第5話 再会後

 裕次郎と親しくなったのは中学三年の頃、体育祭の応援団係になったことがきっかけだった。声掛けから振り付け、演出まで、七人の担当者で全てを決めて練習を進めた。私たちは白組だった。一年生から三年生までみんなが参加する全体練習も上手くいき、本番も盛り上がった。私は裕次郎と組んで簡単なダンスをし、その縁で連絡先を教えてもらったのだった。帰る方向が同じなので、毎日一緒に帰るようになった。受け身がちな裕次郎と仲良くなれたのは全くの偶然で、私から積極的に声を掛けなければ、ここまで親しくはならなかっただろう。思えばこのときから、裕次郎を失うことを恐れていたような気がする。

 妃本立ひもとたちの駅で数年ぶりに再会して以来、私たちは何度も会うようになった。最初のうちは目も合わせてくれなかったけれど、いつしか一緒にいることが当たり前になり、自然と軽口も叩くようになった。それでも裕次郎は何かを隠していた。ふと瞬間に押し黙ってうつむき、深く考え事をするような仕草を見せた。

 あるとき、裕次郎は思い切ったように私に懇願した。

「里奈、朝永屋敷って知ってるよね。一緒に来てくれない? 全部、話してしまいたいから」

 私は胸がざわざわした。幼い頃から怖くて避けていた場所だった。なぜ裕次郎がそんなところへ私を連れて行こうとするんだろう。一体何の話をするんだろう。嫌な予感がした。

 裕次郎に連れられて屋敷に着くと、私は佳歩さんに引き渡され、そこで全てを知った。朝永屋敷に受け継がれる習わし、裕次郎がアリスと呼ばれる女の子の付き人になったこと、あと二年も生きられないこと。裕次郎の代わりに佳歩さんが説明してくれた。

「裕次郎様がご自身で説明できなかったのは、余命があまりに短いからでしょう。裕次郎様に限らず、付き人の方がご自身の懇意の方をこの屋敷にお連れすることは滅多にありません。きっと本当に大切な方なのね」

 そう言って佳歩さんは微笑んだ。

 話が終わったタイミングで裕次郎が色白の女の子を連れて応接間に入ってきた。それが、裕次郎の付き添っている女の子・アリスだった。

 裕次郎が私にアリスを紹介すると、彼女は黒々した髪を肩から垂らし、私にお辞儀をした。磨かれた宝石のように輝く瞳が印象的だった。

「はじめまして、アリスさん。私は里奈といいます」

 そう言って私も挨拶をすると、彼女はまた頭を下げてくれた。

「可愛い子だね」

 私が言うと裕次郎はうなずいた。

「うん。俺の妹みたいなものかな」

 面会が終わって二人で屋敷を後にすると、裕次郎は暮れかけの空の下でぽつりと言った。

「黙っててごめん、里奈」

 私は首を横に振った。

 こんなこと、なかなか打ち明けられるものでもなかっただろう。

 切ない夏の匂いがした。もうすぐ入道雲が湧いて蝉が鳴くんだろう。

 裕次郎は視線を前に向けたまま手探りで私の手のありかを探り当て、ぐっと握った。

「迷ったんだ。里奈と付き合い直すの。つらい目に遭わせることが分かっていたから。でも、嬉しかった。再会できたことが、嬉しかった」

 私も嬉しかったよ、と、胸の中だけで言ったのか本当に口に出して言ったのか、もう忘れてしまった。

 中学生だったあの頃、裕次郎とダンスをしたあの体育祭の終わり、私のことを名字で呼んでいた裕次郎が、こんなメッセージを送ってくれた。

『これからはりなって呼んでもいい?』

 私は放心状態だった。嬉しさがしずしずと湧き上がってきた。心がどこかに行ったまま、私は震える手で返信した。

『もちろん、いいよ!』

 その後に返ってきたメッセージを、私は信じられないような目で一晩中見つめ続けた。

『よかった。おれ、りなのこと、すきだよ。』

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