第22話 嘘の中の真実
「…………どういうことだ…………」
わたしたちがいま思っていることを、ノボ兄が吐き出すように呟く。
星隼ひかり
本名 天野ヒスイ
メールの最後にはそう書かれている。
どちらもわたしにとっては見間違えようのない、大切な“お姉ちゃん”の名前だ。
「もちろん、最初はアカウントの乗っ取りとか、イタズラか何かだと思ったわ。『天野ヒスイ』……天野の妹さんが亡くなったことは私も聞かされていたからね。」
亡くなったはずの人間からメールが届くわけがない。
でもこんなメールをノボ兄が送るのは不自然だし、かといってもし赤の他人がノボ兄のアドレスを乗っ取って送ったのだとしても、その場合その相手はお姉ちゃんが亡くなったことを知っている人物ということになる。
「でも、それを天野に問い質そうとしてたその時、そこのアドレスからメールが届いたのよ。」
そう言ってましろさんはそのメールを見せてくれた。
そこには、“お姉ちゃん”の想いと言葉が書き連ねてあった。
信じられないかもしれないが、自分は確かに亡くなったはずの「天野ヒスイ」であるということ。
自分にはやり残したことがあり、Vtuberとして活動することでそれを成し遂げたいということ。
兄や妹、自分の死によって悲しむ家族を救いたいということ、そしてそれを手伝ってほしいということ。
そして、わたしたち家族には決してこのことを知らせないでほしいということ。
てんで突拍子もない眉唾ものの話ではあるが、そこに込められた想いは本物のお姉ちゃんのもののように思えた。
「正直、信じられなかったわ。でもイタズラにしては凝りすぎてるし、詐欺にしては天野たちの事情に詳しすぎる。それに……」
ましろさんはコーヒーをひとすすりして、続ける。
「最後に会ったときのあんたの顔を覚えていたからね。大事な妹さんを亡くして、しかも自分を責めてた。なんで気づけなかったんだって。今もまだ、あんな顔をしてるんだって思ったら……何もせずにはいられなかったの。」
ましろさんは、まっすぐノボ兄の顔を見てそう言った。
「……そうか。」
「ええ……そうよ。」
ましろさんは真剣な面持ちでノボ兄を見つめている。
じっと見つめられて、バツの悪そうな顔で目をそらすノボ兄。
少しの間沈黙があって、やがてノボ兄はわざと茶化すように大きくため息をついた。
「お前にそんな風に思われてたなんてな。俺は、とっくの昔にフラれてたと思ってたんだが。」
「あの頃は私も……色々あったのよ。私も若かったってだけ。」
「ふふん、フケたか。」
「フケてない!」
飄々とした態度のノボ兄に対して、ましろさんは顔を赤くして言い返している。
そっか、やっぱりましろさんとノボ兄は
「まあそれはそれとしてだ。結局
「ええ。でもあの子がどこにいるのか、
本人が言う通り、到底信じられるような話じゃない。
それでも、二人の“お姉ちゃん”には符合するところが多すぎる。
「……。お姉ちゃんのデザインは、誰が決めたんですか?」
星隼ひかりのデザインには、「よだか2」を連想させる要素が多い。
翼のように見える振袖や星空っぽい髪は名前から想像できるとしても、髪飾りの形は明らかに探査機や人工衛星にしか見えない。
そうと分かって描かなければこのような見た目にならないはずだ。
「デザインか、そうね……。仕事内容を勝手に喋るのには抵抗はあるけれど、まあ今更か。あの子からもらったオーダーは二つ。ひとつはそのものズバリ、
カワセミの画像を検索してみる。
宝石のような青い翼に、山吹色の頬やお腹が映えるかわいらしい小鳥。
翼の青は構造色といい、光の加減で青や緑に見え方が変わるのだそうだ。
お姉ちゃんと同じ“翡翠”の名を冠するのもそのためなのだろう。
「そしてもう一つ……小惑星探査機をモチーフに入れてほしいということよ。これがノボルくんたちのことを意識してるからなのはすぐに分かった。」
やっぱりそうか。
「よだか2」のモチーフも、お姉ちゃんからの指定だったみたいだ。
