第22話 電話

 別れ際の様子がおかしかったこともあり、私は柊吾さんのことが気になって、アパートに帰るとすぐに電話を掛けた。朝永屋敷で夕飯をごちそうになってから帰ったので、もう八時を回っている。柊吾さんは缶ビールで晩酌の最中だったらしく、妙にがらがらと枯れた声で電話に出た。後で掛け直そうかとも思ったけれど、当分晩酌を続けるとのことだったので、酔いが浅いうちに用件を済ませることにした。

「柊吾さんが帰った後、佳歩さんとも話をしたんだけど、一度拓真君や蓮さんと会ってみたらどうかって言うの。蓮さんは年末まで会えないけど、拓真君は週末や月曜日なら時間が取れるだろうから、よかったら来て下さいって。どうする?」

 柊吾さんは私の話を聞く間もビールを啜っているようで、電話口から缶の擦れる音が度々聞こえた。

『まぁ……考えとくよ』

「蓮さんのこと、びっくりしたね。柊吾さんの記憶通り、ちゃんといた」

『……ちょっと思い出したんだけどさ、蓮って、他の奴に比べて色白で小柄で、髪も茶色っぽくて、最初は男か女かも分からなかったんだよな。小さいころの記憶だから当てにはならないんだが、他の奴とは雰囲気が違ってたから、それで印象に残ったのかもな。――それにしても』

 と、柊吾さんはビールで喉を潤しながら続けた。

『今日会った佳歩って人、『不思議な巡り合わせですね』って笑いながら言ってただろ。それをさっきから何度も思い出してぞっとしてるんだよ。俺が蓮を思い出したのは偶然なのに、何か謀られてるみたいでさ。俺の名前も知ってたみたいだし、あの人、一体何者なんだよ』

「朝永屋敷に仕えてる人よ。佳歩さんもそう言ってたでしょ?」

『不気味な奴だった』

「佳歩さんは変な人じゃないし、警戒しなくても大丈夫だよ。確かに初対面の人にとっては不思議な感じのする人かもしれないけど、でも、怪しい人じゃないから」

『やけに庇うんだな』

「庇ってるんじゃなくて、本当のことなの」

『……どいつもこいつも隠しごとばっかりしやかって……。気が置けないな』

 柊吾さんは体中から力を抜くように、一際長い溜め息を吐いた。

『ところで、昨日訊き損ねたけど、朝永屋敷に深入りするなってのは、結局何のことなんだ? 蓮以外のことも何かあんのか?』

「あるにはあるんだけど……教えられないよ」

『何で』

「教えたら深入りすることになっちゃうでしょ? 私は朝永屋敷のみんなとは仲がいいけど、あくまで部外者だよ。柊吾さんに何かあったら困るし、余計なことは言えないよ」

『……あのな、俺のことを勝手に何かの犠牲者にするのはやめろ。何かあったらって何のことなんだよ』

「柊吾さんは犠牲になってなくても、私の付き合ってた人は犠牲になったの。初めて会ったときにファミレスで言ったでしょ、私の付き合ってる人は亡くなったんだって」

『……ああ、そういえばそんなこと言ってたな』

「その人は朝永屋敷に古くから伝わる習わしを継承して亡くなったの」

『何だよ、それ。ホラーか?』

 柊吾さんは呆れたように言う。冷静に考えれば、それが普通の反応なんだろう。

「あの屋敷に関わると柊吾さんもその習わしに巻き込まれるかもしれないの。だから深く関わって欲しくなかったの」

『もう関わっちまったから今さらどっちでもいいんだけどな』

 柊吾さんは自虐気味に笑う。

「そんなこと言って。本当に何かあったらどうするの?」

『何も起こらねぇよ。あんたの彼氏には悪いが、俺は早死にするつもりなんてさらさらないんでね』

 お酒の勢いもあるのか、昼間の佳歩さん以上に大胆で確信的な言い振りだった。

「……柊吾さんは強い人なのね……」

『面倒だから何も考えたくねぇだけだよ』

 柊吾さんはそう言いながらビールを啜る音を立てた。

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