第11話 お茶会

 アリスと会ったあと、佳歩さんが応接室で新しいお茶を入れてくれた。グリーンアップルティーのすっきりした香りが部屋いっぱいに広がった。

「疲れたでしょう、里奈ちゃん」

 佳歩さんは私と二人きりでいるときのラフな言葉遣いで話した。私はアリスに会った感想を率直に述べた。

「拓真君のアリスがあんなに積極的だなんてびっくりしました。もっと大人しい子だと思っていたんですけど」

「そうね。今までのアリスとはちょっと違うわね。私も驚いたわ」

「付き人でもない私にまで微笑みかけてくれるなんてびっくりしました。アリスってみんなあんなに人懐こかったんですか?」

「いいえ。大抵アリスは無表情で不干渉よ。人懐こいなんて有り得ないわ」

「ですよね……」

 私は湯気の香りを楽しみながらグリーンアップルティーを飲んだ。食道がぽっとあったかくなった。佳歩さんは私と対座し、少し身を乗り出して私の顔色を覗った。

「里奈ちゃん、もう大丈夫なの? 裕次郎さんのこと」

「大丈夫なわけじゃないけど新しいアリスも出てきたし今は気が紛れてる感じです。裕次郎がいなくなってから十日も経ったなんて信じられないです」

「そうね……私も寂しいわ」

 佳歩さんもグリーンアップルティーに口をつけた。

「……思い出すわ。里奈ちゃんが初めてこの屋敷に来たときのこと。本当にびっくりしたのよ、付き人が知人を連れてくるなんて。大抵みんなこの屋敷と関わっていることは隠すものなのに、裕次郎さんは包み隠さず打ち明けたものね。あのときは何も考えずにあなたに全てを話したけれど、ずいぶん残酷なことを言ったような気がするわ。ごめんなさいね」

「いいえ。事実は事実だし、教えてもらったことで心の準備もできました。それでもつらかったのはつらかったんですけど」

「無理もないわ。恋人だったんですもの」

「……もし、付き人になる前に私と再会していたら、裕次郎はどんな選択をしたんだろうって考えることがあるんです。付き人になることを思い止まることもあったのかなって。でも、どんなタイミングであったとしても、裕次郎は付き人になる選択をしたと思うんです。そういう人だから」

「付き人になる人はみんな優しいものね。裕次郎さんの前任者もとても優しい人だったのよ」

 私も聞いたことがあった。裕次郎の高校のころの先輩で、その先輩の卒業後、たまたま妃本立の町で再会し、その縁で裕次郎が次の付き人に選ばれたのだった。

「別に珍しいことでもないのだけれど、裕次郎さんのアリスはなかなか見つからなくて、一年くらい空白だったのよ。裕次郎さんが種を引き継いだのが十七歳、付き人になったのが十八歳、それから二年半経って、二十一歳で亡くなってしまった」

「ぴったり二年ってわけではなかったんですね」

「そうね。二年半なら誤差の範疇よ。過去に一度だけ三年生きた人や一年で寿命が来た人もいたけれど、あとはみんな二年前後よ。拓真さんもきっとそうなのでしょうね」

 拓真君の親代わりとなってその成長を見守ってきた佳歩さんは、湯気の立つカップを手に持ったまま切なくうつむいた。二年後、今度は拓真君を見送らなくてはならないと思うと遣り切れない。拓真君は自分の人生に未練がないようだけれど、止める方法はないのだろうか。本当にこのまま見送らなくてはならないのだろうか。一緒に生きていくことはできないのだろうか。

 別れ際、佳歩さんは私を抱き締めてくれた。

「無理しちゃ駄目よ、里奈ちゃん。何かあったらすぐにここへいらっしゃい。あなたにまで何かあったら私もつらいから」

 私は佳歩さんの肩でうなずいた。

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