“星になって見守ってる”……その言葉通りの存在になることを、お姉ちゃん自身が望んでいたというように。
「結局、カワセミモチーフと上手く融合させる良い案が思いつかなくて、髪飾りとして探査機をくっつけるしかできなかったのはデザイナーとしては悔しいところなんだけどね。髪に星空というか銀河が映り込んでいるから、それを旅しているように見えたらいいなと思って。」
「いえ、素敵だと思います!」
やはりというか、プロの絵師さんの発想やアイデアには目を見張るものがある。
わたしたちの“身体”はこうやって生み出されているのだと。
「そのぶん、描き溜めたアイデアはそあちゃんのデザインに生かせたけどね。」
「え……」
「気が付いているとは思うけど、あなたの髪と髪留め、それにサングラス……それら全体が「よだか2」に見えるようになってる。それに星を観測する望遠鏡を持たせているのにも、人工の星―――
ましろさんは、まるで本当のお母さんのような、我が子を見る目でわたしたちのデザインを語る。
「あなたは、最初からあの子を意識しているみたいだったし。」
そう指摘されて、赤くなって俯いてしまう。
思った通りそのことも全部筒抜けだったみたいだ。
それにしてもだ。
「……本当に、お姉ちゃん……なんでしょうか……」
突き詰めれば突き詰めるだけ、あの“星隼ひかり”が亡くなったはずのお姉ちゃんである、そのことが事実としか思えなくなってくる。
偶然で済ませるには、何もかもが出来過ぎているのだ。
「私も気になって、あの子の初配信からずっと見てたけど。どういう所に住んでるとか、何をしてるとか、そういう情報は何も話さなかったのよね。そあちゃんの場合なら、学生だってこととか家族と一緒に住んでるとか、友達が少ないとか割と本気でブラコンシスコンだとかトマトとピーマンとエビが嫌いだとか、そういうことも結構話してたじゃない?ひかりちゃんの場合、そういう話が一切なかったのよ。」
「……ましろさん、かなり配信入り浸ってる人なんですか……?」
ちょくちょく断片的に配信で漏らしてしまっていたわたしについての情報が、ポロポロこぼれるように出てくる。
この人、かなりの常連さんの中の誰かなんじゃ……
「……ま、いいか。C-14って名前で行ってるんだけどね。」
「あの人アンタかよっ!」
つい配信の時のような砕けた口調になる。
お姉ちゃんの常連リスナーさんで、コラボした頃から「はじめまして~」なんて言ってわたしの枠にも来てくれるようになったと思っていたのだが、まさか最初から知った上で素知らぬ顔して来ていたとは……
「ご、ごめんなさい、つい……」
「あははっ、いいのよ。いつもの配信の通りに接してくれた方が嬉しいわ。」
そうは言いつつ、ましろさんはわたしが全く気付いていなかったことにを知って得意げな顔をしている。
「相変わらず猫被るのが上手いな……」
「なによ、人を腹黒い女みたいに言わないで頂戴。私、基本的には自然体よ?ただ自分のことを喋らなかったってだけ。」
「自分からはあまり喋らない上に愛想も良いから、1回生の頃から人気あったみたいだぞ?」
「それは、単に慣れてない人と話すのが苦手だっただけよ……余計なことは言いたくないし、かといって嘘を言うのも苦手だもの。」
「でもお仕事が大変でやっと帰ってきたーみたいなコメントよくしてるし、てっきり会社勤めの人かと思ってましたよ?」
「打ち合わせで出掛けたりすることはあるし、それに大体は『仕事が大変だった』としか言ってないわよ。勝手に外で仕事してるように思われてても、敢えて訂正してないってだけよ。」
こうして話しているとそうは思わないけれど、配信でのコメントもかなり空気を読んでくれて控えめな人だという印象はある。
その「喋らない」というところから、勝手に想像をしてしまうのは受け手のせい、ということか。
身バレ対策としても自分について余計なことは言わない方がいいライバーにとって、この人のこういうところは参考にするべきかもしれないなぁ。
