第15話 “家族”



その日から、目まぐるしく日常が回り始めた。



【歌ってみた】をやると決めたあの日から数日と待たずに、お姉ちゃんは「テンタイカンソク」のことを公表した。


【私たち3人のグループ『テンタイカンソク』で、来月「歌ってみた」を出すよ!】


お姉ちゃん曰く、こういうのは勢いが大事なのだそうで、告知・楽曲編集Mixの依頼・イラスト制作の依頼と、お姉ちゃんの動くスピードは迅速だった。


「や、まあネタバレすると、もうすでに私とそあちゃんのイラストは描いてもらってて、仕上がってるんだけどね。」

「え?」


「さあやるぞ!」「何から始めよう?」とかって考えを巡らせていた矢先、お姉ちゃんからそんな風に言われたもので拍子抜けしてしまった。


「元々そあちゃんを誘う予定だったから、さ?準備整えてから声掛けようと思って……」


なんでも、事前に動いて絵師さんやMix師さんにスケジュールを確保してもらっていたとか。


「もしわたしたちが乗らなかったらどうするつもりだったの?」

「その時はほら、私ひとりで出せばいいわけだし。それに、そあちゃんは断らないだろうなって思ってたから。」


珍しく、少し白々しくごまかすように答えるお姉ちゃん。

つまり【歌みた】をやるという話になった時点で、最初からお姉ちゃんはこの曲に決めた上で誘って来ていたということだ。


「それはまあそうなんだけど。お姉ちゃんからの誘いを断る気はないけど!なんかうまく乗せられた気がする。」

「まあまあ、いいじゃないですか。おかげで来月には公開できそうなんですから。やっていただいていた分、次に自分で動くときのために勉強させてもらいましょう?」


めぐるちゃんはそう言ってお姉ちゃんをフォローしているし。

どうにもこの二人と一緒だと、わたしの立場が弱いような。




「もう二人にも収録はしてもらったし、あとはMixさえ出来上がったら私が動画にするから。」

「お姉ちゃん、動画編集もできるの!?」

「そこまで物凄いものはできないけど……ある程度だったら。」


Vtuber……元を辿ればその本質は、仮想バーチャル の姿を纏ったYourTuber。

YourTuberは元々が自分一人で企画から編集までをこなす人たちだから、その派生とも言えるVtuberにもまた、そういうスキルを身につけている人だって多い。

今では色々な配信アプリが登場して、身体ガワさえ用意できれば、わたしのような特別そういう技術を持たない人でも簡単にデビューできるようになった。

だからこそ、今では加速度的にVの者が増え続けているのだけれど……

そんな中でも、お姉ちゃんは「バーチャルYourTuber」としての系譜を脈々と受け継いでいる存在のようだ。

やっぱり凄い人なんだな……




それはともかく、ここまでお膳立てしてもらって、悠長にしている場合じゃない。

そういうわけでわたしもめぐるちゃんも、可能な限り早くに収録を済ませて今に至る。


「絵師さんにはめぐるちゃんのイラストもお願いするかも?って伝えてあったし、すぐに描いてくれるって。」

「そういえばその絵師さんって、どなたなんですか?」

「midoriさんっていう方よ。実は私の配信にも来てくれたことがあって、案件お待ちしてますってアオイトリにも書いてあったから連絡したら、快諾してもらえちゃった。最初は焚き火さんにお願いするのも考えたけど……もしかしたらめぐるちゃんも、って思ってたから避けてたの。“娘さん”を途中から参加させますってなったら、ちょっと気まずいし。」


「焚き火さん」というのは、めぐるちゃんのデザインをした絵師さんのことだ。

V界隈ではデザインを描いた絵師さんのことを「お母さんママ」と呼ぶ文化があって、やはり自分が描いた子には思い入れが強い絵師さんも多いらしく、さながら実の親子のように仲が良い人たちも多い。


「あー……“お母さん”なら、そんなに気にしないとは思うんですけどね。」


めぐるちゃんも“焚き火お母さん”との関係は良好で、たまにアオイトリとかでのやり取りもみられる。


「ホントは私の“ママ”に頼みたかったんだけど……いちおう一般には公開しないように言われてるのよね。」

「そうなんだ。わたしも、プライベートでなら言ってもいいんだけど、一般には公開はしないでって言われてるなぁ。」


事務所所属のVtuberの場合、企業としてデザインを請け負うから絵師さんの名前は公表できないというケースもあるらしい。

うちの“ママ”はその限りではないけれど、とにかくそうした“親子”の絡みができないのが寂しいところではある。

その分、余計に“姉妹”の繋がりが強くなっているという面もあるのだろうけれど。




「お姉ちゃんの“ママ”って、誰か聞いてもよかったりするの?」

「あ、うん。どこかで喋ったりしないなら、プライベートで明かす分にはいいよって言われてるし。シロハヤブサ先生っていう方でね。アオイトリではあまり活動されてない方なんだけど……」

