第4章 出会い
第10話 アリスと里奈
『僕のアリスと会ってくれませんか?』
拓真君からそんなメッセージが届き、私は朝永屋敷に向かった。勝手に上がってもいいとのことだったので佳歩さんの案内も乞わずに二階へ上がる。
拓真君の部屋には可憐な黒髪の女の子が座っていた。裕次郎のアリスと初めて会ったときのことを思い出して私は息を呑んだ。こちらのアリスの方が幼げで唇の色付きが鮮やかだけれど、ほつれのない纏まった髪と色白の肌、大きな瞳、美しい睫毛は裕次郎のアリスとそっくりだった。
「この子が僕のアリスです」
友達でも紹介するような雰囲気で拓真君は私たちを引き合わせた。
私にとってアリスという女の子は不可解だった。この子はどこから来て何のためにアリスと呼ばれる者になり、死期を早めるようなことをしたのだろう。分からないことだらけだった。
私が来たことに気が付いていたようで、佳歩さんがお茶を持ってきてくれた。アリスの分もきちんとある。よく考えれば当たり前のことだけれど、この子も私たちと同じように飲食をするのだなと思うと不思議だった。
アリスは生きることとは別の世界にいる、普通とは少し違う存在なのだと頭のどこかで思っていた。何も喋らないし表情を変えることもない。箪笥の上や窓辺に飾っていつまでも眺めていたいお人形としか思えなかった。
「アリス、この人は里奈さんだよ。怖くないよね?」
拓真君が訊ねるとアリスは幼い子が見せるような純真無垢な笑顔を浮かべた。私は絶句した。アリスが笑っているところなんて初めて見た。拓真君は私の心を見透かしたように苦笑いをした。
「びっくりしたでしょう? この子はよく笑うんですよ」
「でも、アリスは感情表現をしないって、裕次郎が教えてくれたけれど……」
「僕もそう思っていました。実際僕が見てきた過去のアリスたちも、みんな感情表現をしませんでした。だから、僕のアリスもそうなのかなと思っていたんですが、この子はよく笑うんです。僕もびっくりしました」
アリスはにこにこと笑って私たち二人を見ている。
「この子の笑顔は付き人だけに見せる特別なものではないようですね。ちゃんと里奈さんにも笑顔を向けている。アリス、里奈さんに挨拶できる?」
拓真君に促され、アリスは立ち上がって深々とお辞儀をした。さすがに言葉までは発しないらしい。顔を上げてにっこりと微笑む。
「初めまして、アリスさん。私は里奈だよ」
自己紹介をすると私のことを好意的に受け取ってくれたのか、アリスは大きくうなずいた。拓真君が安堵の息を吐く。
「よかった。里奈さんとも仲良くなれそうだね」
アリスと仲良くなる――信じられないことだった。アリスは拓真君のベッドに置いていた鞄から国語の教科書を取り出して私に見せた。
「すみません、里奈さん。僕たち明日から中間テストでその勉強をしていたんですけど、そのことを里奈さんに伝えたいのかもしれません」
何も喋らないアリスの代わりに拓真君が説明してくれた。私は思わず笑った。
「拓真君ったら、そんな忙しいときに私を呼んだの?」
「僕らの勉強は大方終わったので、少し息抜きしたくて」
拓真君は恥じらうように笑った。アリスが開いて見せてくれたのは、私も中学のころに読んだ物語だった。
「へぇ、このお話、今でも習うんだね。懐かしいなぁ」
アリスは人懐こい笑顔で私を見ている。疑いのない幼げな笑顔を向けられると嫌な気はしない。
「あなたのこと、アリスちゃんって呼んでいい?」
私が訊ねるとアリスはうなずき、ためらいもなく私の肩にもたれた。ほんのりあたたかい柔らかな肌の感触が服越しに伝わった。
本当にこの子は継承の種を呑んだアリスなのだろうか。
どこにでもいる普通の女の子にしか見えなかった。
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