2話 訳ありそうな女の子が、ただの可愛い女の子であるはずがなく……
「ふん、どれだけ危険でもあたしを部屋に入れられる魅力には敵わない?」
「目的を果たしたら、お前のクラスで2番目に可愛い子を紹介しろ。それが条件だ」
「なんで1番じゃないの」
「1番って、華やかな分遊んでそうだし……」
「偏見もいいとこね、まあ考えといてあげる。交友はあるし」
「よくやった!」
彼女はそれを聞くと、切なげにこちらへ寄ってきた。
「でもお、私じゃダメ……?」
吐息がかかるほど近寄り、彼の両手を包み込んだ。いくら気に食わない奴にしても、こうも迫られては押し返すこともできない。
「え、え、いや悪くはないかなー、そう思いますよー」
「良かった」
そのまま首に顔を乗せる。甘い香りに胸が高鳴り、彼女の心臓の鼓動も聞こえる。今まで体験したことのない膨らみも感じていた。着痩せするタイプのようである。身じろぎすらできずこの至福のときを味わっていていると、優雅に微笑んで囁いてくる。
「この距離なら」
「魔法……!?」
手元が光ったのを見て、レヴィンは『内蔵』している防衛系の魔法を唱えた。
「悪いけど、怪我させない余裕はないよ……」
「いたっ!」
相手は弾き飛ばされて尻餅をついた。
「やっぱりカツアゲする系だったか……」
レヴィンは逃げ出そうとしたが、足がもつれて転んだ。
「……!」
手と足が黒いバンドのようなもので拘束されていた。彼女が立ち上がって近づいてくる。
「なんだこいつは……!」
「流石に発動までが早いわね。相当習熟していないとできない領域だわ」
「これじゃ逃げられないって訳か。金を持ってると思うなよ。独身が貯金しているはずないだろ、誰も悲しまないんだから」
「いいから歩く。人目を引くからさりげなく歩きなさい」
こうして、レヴィンは両手両足を縛られ不恰好な形で歩く羽目になった。これで誰も通報しないのだから、都会とは人情のないものである。
「これ、立場が逆転してたら一発で終わりだからな!」
「そうね。立場が逆転しないことを祈ることにする」
「なんつー無関心だ」
「ありえないことを言ってないで、足を動かす」
尻を軽く蹴られ、バランスを少し崩す。不自由な身ではこの程度でも立て直すのに四苦八苦してしまう。彼は滅入りきっていた。
「もういやだー! 帰りたいよー!」
「今帰ってるでしょ、バカ」
「違う違う、ドアを開けたら優しいお姉ちゃんがあったかいスープを作ってくれてて、いくら甘えても許してくれるのを『帰る』っていうんだい!」
「き、キモすぎる……」
「あ、チャンスだ! おまわりさーん、助けてくださーい! ここに刑事事件が転がってますよーー!」
パトロール中の警官が目を丸くした。サラリーマンがいびつな歩き方をする脇で超名門校の女子生徒が一緒にいるのだ。不審を通り越して違和感しかない。彼女は若い男性警官に、まるで『パトロールいつもご苦労様です』という感じで愛想よく笑い会釈した。切り揃えられた黒髪が可愛く揺れ、口元が優しく緩む。誰もが見惚れる美少女が完璧な微笑みを見せたのだ。どこにも疑う余地はない。
「おまわりさん、これは見た目だけです! 中身には毒袋が詰まってます。繰り返します。こいつは見てくれだけの毒ガエルです!」
魅力的な少女の前では、くたびれた労働者の言葉に価値はない。警官は彼女だけにゆったりと首を下げ、いつものパトロールへと戻っていった。
「ん? なにがチャンスだったの?」
「いや、あのおまわりさんとお近づきになれるかと……」
「あなたそういう系の人? 道理であたしに興味がない訳だ」
「いえなんでも、なんでもないです……」
レヴィンは気力を失い、それ以降は互いに無言でとぼとぼと歩き続けた。
「大分時間がかかってるけど、変な場所に連れ込もうとしてない?」
「それは、足を縛っていて移動に時間がかかっているだけではないでしょうか……」
理不尽極まれり、と彼は呟く。
「そろそろ着くよ。ベットが使えないのは想定済みだから、せめてタオルケットくらいはかけてくれ。暖かくなってきたけど夜はまだ寒いし」
「別に奴隷扱いしようって考えはないって。ゆったりしてなさい」
「両手両足縛られて、ゆったりできるとでも?」
「努力」
「うわあ、便利な言葉だ! 僕もこれから使おう!」
とうとう気が狂いかけていた。崩壊の時は近かったが、なんとかレヴィンの住む家にたどり着いた。外れの方ではあるがかなり新しい、それなりに家賃のかかりそうな10階建てのアパートである。
「意外といいところに住んでるじゃない」
「住宅手当がしっかり出るからね。大企業様様だよ」
エレベーターを上がり、7階に着く。
「ここ?」
「うん、705号室。リュックに財布が入ってるから、そこから鍵を抜いて」
「なんて現金の入ってない財布」
「うるさい、給料はいいんだぞ」
鍵を開け中に入ると、左手にトイレ、右手に浴室がある。奥がリビングのようであり、スモークガラスで中がうっすら見える。彼女がドアノブに手をかけると、レヴィンがハッとして焦り顔を見せた。
「待て、ドアを開けるな!」
「え、なんで?」