「え。」


その名前に、心当たりがあり過ぎる。


「ちなみにそあちゃんの“ママ”は?」

「……えっと。」


どうしよう。

もしかして、とは思っていたけれど。


「シロハヤブサ、さん……」




お姉ちゃんとは、絵柄とか、雰囲気が似てるなぁ、とは思ってたけども。


「あはは……やっぱり?」


なんてこった。

ホントのホントに、お姉ちゃんと同じ“ママ”だったなんて。


「違うんだよ、違うの!ノボ兄の紹介でお願いしただけで!誰に頼んだらいいのか分かんなくて、相談したら知り合いに良いイラストレーターがいるからって言われて!」


わたしは慌てて、他意はないと弁明する。

なんだかわざわざ調べてお姉ちゃんと同じ“ママ”にお願いした、っていう、ストーカーみたいな感じになっちゃっている気がして……!


「あはは、ホントに調べて見つけ出してくれたんだったら嬉しかったのに。そっか、やっぱりシロハヤブサ先生だったんだ。」


わたし(とお姉ちゃん)の“ママ”ことシロハヤブサさんは、ノボ兄の大学での同級生だったらしく、その縁でノボ兄が頼んでくれて、その時初めてわたしは知ったのだ。

やり取りも丁寧で、随分と要望も聞き入れてもらった。

お姉ちゃんの髪飾りの人工衛星っぽいデザインとかの要素を、それとなく伝えて入れ込んでもらったんだけれど……おそらくその意図も、全部筒抜けだったに違いない。




「ああっ、もう!恥ずかしい……」


デザインの第一稿をもらった時点でイメージとドンピシャのデザインだった。

超能力者エスパーなんじゃないか?なんて感動したものだけれど、よりによってシロハヤブサさんは、意識していた相手のことを知り尽くしている人だったのだ。

お見通しだったのも当たり前だ。


「そあちゃん、かわいい……なんか、まさにお姉ちゃんの真似をする妹って感じで!」

「やーめーてーっ!」


“ママ”にも完全に「お姉ちゃん大好きっ子」のイメージを持たれている気がしてきた。

それも一切間違いではないんだけど!


「でも、いいなぁ。正真正銘の“姉妹”だったんですね!」


デザインをした絵師さんが“ママ”なら、その“子供”もまた家族として扱われることが多い。

わたしとお姉ちゃんはそういうのを抜きにして“姉妹”を名乗ってはいたけれど、これで晴れて名実ともに“お姉ちゃん”と呼べるわけだ。


「そうだね、それは素直に嬉しいかな。」

「私も嬉しいよ。……ふふっ、そっか。“お姉ちゃん”かぁ……」


お姉ちゃんが感慨深そうに呟く。




「さて、イラストもMixも近いうちに届くみたいだし、腕が鳴るわね!予定通り来月に公開できそうね。タイトなスケジュールなのにこんなに早く上げていただけるなんて有難い限りだもの、動画も頑張らなきゃ。無理を言っちゃって、頭が上がらないな。」


そう言って張り切るお姉ちゃんは嬉しそうだ。

大変な作業だろうに、こう前向きに楽しそうに取り組む姿勢は正しく見習うべき先輩だ。


「でも、そういえばお姉ちゃん。なんで来月なんて短いスケジュールなの?」


こういうのはもっと、数ヶ月前から徐々に準備していくものだと思っていた。


「私としても他の人と大きな企画をするのは初めてだったし、出来るだけ自分でやって乗ってもらうだけにした方が参加してもらいやすいかなって思ってたのよ。さっきめぐるちゃんが言ってたように、一度こういうのをやってたら、次にする時そあちゃん達も勝手も分かりやすいでしょ?これからユニットとして一緒に活動していくんだし、経験は無駄にならないと思ったの。」


なるほど、リーダー気質というか、お姉ちゃんというか先輩らしい心配りだったみたいだ。

つくづく出来たお姉ちゃんだなぁ……




「私としては、早くに公開できたら嬉しい部分もありますし、来月に公開できるっていうのはありがたいです。」


今度はめぐるちゃんがそう切り出す。


「あら、めぐるちゃんも何かあるの?」

「あ、はい。」


お姉ちゃんに水を向けられ、めぐるちゃんは頷く。




「『テンタイカンソク』を組むってなった直後で申し訳ないところなんですけどね。……少し、休止を挟もうと思っていて。」



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