「まあ、敢えて言わないという所に、ある種の嘘があると言えるのかもしれないけど。でも見え透いたバレバレの嘘よりかは良いでしょう?」
「はい。……実際、わたしは全く気付きませんでしたし、お姉ちゃんのことも普通に別の人だと思って疑いもしませんでした。」
「そうね。あの子のことはまだ分からないけど……上手く嘘をつく一番の方法は、真実を言うことよ。唐突に出た、嘘か本当か分からない情報は、本当かどうか疑ってしまうもの。でも、真実の中にひとつだけウソが混じってたとしても、誰も気づかない。」
「人間とは得てして、
Vという
“
そんな
しかし。
だとすると―――
「真実の中にひとつだけ
わたしは、ましろさんの言葉を繰り返す。
「……チヒロ?」
不思議そうに問いかけるノボ兄。
もう少し……もう少しで、さっきからずっと形にならずにモヤモヤしている考え……その“予感”めいた何かが口に出かかっている気がする。
まだ言葉にできない、考えがまとまっていない何かが……
「真実の中のウソには誰も気づかない。なら、逆も言えますよね?」
「逆?」
「ええ。ウソの中に真実が紛れていても、それに気づく人はいない。だって、誰もそれが全て本当の話だとは思わないから……―――」
そうだ。
Vとはそういうもの。
誰もが仮面を被り、真実を隠して仮装する場所―――そこでは誰も、その姿こそが
その人の言うことの全てが真実であるという可能性を、疑ってもみないのだとしたら。
「―――……お姉ちゃんの言っていたことが、全部“本当”だったら……?」
あり得るはずのない、最も突拍子もない答え。
「何を言って……」
「『夜空を駆ける流れ星。天体系Vtuberの星隼ひかり』……『本名 天野“
「まさか……そあちゃん、あなたが言おうとしているのは、もしかして―――!」
おもむろに、ノボ兄がスマホで電話を掛け始める。
「―――父さん、ノボルだ。いま職場だよな?」
電話の相手はどうやらお父さんらしい。
仕事の顔で、普段とは違い要件だけを淡々と話すノボ兄。
「仕事中に悪いな。でも至急確認したいことが―――使わなくなった父さんのメイン端末、たしか急に重くなることが続いたって話だったよな。今すぐログを調べてくれ――――――今なら原因が分かるかもしれない。」
それから1時間後。
わたしはノボ兄に連れられて、ノボ兄たちの職場に来ていた。
相模原宇宙科学センター、小惑星探査機「よだか2」専用管制室。
本来ならたとえ家族であっても部外者は決して立ち入れない場所なのだが、どうにか説き伏せた……というか、強引に押し入った気がしないでもないのだが。
マスコミの人を入れることもあるそうなので、大丈夫だとは思うのだが……たぶん。
「来たいとは言っていたけど、こんな形でチヒロが来ることになるとはね……」
「うん、わたしも、なんというかもっと感慨に浸れる時に来たかったんだけど。」
半ばあきれ顔のお父さんに、何とも言いかねる気分になる。
わたしにとっては憧れの場所ではあったが、今はそんな場合じゃなかった。
ノボ兄が、お父さんの元々使っていたメイン端末だというPCとにらめっこしている。
時々原因は不明だが急に重くなって、今では使っていないらしい。
サイバー攻撃の可能性も疑われて調べられたが、そのような痕跡は見られなかった。
元々「よだか2」との交信試験やシミュレーションのために使われていた端末で、今は外部や他の端末と繋がっていない―――はずだったのだが。
「
ノボ兄が思わず呟く。
画面上に並んでいるのは、わたしもよく見慣れたYourTubeやアオイトリのアイコン。
スマホ専用のはずのIMIARのアプリアイコンまである。
そして何より、今ノボ兄が起動させた、名前のない見たことのないアプリケーション。
ウィンドウが開き、画面上に表示されたその姿は―――
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