振り返りながら言葉を返している間に開けてしまった。その瞬間、後ろから無機質なアームが伸びて彼女を丸裸にする。
「……!」
顔を真っ赤にしながら屈みこんだが、レヴィンはあられのない姿を思い切り見てしまった。形のいい胸が大きく主張し、すらりとしているが程よく肉のついた腰回りが目に焼き付いて離れない。様々な妄想を生むような光景だった。
「ご主人様、お帰りなさい。もう夜も遅いのでお風呂を貯めておきました。すぐに入れるように、衣服は脱がせて頂きましたので」
裸の彼女が振り向くと、まん丸のボールに手足をつけたような、150センチ程の家事手伝いデバイスがいた。やたらデカいサイズのせいもあって、愛嬌があるようなないような微妙な感じである。
「なにこいつ……!?」
「ああ、20時半過ぎに帰っちゃった。このケースのテストは昨日しちゃってたのに」
「答えなさい」
「僕が作ったお手伝いさん。かなりの金持ちじゃないとこれほど高度なアルゴリズムをしたのは買えないぜ。家事手伝い型の命令インプット式デバイスは物の配置が違ったりするとすぐエラーを起こすんだけど、こいつは違う。大災害が起きない限りは役目をしっかり果たす傑作さ」
「嬉しそうに説明するんじゃない!」
扉がバシンと閉められた。スモークガラス越しに彼女が裸体で動くのが見えるので、背徳感がもの凄い。しばらくするとドアがまた開いた。何を間違ったのか下着にワイシャツであり、ある意味さっきより事態は悪化していた。
「それはなんの冗談ですか!? 痴女ですかあなたは?」
「あなたの私服がダサすぎて着る気が起きないからこれにした。あんまり見ないでよ」
「そういう問題……? 」
ブカブカなせいで色々際どかったが、拘束されているレヴィンには生殺しだった。
「ていうか制服を着たままでいいじゃんかよ」
「あんなもの、二度と着ない。捨ててもいいくらい」
明らかに彼女から怒りが感じとれた。レヴィンとのやり取りで見せる怒りとは違う、もっと不快で嫌悪感を示した顔つきだった。気になったものの、今聞いたところで包み隠さず話す見込みはないので黙っておいた。
「この意味の分からない家事手伝いを除けば、住みやすそうかな。あんまり男臭くもないし、散らかってもないし」
たしかに、本人の几帳面な性格もあってかモデルルームのように整頓されていた。その分、いくつか魔法陣のメモ書きが壁に貼ってあるのが目につくが。
「あんまり出歩ける状況じゃないし、お風呂に入ってもう寝ようかな。今日は疲れた」
レヴィンが疑い深い目で彼女を見る。
「出歩けない状況とはなんだ」
「別に、大したもんじゃないわよ。家出娘が散歩なんてしてたら、見つかっちゃうでしょう?」
「そういう設定?」
「そういうことにしたら?」
2人の視線が衝突する。レヴィンもここは食い下がれん、とばかりに見続けていたら彼女から口を開いた。
「セラヴィーヌ」
「へ?」
「あたしの名前。呼びにくいだろうから、セラでいい」
「えーと、セラさん?」
「セラでいいって言ったでしょ。気持ち悪いからさん付けしないで」
そういうと、セラはリビングを出て脱衣所に向かった。レヴィンはモヤモヤしたままだったが、ろくに動けない状況では考える意味もないのでボーッとしていた。
「それにしても、この黒いバンドはどうやって出来てるんだ……?」
手足の枷となっているバンドについて、謎は絶えなかった。この程度のシンプルな拘束魔法なら彼にかかれば、術の構成式は10分で割り出せる。しかし後に気づいたのだが、拘束具の丸い輪から一本の線が伸び、手首と足首を貫通しているのだ。これでは下手に解除したらどんな影響が出るかわからない。
「といっても、この世界の生物は対術抗体を持っているはずだ」
魔法は、工夫すれば離れた場所から発動させられる。例えばレヴィンのように街のインフラを構築する場合、都合により危険な場所にシステムを設置せざるを得ない時もある。そういったシステムに異常が起きたときは、遠隔制御用の魔法陣を使用してシステムのメンテナンス、及びテストを実施する。だが人の体内で発動することはできない。体は常に発動を阻止するための抗体を生成し、維持しているから。それが対術抗体である。脳や内臓に火炎系の魔法を発動して直火焼き、ということはこれのおかげで防がれている。魔法の脅威から防衛するために作られた自然の知恵だ。それに加えて、魔力が過剰に充満している状態でも体調を維持するように働きかけたり、体内でのマナの還流を安定化させる役目も持つ。いわば、生理的に身体を調節するホルモンのようなものでもあるのだ。
「駄目だ! どう考えても答えが出ない。対術抗体はここまで魔法の理解が進んだ現代でも、特殊で超高価な装置で数日かけて解除できる代物なのに」
セラが作ったバンドは、明らかに対術抗体を解除していなければ不可能だった。どうやったのか、レヴィンにはどうしても分からない。まるでミステリー小説の鮮やかなトリックのように、全てが謎に包まれていた。
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