに死んだなんて言われるんだからな」
柊吾さんは手を伸ばし、平べったい石碑の頭を撫でた。
「俺はこんなタチだけど、親友はまめな奴で、ツーリングに行くときも知らない奴にまで惜しみ無く親切を振り撒いて、ずいぶん感謝されたもんだよ。お節介な奴だった。いつもにこにこ笑ってて優しいもんだから、彼女はいなかったけど、学校では色々声を掛けられてたよ。頭の回転も早くて手先も器用。非の打ち所のない奴だった。死んだなんで信じられなかった。今思うと、理不尽だらけのこの世を生き抜くには、あまりに純粋過ぎたんだろ。俺のように何も考えない図太い奴の方が長生きするんだからな。おかしなもんだよ」
柊吾さんは石碑から手を離し、その手をポケットに突っ込んで私を見た。
「こんなことを打ち明けても何の慰めにもならないんだろうが、あんたの話を聞いてるうちに、俺もあいつのことを思い出したんでね。気が変わらないうちに話しておこうと思ったまでだ。純粋過ぎるからといって自死をしてもいいとは思わないが、この石碑に眠る奴らだって、それなりに思うところがあったんだろ。よくは分からないが、こんな俺でも今の世の中に嫌気が差すんだからな。繊細な奴ならなおさらなんだろ」
ぶっきらぼうな言葉の端々に、石碑に眠る人々への思慮が籠められていた。レモン色の日差しに打たれた石碑は言葉もなく輝いている。
「柊吾さん、大事な話、聞かせてくれてありがとう」
そうお礼を言ったけれど、素直じゃない柊吾さんはそっぽを向いて何も返事をしてくれなかった。
裕次郎たちの眠る石碑は日溜まりの襞に撫でられながら、安らかに佇んでいた。
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