7. 帰省とライブと

第31話

 野宮から協力関係解消を言い渡されてから一日が経った。一応あの後「ちゃんと帰れたか?」というメールをしたが、野宮からの返信はない。

 ここのところ野宮と一緒に過ごしていたし、いい関係を築けていただけに少しばかり寂しさを感じる。

 この部屋を見てもあそこの布団置き場で野宮が寝ていたなとか、ここの、席で朝ご飯食べていたなとか考えてしまう。

「ええい! ぶちぶちと昔のことを考えるな!」

 頭を強くふって余計な考えを吹き飛ばした。

 何を寂しがることがある。当初の計画に戻っただけじゃないか。そう考えて僕は自分の〈やりたいこと〉に集中することにした。

「えっと、何が残ってたっけ……?」

 散らかった机の上から〈やりたいこと〉リストを探し出した。

 リストには三つの項目が大きく丸で囲われている。『石山に会う』『実家に帰る』『遠くに旅行に行く』の三つだ。このうち『石山と会う』は済ませたから取り消し線を引いた。残りは『実家に帰る』『遠くに旅行に行く』だ。

 時期的にもお盆でタイミングがいいし実家に帰ることにした。

 翌日、朝イチで僕は大阪の実家に戻った。事前に連絡をしなかったから家族はみんなびっくりしていたが、暖かく向かい入れてくれた。

 その日は一日中、久しぶりの実家を満喫して過ごした。やはり何もせずにちゃんとしたご飯が出てくるのが嬉しい。カップラーメンが主食だった僕は昼食に食べた母親の手料理がいたく心に沁みた。

 夕食は出前の寿司を取ることになった。久しぶりに家族全員が揃ったお祝いらしい。昼に続き夜は夜で長らく口にしていなかった寿司に舌鼓を打った。

 食事中、僕はキャンパスライフを七割ほど盛って話した。嘘ではない、演出と脚色だ。

 食事のあとはリビングで妹とテレビを見て過ごした。終戦記念日が近いからかテレビでは十八歳の特攻隊員が出撃前に両親へ送った手紙が紹介されていた。

 僕と年端があまり変わらないその隊員の手紙は、改まった文体で生んでくれたことを感謝し、お国のために散る覚悟だと記されていた。そして最後には両親と妹に幸せに生きてほしいと綴ってあった。

 その時、ふいに僕がいなくなったらどうなるんだろうという思いが脳裏をよぎった。

 ちょうど隣に座っていた妹に「もしお兄ちゃんがいなくなったら悲しいか?」と訊いた。

 すると妹は怪訝な顔をしてこっちを向いた。

「は? おにぃ何言ってるの? キモいんだけど」

「…………」

 妹が反抗期だったのを忘れていた。彼女は基本的に僕の言うことには喧嘩腰で反応するのだ。以前も「僕のことは『お兄ちゃん』って呼んで」とお願いしたことがあったけどまったく聞き入れてもらえなかった。

 僕は妹と会話することを諦めて自室で休むことにした。

 次の日は、午前から自室の片づけをしていた。一人暮らしをする時にあらかた綺麗にしていたからそこまでの苦労はない。

 コレクションのCD、DVD、書籍、ゲームソフトやその他不用品を集めて、近所のリサイクルショップに売りに行った。大切な品々だったが、あの世には持って行けまい。でも同じことを下宿でもしなくてはならないと思うと心が痛い。特にあっちに置いてある物はコレクションの中でも大事な物ばかりだし……。

