第26話
部屋に戻ると野宮に電話をかけた。メールでもよかったのだが、復活したことを直接伝えたかったのだ。
『もしもし、天原さん? どうしたんですか?』
「いや、大したことじゃないんだけど、そろそろ復活しようかなと……」
『それはよかった! 心配してたんですよ。あまりのショックで自殺しちゃったらどうしようって』
野宮はほっと太い息をもらした。本当に僕が死ぬんじゃないか心配してくれていたようだ。
「そんなことしないよ。DVDも借りたままだし、〈やりたいこと〉もまだ終わっていない」
その時、ライブのことを思い出した。二枚あるチケットは石山を誘おうとなんとなく考えていたが、それはなくなった。
なら代わりにお礼として野宮を誘うのはどうだろう。彼女がアントリアを好きかどうかわからないけど……。
「ところで野宮、アントリア好きか?」
『どうしたんですか急に』
いきなりの話題転換に野宮が訝しげな声を出した。
「実はアントリアのライブのチケットが手に入ったんだ。一枚余ってるか良かったら──」
『行きます!』
僕が話し終わるのを待たずに野宮は即答した。どうやら相当好きみたいだ。
『私、アントリアよく聴いてたんです! 一度ライブに行きたかったんです!』
「それならよかった。来週の土曜日だけど大丈夫?」
電話の向こうでテンションの高い野宮が「もちろんです」と答えた。
『じゃあ、ライブまでに三人目を片づけちゃいましょう。明日の夜、いつもの公園で待ってます』
「わかった。その時、DVDを持って行くよ」
『了解しました。では!』
張り切った声で彼女は言って通話を終えた。
翌日、いつも通り待ち合わせ時刻の五分前に公園に着いた。
すでに待っていた野宮とほぼ恒例となった「五分前に来た」の言い合いをしてから本題に入った。
「今から仕返しに行くのは、前に野宮が言っていた元親友だろ?」
「はい。名前は
「まずはそのコンビニに行こうか」
僕と野宮は電車で繁華街のある町まで移動した。
駅前から町の中心に向かってのびる大通り沿いに、看板のネオンがひしめきあってキラキラと夜空に瞬いている。その道を町はずれに向かって歩く。
進みだして十分ほど経っただろうか。歩道から溢れんばかりだった人だかりは減り、沿道の景色もネオン看板の大群からマンションや雑居ビルへとその姿を変えていった。行き交う車は辺りには目もくれずスピードを上げて通過していく。
そんな寂しい街角に行灯のようにあたりを煌々と照らす建物がひっそりと建っていた。
「あそこです」野宮がその明かりを指して呟いた。
「あそこが倉井が働いているコンビニです」
自信たっぷりの野宮を横目に、一つ疑問が浮かんだ。
「どうやって倉井がここに勤めてるってわかったんだ?」
「そんなの簡単ですよ」
そういうと野宮はスマホを取り出して少しいじると僕に向けた。画面にはSNSのプロフィールページが表示されている。
「これは倉井莉奈のSNSページです。ここに彼女の近況や勤務地などが書き込まれていました」
よく見ると『くらいりな』というハンドルネームの下にある自己紹介欄にコンビニの名前が記載されていた。どこの町でも見かける有名チェーン店だ。店舗名まではわからないが過去の書き込みを探せば何か手がかりがあったのだろう。
「三時間前に『いまからバイト。だるい』と書き込まれています。ここのコンビニは求人誌によると三交代制です。今から三時間前つまり午後三時からのシフトは午後十時までなのでその間は勤務しているはずです。店内では他の客の目がありますから帰宅時を狙いましょう」
野宮が何をするかは知らないが今から倉井の退勤時間まで時間をつぶさないといけないみたいだ。
周囲を見回すと、ちょうどいい具合にファミレスの看板が見えた。
「野宮、倉井が出て来るまであそこで時間を潰そうよ」
僕が指差した方向を野宮は一瞥すると「はぁぁ」と深く息をついた。
