6. 三人目

第25話

 テーマパークでの一件があった翌日、僕は部屋に閉じこもって過ごした。野宮が貸してくれたDVDを皮切りに所蔵する映画DVDを片っ端から観賞することにした。せっかくだから死ぬ前に持っている分は全部見直そうと思ったのだ。

 所蔵DVDは一人暮らしをする時に持って来たお気に入りだ。高校の頃から観に行って面白かった映画は半年から一年ごとのペースでディスク版を購入している。大学に入ってからは映画館に足を運ぶことは少なくなったがその代わり中古屋で昔から好きだった映画を集めるようになった。集めたと言っても、それでも全部で十本くらいだからあまり場所は取らない。

 朝から連続で見続けた映画の六本目が終わったとき、ふいに窓の外を見るといつの間にか日が暮れていた。

 一日中、画面にかぶりついていたせいか、頭がくらくらするし、目もちかちかする。

 夕飯も食べずに敷きっぱなしの布団に仰向けに寝転んだ。

 天井板の模様を眺めながら目を閉じた。

 まぶたの裏に昨日の石山が映る。今まで見たことのない嘲笑った顔をした石山が僕に「お前は友達じゃない」という。

 そのシーンが何度も何度もリフレインする。

 僕はひどく惨めな気分になった。ずっと石山を心の拠り所にしていた。それは彼もそうだと思っていたからだ。精神的に互いに支えあっているつもりでいた。

 それを石山は否定した。毎日顔を合わせていた中学時代から彼は僕のことをポイント稼ぎの道具としか見ていなかった。

 思い巡らしていると、閉じたまぶたから熱い滴がぽろぽろと流れはじめた。その涙は降りはじめの雨のようにだんだん強さを増していった。僕は顔を枕に埋めて涙の雨が止むまで泣き続けた。


 傷心生活二日目。今日も僕は昨日と似たようなことをして過ごした。映画の代わりに持っているCDをすべて聴くことにしたのだ。しかも携帯オーディオプレーヤーではなく、わざわざCDプレーヤーでCDを一枚ずつ直接再生して聴いた。

 僕はCDは応援しているアーティストのものしか買わないことにしている。ドラマの主題歌などその一曲だけでいいと言うときは配信サイトを利用する。だからこの部屋にあるCDは映画と同じでお気に入りばかりだ。もちろんアントリアのCDもある。

 ライブの予習も兼ねて一日中、アントリアの楽曲を聴いていた。

 曲ごとに歌詞カードを読みながら念入りに聴いた。だってこんなことをするのももうすぐ最後になるから。

 この大好きなアントリアのCDも映画のDVDも死ぬ前に処分しないとな。あと、文庫本もあるな……。片づけしなくちゃなぁ。

 ふとそんなことを思っては寂しい気持ちになった。だけどあの世にはCDもDVDも文庫本も持って行くことはできない。たとえ持って行けたとしても本、CD、DVDと三つもあれば量も相当だ。昇天というより引っ越しの様体になってしまう。

 あの世へ引っ越しする様子をイメージして、小さく吹き出した。

 テーマパークの件から時間が経ち少しだけ余裕が戻ってきたみたいだった。しかし今もまだ心にぽっかり大きな穴が空いている。

 たぶんこの穴は埋まることはないだろうなと思った。そもそも埋める必要がないのだ。だってもうすぐ死ぬだから。


 傷心生活三日目。DVD、CDときて今日は持っている本をすべて読もうとした。でも漫画を含め百冊以上ある蔵書を一日で読むのは難しい。だからとりあえず読みかけだった『銀河鉄道の夜』を読破することを目標にした。読書のお供はもちろんアントリアの楽曲だ。

 読書を始めると目標は午前中いっぱいを使って達成することができた。

 お昼ご飯を挟んでから、別の本を読みはじめようか迷ったがやめた。代わりに気分転換を兼ねてカメラ片手に近所を散歩することにした。

 部屋を出た午後二時過ぎ、外の気温は一日の中で最も高くなっていた。蝉の声がジリジリと耳に響く。

 アパートの外階段を降り、気の向くままぶらぶらと歩く。そして目にとまった風景にカメラを向ける。

 住宅街の道路や絡まった電線、打ち捨てられた自転車、そういった何気ないものばかり撮影した。

 それから河川敷まで歩いて少し休憩した。たまたま腰掛けたベンチの足下には誰かが落としたアイスにアリがたかっていた。

 僕はそれにもカメラを向けてシャッターを切った。

「面白いものを撮ってるね」

 どこからか飛んできた声に顔を上げた。すると素人の僕が見てもわかるほどの上等な一眼レフを持った加賀さんが立っていた。

「こんにちは。君もカメラが趣味なのかい?」

「ええ。カメラは詳しくないんですが、写真を撮るのが好きで」

 加賀さんは温和な表情のまま僕のそばまでくると「横、いいかな?」と訊いた。

 僕が頷くと加賀さんは「どっこいしょ」と親父くさいかけ声を出して座った。

「大盛況だね」加賀さんは足下のアイスに視線を向けていった。

「今、納得したよ。だからあの時、マジックアワーのことを知っていたのか」

 あの時、というのは野宮とのツーショットを加賀さんに撮ってもらった時のことのようだ。確かにあの時マジックアワーについて野宮に説明したことを思い出した。

「写真はいい。時間を切り取って半永久的に残せるんだから。私たちが撮った『今』が何百年先でも見ることができる。そう思うと本当に魔法みたいだ」

 加賀さんはしみじみといった様子で手もとのカメラを弄んだ。大きくごつごつかした頑丈そうな本体が夏の日差しを黒く反射させている。

「加賀さんもその魔法に魅入られたんですか?」

「まあ、そんなところかな」

 恥ずかしそうに加賀さんは頭を掻いた。

「写真に魅入られてずっと追いかけていたら、気がつけば妻も娘もいなくなってしまった。家族と引き換えに写真で大成したかっていえばそうでもない。ホント、人生ってやつは難しいね」

「……僕はまだよくわかりません」

「大丈夫だよ。私も難しいって言っているが本当はよく分からない」

 加賀さんはまた「よいしょ」と声をもらして立ち上がった。

「あ、そうそう。この前の写真、今現像中だからもうすぐプレゼントできるよ」

「楽しみにしてます」

 僕が言うと、加賀さんは朗らかな表情で頷いた。

「私はそろそろ行くよ」

 加賀さんは黒光するか一眼レフを片手にとぼとぼ川下へ歩いて行った。

 僕も帰ることにしよう。野宮に借りていたDVDも返さなきゃいけないし。

 立ち上がって大きく伸びをした。背中や腰の骨が「ポキッ」と小気味のいい音を立てた。

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