 不用品を売ってできたお金で加賀さんへのお礼の品を買った。

 地元でおいしいと評判のケーキ屋さんのクッキーだ。本当はケーキが欲しかったが、消費期限が今日中だったため、代わりに保存がきくクッキーにしたのだ。

 贈答用に包装してもらった包みを手に家に帰る途中で、幼稚園の前を通った。

 僕も妹も通っていた幼稚園だ。だけど今は園児の姿はなかった。

 夏休みだからではなさそうだ。園庭は雑草が生い茂り園舎は誰の気配もさせずひっそりとしている。

 この前ここを通ったのは今年の春に帰省したときだった。そのときも幼稚園は春休みで園児たちはいなかったが園庭は地表の砂が見えていたし、先生たちの姿もあった。

 しばらく様子を見ていたがやはり誰もおらず、いるのは野良猫ばかりだった。

 家に帰ったあと母親にそのことを話すと「ああ、そういえばあの幼稚園、今年から廃園になったのよ」と思い出した素振りで教えてくれた。

 別にあの幼稚園にいい思い出があるわけではない。だが、出身園がなくなるというのは何とも寂しいものだ。それに変化というものは嫌でも時間の流れを感じさせる。

 自室の片づけも終わり、家族にも会った。これで〈やりたいこと〉の『実家に帰る』はやった。できれば反抗期になる前の妹に会いたかったがそれは無理な話だ。

 三日目の朝、僕は下宿に帰ることにした。両親は「お盆が終わるまでゆっくりしていけばいいのに」としきりに言っていたが予定があるといって家を出た。

 玄関で靴を履いていると、起きてきたばかりの妹がパジャマ姿で降りてきた。

「おにぃ、どっか行くの?」

「帰るんだ。向こうでもいろいろ予定があるから」

 妹は眠気眼を擦りながら、「ふうん」と興味なさげに聞いていた。間抜けな寝起き顔だけ見ると素直な昔の妹のままだ。

「じゃあ、僕はもう行くから、お前も勉強頑張るんだぞ」

 そういって玄関ドアに手をかけると、妹が何かを思い出したように「あっ!」と声を出した。

「待って、おにぃ!」

 そう言うとバタバタと、降りてきたばかりの階段をかけ上がった。

 二階から、どったんばったんと騒がしい音が聞こえる。何をしているんだろう。

 しばらくすると、妹はリボンで装飾された手のひらサイズのちいさな箱を持って戻ってきた。それを差し出すとぶっきらぼうに言った。

「ちょっと早いけど、おにぃ、来月誕生日でしょ。これあげる」

 どういう風の吹き回しだ。妹から誕生日プレゼントなんて今までもらったことなんてない。

 驚きできょとんとしながらも差し出された小箱を僕は受け取った。

 小箱は軽く、振るとカタカタ鳴った。中身はなんだろう。サイズ的にお菓子とかだろうか。

「……ありがとう。中身は何?」

「いいから開けてみて」

 言われた通りリボンを解いて箱を開けた。そこには、いくつもの小さい黄色い玉が連なって輪っかになったものがあった。

「何これ、数珠?」

「違う! ブレスレット! どう見ても大きさがちがうでしょ!」

 そう言われてみれば、数珠にしてはサイズが小さい。箱から取り出して試しに右手首につけてみた。

 サイズもちょうどよく、光を受けて石の玉が川の底から水面を見上げたようにキラキラしている。

「その黄色い玉はね、おにぃの誕生日石のルチルクォーツのなんだ!」

「誕生日石?」

 誇らしげに語る妹に僕は質問を返した。誕生石なら聞いたことがあるが誕生日石とは初耳だ。

「うん。その名の通り、誕生日にちなむ石のこと。このルチルクォーツはおにぃの誕生日の九月八日の石なの。誕生日の石を身につけていると、いいことがあるって信じられているんだって。ま、お守りみたいなものだよ」

「お守りか……。ありがとう、嬉しいよ」

 お礼を言うと妹は恥ずかしいのか、むず痒そうにくねくねしていた。

「ところで、急にどうしたんだ? いつもプレゼントなんてくれないのに」

「実はこの前、友達が彼氏の誕生日プレゼント選ぶからついて来てって頼まれたの。おにぃの誕生日も近かったしついでだから買ったんだ」

 妹は「お返しはゲーム機でいいよ。DVD観れるやつ」と調子良く笑った。

「お返しにしては価値が違いすぎるだろ!」

 僕は妹の頭をガシガシと乱暴に撫でてやった。くしゃくしゃになった髪で妹が「やめろー」と騒いでいる。

 なんだか昔に戻ったみたいで懐かしい。少しほっこりして妹の頭から手をした。

「じゃ、僕は行くから。ブレスレット、大事にするよ」

 ドアを開ける僕を妹は手を振って見送ってくれた。

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