「天原さん、あんな遠いところから倉井が出て来る様子が見えると思ってんですか? 昼間ならまだしも夜の暗さでは無理でしょ」
それに! と彼女は続けた。
「私、今日は三百円しか持ってないんで」
そっぽを向く野宮に僕はずっこけた。
この前と同じじゃないか。なぜ出かける前に財布の中身を確認しないのか。
「じゃあ、どこで待つんだよ」
「もっと倉井を観察するのにぴったりの場所があるでしょ。しかもタダで」
野宮が視線を移した先を見て目を見張った。
「コンビニ⁉ 待て、あそこには倉井がいるんだぞ? 気づかれたらどうする。てか絶対気づかれるだろ!」
「だからなんだっていうんですか。倉井は私が仕返しをしようとしていることを知らないんですよ? 気づかれたところで『あ、元同級生だ』ぐらいにしか思いませんって」
野宮はきっぱりとした足どりでコンビニの方へ歩いて行った。
コンビニが入居している建物は五階建ての年季の入ったマンションだった。その割に正面口の看板はまだ新しく、ちぐはぐな印象だ。もともとは別のテナントだったのだろう。
店に入ると独特のメロディが流れた。そして同時にレジに立つ女の店員が「らっしゃせー」とだるそうに挨拶をする。
「野宮、あの店員か?」
野宮をレジの死角へ連れていき、小声で尋ねた。
「はい。髪型が変わっていますがあの店員が倉井です」
商品を選ぶふりをして、もう一度、物陰からレジを窺う。
コンビニの制服を来た女性店員は髪はショートカットで金色をしている。パッと見ただけでは野宮と同い年とは思えないほど大人びていた。
一瞬こっちを見た倉井と目があった。すぐに視線を逸らしたが、何か感づかれただろうか。
あまり怪しまれないようにおとなしくしておこう。
それからしばらくは雑誌コーナーで漫画雑誌を立ち読みしていた。
めぼしい漫画を読み終わった時、ふと夕飯がまだだったことを思い出した。
ちょうどコンビニにいるんだし何か買うか。
「野宮、お腹減ったし夕飯ここで買おうと思うんだけど」
「どうぞ。私はお腹空いてないので気にしないでください」
そう言って野宮は女性誌の立ち読みを続けた。
お弁当コーナーには時間的なこともあってか品数があまりなかった。チキン弁当に竜田弁当、丼もので豚丼と天津飯……。どれも夕食にするには胃がもたれそうだ。
別の商品棚にはおにぎりが並んでいた。こちらもあまり種類がなかった。梅、ツナマヨ、明太子、炒飯風……。
僕はそこから定番の梅、明太子をカゴに入れると、少し悩んでからはツナマヨを取った。さすがに炒飯風には手が伸びなかった。そもそもなぜ炒飯をにぎる必要があるのか。普通に炒飯を食べればいいじゃないか。
飲料コーナーに移動してペットボトルのお茶を一本取った。
それから他に必要なものはないか店内をぐるっと回ってからレジへ向かった。
するとレジで野宮が会計をしていた。彼女の手元を見るとオレンジジュースを購入しているようだ。
そしてレジ係の倉井と何か話している。
後ろめたさを感じながら聞き耳をたてた。幸い僕たち以外に客がいないからよく聞こえる。
「……もしかして優月?」
「うん」
「久しぶりだね。全然変わってないからすぐ分かった」
「莉奈はすごく変わったね。髪の色とか……」
二人の間に沈黙が流れた。
「あたし……」
いいかけてから倉井は時計を一瞥した。
「あと二時間したらバイト終わるんだけど、時間ある?」
「え、二時間……」
予想外の展開に驚いた。それは野宮も同じだったようで少々うろたえていた。
まさか仕返しに来たと気づかれてしまったのだろうか。
「この先にファミレスがあるからそこで待ってて」
「わかった」
オレンジジュースを渡すと倉井は別の仕事に取りかかった。
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