第6章 巡り合わせ
第18話 駆け引き
夜遅く、
『あの屋敷、男子中学生住んでる?』
きっと拓真君のことだ。スマホを見たまま靴を脱いで部屋に入り、ベッドの上に鞄を落とし、その隣にどっかりと座る。蓮さんのことを探るために一週間ほど屋敷に張り込んだらしいので、出入りする人物も大方把握してるんだろう。
『そんなことまで知ってるんだね。びっくり。』
曖昧に返したつもりだったけれど、これでは、あなたの見立ては正しい、と言っているようなものだ。返事は恐るべき早さで来た。
『あれだれなの』
柊吾さんの立場から見れば確かに拓真君は立ち位置の分からない謎の存在ということになるんだろう。私は画面をタップして返事を打った。
『私、朝永屋敷の人じゃないからどこまで教えていいのか分からない。そもそも屋敷のことにだってそんなに詳しくないよ。』
そこまで遣り取りをしたところで、急に電話が鳴った。飛び上がるほど驚いて、思わず落としそうになったスマホを握り直し、通話ボタンを押すと、不機嫌そうな声が聞こえた。
『あんたが何も言えないなら、本人に直接訊くけど?』
メッセージに痺れを切らしたのか、柊吾さんが直接電話を掛けてきたのだった。
「えっ」
と、私は大慌てで首を振った。柊吾さんには見えもしないけれど。
「駄目だよ、拓真君を恐がらせるのはやめて」
『へぇ、そいつ、たくまくんって言うんだ』
柊吾さんは記憶に刻み込むように拓真君の名前を呟いた。うっかり口走ってしまった私を鼻で笑っている。
『で、そのたくまくんてのは何なんだよ』
「そんなことまで話していいのかな……」
『あんたが言えないなら本人に……』
「それは駄目だって言ったでしょ。デリカシーが無さすぎるよ」
『だったらどうしろってんだよ』
私の嫌味にむっとしたのか、投げ遣りに言う。
「もう少し待ってもらえない? 屋敷の人に事情を話してみるから」
『……いつまで待てばいい?』
「明日また屋敷に行くから、それまで待ってくれる? 夜に電話するよ」
『……信用していいんだな?』
「うん。もちろんよ」
『分かった。じゃあ、明日の夜まで待ってやる。明日、何の音沙汰もなかったらそのときは直接たくまって奴に会いに行く』
私はスマホを握り直した。
「柊吾さん、前にも言ったけれど、あんまり深入りしないでね。私も、これ以上何かを知るの、恐いから……」
『俺は蓮のことを知りたいだけなんだけどな』
「それは分かってるけど……」
柊吾さんの大きな溜め息が聞こえた。
『あんた、大丈夫か? 何をそんなに恐がってるのか知らねぇけど、気にし過ぎじゃないか?』
「……私の気にし過ぎだったら、それでいいの。でも、そうじゃなかったら、やっぱり恐いな……」
『……まぁ、俺は蓮のことが分かれば何でもいいんだけどな。明日、よろしく頼むぜ』
「……うん」
柊吾さんはぶちりと電話を切った。
スマホを枕に放り投げ、ベッドに倒れる。これからお風呂に入ってバースデーカードも作らなければならないのに、そんな気分ではなくなった。
私はどこまで朝永屋敷のことを知っていいのだろう。全てを知っていいというわけではないはずだ。踏み入れてはいけない領域に、いつか足を踏み入れてしまいそうで恐かった。
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