第24話 好意

 保育園の子供たちに渡すバースデーカードは大方作り終わり、今度は拓真君とアリスちゃんのカードに取り掛かった。中学生になった二人がこんなものを喜ぶのかどうかは分からないけれど、私にできることはこれくらいなので、ささやかなサプライズとして用意する。

 色紙サイズの二つ折りのカードに二人の似顔絵を描き、簡単なメッセージを添える。その周りに色紙やマスキングテープ、リボンやシールを貼り付けて、カードを飾っていく。カード作りも慣れてきて、さほど悩むこともなく、一晩で完成した。ふうっと大きな溜め息が漏れる。

 出来上がったカードはスマホで撮り、佳歩さんに送って審査してもらった。

『里奈ちゃん、ありがとう。拓真さんもアリスも喜ぶわ。』

 そんな返事が来て、ほっと肩の力が抜けた。佳歩さんが親代わりとなって拓真君を育ててもうすぐ十三年。知り合って一年半しか経たない私でも感慨深いのに、十三年も育てた子の誕生日はどんな気持ちがするんだろう。

『……早いわね。拓真さんももう十三歳になるんですもの。まだまだあどけないけれど、いい子になったわ』

 数日前、そんなことを言いながら卓上カレンダーを眺めた佳歩さんの眼差しを思い出した。

 アリスの習わしを継承した拓真君の選択も、極端に短くなってしまった儚い余命も、佳歩さんは全て呑み込んで受け止めているように見えた。比べるものではないのだろうけれど、裕次郎を失ったときの私の錯乱ぶりとは大違いだ。佳歩さんはあのときも、取り乱すことなく死者を弔い、私を励ましてくれた。佳歩さんまで一緒に悲しみに暮れていたら、私はきっと立ち直れなかっただろう。もっとも、佳歩さんは次の継承者である拓真君や、そのときはまだ誰だか分からなかった新しいアリスの成り行きも見守らなくてはならなかったから、感情にばかり流されてもいられなかったのだろう。私は母のような佳歩さんの存在に、知らず知らず救われていたのだ。

 裕次郎は自分の誕生日には頓着しない方だったけれど、再会してから二度あった自身の誕生日には、どちらも私と過ごしてくれた。元々人付き合いに慎重だった裕次郎が、大切な日に私と過ごしてくれたことは、それだけで特別な思い出だった。今思い出しても胸が高鳴る。儚げな横顔、明るい瞳、長い手足も指先も、何もかもが神秘だった。見ているだけでどきどきした。触れられそうにない、遠い人に感じれば感じるほど、胸は締め付けられた。

 心を打ち明けることは少なかったけれど、裕次郎は短い寿命の中でできる限りのことを私にしてくれた。私の誕生日に小箱をくれたのもそうだし、隠しておいてもよかったのに、朝永屋敷やアリスの習わしのことを教えてくれたのもそうだ。一年半の間、ずっと私を傷付けないように寄り添ってくれた。

 感情を表に出さない裕次郎が、唯一私にはっきりと伝えてくれたのが『好きだよ』という気持ちだった。羞恥心もあって言いづらかっただろうに、最後の最後まで、この言葉だけは欠かしたことがなかった。

 その真っ直ぐな優しさが今さらのように思い返されて切なかった。静謐で憂いに満ちた頬に時折浮かべる木漏れ日のような笑顔はとても綺麗だった。

 私はスマホを握り、裕次郎のトークルームを開いた。裕次郎からの最期のメッセージも、『好きだよ』だった。『ありがとう、私も裕次郎が好きだよ。』という返事に既読マークがつくことはなかった。じっと種熱に耐えていたんだろう。途中まで見守った佳歩さんや拓真君によれば、裕次郎は静かにベッドに横たわり、荒い息遣いの弾みでうっと唸ることはあっても、苦しみを発散させるために乱暴に呻くようなことはしなかったそうだ。

 そして、あの日の夜遅く、日付けが変わる直前に、裕次郎は息を引き取り、天国にいってしまった。

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