第23話 見立て
柊吾さんは拓真君と会うことに前向きで、さっそく土曜日に会う約束をした。
数日前の佳歩さんとの面会を思い出したのか、柊吾さんは苦虫を噛み潰したような顔をして、緑青色の屋根を頂く灰色の屋敷を睨んだ。屋敷の廊下を歩く間も、案内をしてくれる佳歩さんの背中を睨んだり、露骨に視線を逸らしたり、落ち着かなかった。
裕次郎の先輩から裕次郎へ。裕次郎から拓真君へ。付き人は知り合いから知り合いへと受け継がれてきた。アリスの習わしに巻き込みたくなければ拓真君とは引き合わせない方がいいのだけれど、柊吾さんの強気な発言といい、屋敷に柊吾さんを招く佳歩さんの落ち着き振りといい、先のことは誰にも分からないはずなのに、私の心配も杞憂に終わるのかもしれないと、半分くらいは期待する気持ちになっていた。柊吾さんが難を逃れたとしても、別の誰かがその難を受けるのだから、安心してもいられないのだけれど。
拓真君はアリスちゃんと二人で私たちを出迎えてくれた。
「初めまして。朝永拓真です」
拓真君は丁寧に頭を下げ、初対面の柊吾さんに自己紹介をした。変に警戒心が強く、なかなか人に心を開かない柊吾さんは、黙ったまま拓真君を睨んでいた。柊吾さんを紹介するのは、引き合わせ役の私の仕事だ。
「時間取ってくれてありがとね、拓真君。この人は柊吾さんよ。アリスちゃんも、こんにちは」
アリスちゃんはにっこりと笑った。
次の付き人が誰なのかは、拓真君にもまだ分からないらしかった。
「でも、そういう人が目の前にいれば、一目で分かると思うんです。裕次郎さんも初めて会ったときから僕のことを次の付き人だと予感していたらしいので」
「じゃあ、柊吾さんはどう?」
拓真君は柊吾さんを見ながら言った。
「多分、違うと思います。僕の感なので当てにはなりませんが、少なくとも、次の付き人ではないんじゃないかな。二代先や三代先のことは分からないけれど……」
そう教えてくれた。腕組みをして私たちの話を聞いていた柊吾さんは「おい」と私を見た。
「何の話だ?」
「言ったでしょう? 私の付き合ってた人のこと。拓真君もその習わしに巻き込まれて、あと二年ほどしか生きられないの」
「こんな子供がか?」
「そう。そこにいるアリスちゃんもね」
柊吾さんは怪訝な顔をして二人を見た。自分より幼い子たちが短命で終わると聞いて、あまりいい気分ではないらしかった。
「どうか気にしないで下さい」と拓真君は言った。
「僕らは望んでこうなったんです。付き人になってから僕は孤独ではなくなりました。いつもアリスが一緒にいてくれるようになった。アリスと過ごすようになってから、ずいぶん気持ちも穏やかになりました。後悔はありません」
アリスちゃんも拓真君の手を握り、柊吾さんに向かってこくりと頷いた。付き人当事者としての責任を果たすように、拓真君はアリスの習わしを説明した。
「この屋敷には昔からアリスという習わしがあります。アリスになった子は大体二年で死に至り、アリスに寄り添う付き人も一緒に息を引き取ります。里奈さんはあなたがその習わしに巻き込まれるんじゃないかと心配してたんです。付き人と知り合いになると次の付き人になる可能性が出てくるから」
柊吾さんは顔をしかめた。
「俺は死ぬ気なんてないんだけど?」
「僕も、次の付き人はあなたではないと思います。ですから里奈さん」
拓真君は私を見た。
「どうか、安心してください。柊吾さんは犠牲になったりしないと思うから」
私は小さく頷いた。
「教えてくれてありがとう、拓真君」
そうは言っても拓真君やアリスちゃんの行く末が変わるわけではないし、柊吾さん以外の誰かが付き人を継承することだって変わらない。習わしが続く限り、この悲しみの連鎖は終わらないのだ。無邪気に微笑み合っている二人を見ていると、いたたまれない気持ちになった。
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