第7話

 数日後、少女……もとい野宮からメールが来た。

 内容は、仕返しを思いついたから今日の夜、約束の時間に駅前に来るようにというものだった。追伸には『地味な服装でくるように!』ともある。一体、どんな仕返しを思いついたんだろう。

 僕は衣類タンスを引き出して、一番上にあったグレーのシャツとこげ茶色のジーンズを掴みとった。もともと服装にはこだわりがないタイプだったから部屋にある衣類は落ち着いた色のものばかりだ。

 太陽が沈み、空に闇が訪れてしばらくたった頃、僕は約束の場所へと出かけた。部屋から廊下に出ると隣の部屋の加賀さんが外を見ながら煙草を吸っていた。

 物音に振り返った加賀さんは、僕の姿を認めると煙草の火を消して逃げるように自分の部屋へと帰って行った。無愛想な人だ。

 たしか加賀さんは写真家をしていると聞いたことがある。でも僕は一度もカメラを構えているところを見たことない。

 特に仲良くなりたいとは思わないが、僕も写真を撮るのが好きだから写真の話がたまに出来たら楽しいのだろうなとは思う時がある。

 駅前には約束の時間のきっかり五分前に到着した。辺りを見回したがまだ野宮の姿が見当たらない。まだ来ていないようだ。

 駅前には改札口から吐き出された人たちが各々の家に向かって散らばっていく。なかには待ち合わせなのかそれとも迎えなのか、植え込みの縁に座っている人もまばらにいる。

 すると植え込みに座っていた人影の一人が立ち上がってこちらに近づいて来た。

「天原さん、やっぱり五分前には来るんですね」

 その人影は野宮だった。ただ服装がいつもの制服姿と違う。コウモリのように黒いズボンに紺色のシャツ、その上から黒い革製のジャケットを着ている。さらに頭には夜なのに黒いキャップをかぶっていた。

「私服の野宮は初めて見た。なんか制服の時とギャップがあるよ」

 僕の素直な感想に野宮は自分の服装を確認しながら言った。

「これは普段の私の服装とは違いますよ。今日だけです。目立ってはいけないので」

 そこで僕は、メールの一文を思いだした。

「あっ、そうだ。メールでも地味な服装を指定してたけど、何するつもりなんだ? 警察に厄介になるのはごめんだぞ」

 野宮は「大丈夫ですよ!」とガッツポーズをして言った。

「そうならないために、この格好にしたんですから。捕まることはありませんよ!…………たぶん」

「たぶんって……」

 不安そうにする僕と反対に野宮は、ご機嫌な様子で足どり軽く改札口へと歩きだした。

 なんだか急に心配になってきた。この先、大丈夫だろうか……。


 ホームに行くとちょうど電車が滑り込んできたところだった。

 乗り込むと車内は空席がまばらにある程度のほどよい混雑ぶりだった。乗客の顔ぶれは疲れた表情をしてスマホをいじっているサラリーマンやデート帰りなのか楽しそうに会話をしている若い男女、アルコール臭を漂わせながら眠りについている中年男と様々だ。

 酔っ払いを見ると先日のことを思い出して気分が悪い。僕は野宮を連れて中年男から離れた席に腰を下ろした。

「それで今からどんな仕返しをするんだ?」

「私、あれからいろいろ考えたんですが、ある時閃いたんです。あの人たちが私にやったことをそのままやり返してやればいいんだって」

 野宮は嬉しそうに続けた。

「ということでこれから私の学校に忍び込んでいじめてきた人の持ち物にイタズラしてやります」

 それから僕たちは十数分ほど電車に揺られた先にある小駅で下車した。

 改札口を通って外に出るとそこは時間が止まったように静かな住宅地だった。唯一、駅前にあるコンビニだけが明かりを煌々と照らして時間が動いていることを確認させてくれる。

「行きますよ」

 野宮は事も無げに住宅街のなかを進んでいく。僕は、はぐれないように野宮の後ろに続いた。

 歩きはじめて十分ほどたった頃、校舎らしき鉄筋コンクリート構造の建物が見えてきた。

「あれです」

 野宮は、建物を指差していった。

「本当に入るのか? 明かりがついてる。まだ誰かいるんじゃないか?」

 校舎の三階にあるひと部屋の窓から明かりが漏れている。

「大丈夫ですよ。むしろ先生が誰か残ってないと、警備システムのスイッチが入れられて余計忍び込みにくくなります」

「へぇー。よく知ってるね」

「この計画を思いついた時にネットですごく調べましたから」

 少し照れくさそうに野宮が言った。

「早速、中に入りましょう。正門には警備員がいますからここからフェンスを越えましょう。さ、台になってください」

 野宮に言われた通り、僕はフェンスを背にして右膝を前に突き出し、そこに重ねた両手を置いて台になった。

 そこに野宮が足をかけると同時に持ち上げる。こんな風に人を持ち上げるなんて、アメリカのアクション映画みたいだ。

 持ち上げられた彼女は上手に有刺鉄線を跨ぎ、内側に入った。

「次は、天原さんの番ですよ」

 フェンスの向こうで野宮が手招きしている。

「えっ? 僕も入るのか?」

「当たり前じゃないですか。誰かに見られる前に早く!」

 仕方なく僕はフェンスに足をかけた。しかし、つま先が滑ってなかなか上手に登れない。それでも腕の力を使いつつ一番上まで登りつめた。

 有刺鉄線に脚を引っ掛けないように慎重に跨いで、やっと内側に降り立つことができた。

「あー、疲れた。絶対、明日筋肉痛になるわ。それに、なんで僕まで……」

「天原さんもこっちに来ないと、帰りに私が出れないじゃないですか」

「もしかして、それだけのために……」

「何言ってるんですか、違いますよ。中でもいろいろ手伝ってもらうことがあるからに決まってるでしょ?」

 野宮は「早く校舎に入りましょう」と行ってしまった。

「入るってどうやってだ? まさか正面玄関からとは言わないよな?」

「当たり前でしょ? 職員用の通用口があるのでそこから入ります」

 野宮に連れられてやってきた通用口から、僕らは難なく校舎内への侵入に成功した。

 夜の校舎は当たり前だが誰もいない。廊下の照明も落とされていて、非常口を知らせる看板の緑色の光だけが唯一の光源だ。

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