第16話 グラビティ


12月25日。

ついに、この日が来た。

わたしたち「テンタイカンソク」初の企画、3人での【歌ってみた】の公開日。



あれから何度か告知をしてきたが、その度ごとに返ってくる反応が大きくなっている気がしていた。

【歌ってみた】を楽しみにしてくれている人も多いが、「テンタイカンソク」というユニット自体に対して触れてくれている人もいる。


【ひかりちゃんが組むユニットかぁ、期待!】

【どんな活動をしていくのか楽しみです #テンタイカンソク】

【#テンタイカンソク って、そあちゃん姉妹にはよく似合ってる名前だよね】


といった具合。

まあ、最後の呟きツウィートに関しては【めぐるちゃん以外はカンソクされる側な気も】なんて返信リプライがついてたけど。

“星の子”だからなぁ……



ともあれ、「テンタイカンソク」始動から1ヶ月。

【歌ってみた】動画も無事に完成し、せっかく12月だということで今日この日、12月25日のクリスマスに公開することとなった。

今回の動画は「先行上映プレミア公開」の形式を取っているから、ファンのみんなと集まって、一緒に公開されるのを観て感想を言い合うことができる。

公開時間は19時。

残り1時間を切った今、わたしたち三人も通話を繋いで直前のワクワクとドキドキを共有しているところだった。



「せっかくクリスマスなんだし、クリスマスソングの方がよかったかもしれないんだけどね。」

「それは言わぬが花、でしょ。いいじゃん、わたしたちからのクリスマスプレゼントってことで。」

「そうですそうです!それに、クリスマスの歌だったらイラストもサンタ服になるでしょうし、グループ最初の動画がそれだと、サンタクロース三人衆みたいなイメージになりますよ、きっと。」


めぐるちゃんの言う通り、最初の印象って大事だ。

その点お姉ちゃんが選んだこの曲は、星とか宇宙の要素もあるし、サビでの盛り上がりも楽しいし、「テンタイカンソク」最初の企画に相応しい歌だと思う。





「それで、めぐるちゃん。休止の発表は明日するの?」


このタイミングでの“休止”を決めためぐるちゃん。

急ではあるが、ひとつ企画を終えて一区切りをつけた、「成果を残した」ちょうどいいタイミングであるのは確かだ。


「うん。一日は余韻に浸りたいし、明日の夜に配信して、そこで言おうかなって。」

「そっか……」


自分の声のトーンが低くなるのが分かる。

めぐるちゃんの休止。

ライバー仲間としてはもちろん、一人のリスナーとしての寂しさもある。


「そんな顔しないで。辞めるわけじゃないし、むしろ、ちゃんと帰ってくるために休むんですから。」

「うん……っていうか、通話越しだから顔は分かんないでしょー?」

「あはは、分かるよ。そあちゃんの顔も声も、性格も知ってるもん。そあちゃん、声に出ますから。」


わたし、そんなに分かりやすいのだろうか?

心の機微に敏感なめぐるちゃんだけに、下手な気遣いや心配は簡単に見透かされてしまうみたいだ。



めぐるちゃんが“休止”する理由、それは白血病の治療を受けるためだ。


「抗がん剤治療は大変ですけど……それでも、“めぐる”を辞めたくはなかったんです。」


実は今回の歌の収録を終えた段階で、治療開始は決まっていたらしい。

「もし再発したら……」。

その不安と常に戦っていためぐるちゃんだったが、そのために「ライバーを辞める」ということはもう全く考えなかったらしい。


「約束しましたからね。そあちゃんと一緒に【歌ってみた】を出すって。今回ひかり先輩と三人で出せましたけど、二人だけでっていうのはまだですし。まだまだ、やりたいことが沢山あるんです!」


そう語るめぐるちゃんの声には、確たる意志が宿っていた。

以前引退を考えていたことを告白したときの、迷い、不安に押しつぶされそうだっためぐるちゃんとは、まるで別人のようだった。




「私、自分でもびっくりするくらい欲張りになっちゃってたみたいです。」


そう言って笑うめぐるちゃんに、お姉ちゃんが応える。


「欲張り、いいじゃない。どんどん、もっともっと欲張ってこ!私たち、まだまだやりたいこと沢山だからね。」

「はい!今日のは、その第一歩に過ぎないんですよね!」


「テンタイカンソク」を組むと決めてからというもの、お姉ちゃんとめぐるちゃんはすっかり意気投合している。


「次に何をしようか、夢が広がるね!」


お姉ちゃんもお姉ちゃんで、今後のことを色々考えているみたいで、わたしたちと話している時はいつも楽しそうに笑っている。

わたしたちと一緒に活動することを楽しいと思ってくれていることは嬉しいけど、時にはその大きさに圧倒される心地がすることもある。



どんどん先に進んで、キラキラ輝いている憧れの先輩。

わたしが“宙路そあ”になるきっかけであり、いつもわたしを導いてくれる“お姉ちゃん”。

「お姉ちゃん」と呼ぶようになって、“姉妹”であることも分かって、同じユニットとして活動するようにすらなって。

ただの憧れだった星は、今や“あたし”の最も身近な存在となっている。

それなのに、わたしはまだ全然この人に追いつけている気がしない。



めぐるちゃんもお姉ちゃんも、どんどん先に進んでいく。

新しいものに挑戦して、困難を乗り越えて、新しい場所へ向かっていく。

その度に新しい姿を、これまで見たことのなかった表情かおを見せる。

わたしはそれに付いていっているだけだ。

お姉ちゃんのような存在になりたい。

お姉ちゃんと同じ場所に立ちたい。

お姉ちゃんのように、なりたい。

「何もない」わたしに、前へ進むきっかけをくれた、この人のように。

それがわたしの原点だった、そのはずなのに。

お姉ちゃんとめぐるちゃんに引っ張られて、ただ一緒に楽しんで、それで何かを成した気になっているだけだ。

夢も、大きな目標も、「何かをしたい」という意志も、わたしは結局「何も持っていない」ままなのかもしれない。




「ねえ、あのさ。わたしって、ここにいていいのかな?」


だから、わたしは。

気が付けばそんな言葉を口に出していた。


「自分から何かをしようって言うわけでもないし、ただ二人に付いていってるだけだし。今回だってお姉ちゃんが準備して、めぐるちゃんも大変なときなのに頑張ってて、わたしはそこに乗っかってるだけで……。わたし、何もしてないような気がするから。」




その言葉を聞いて二人は黙る。

しばらく沈黙が流れ、時間が止まったような感覚になる。



と、そのすぐ後に、二人は示し合わせたかのように笑った。


「あはは、何を言ってんだかこの子は。」

「ですね。そあちゃんらしくないです。」


そういって二人は、優しい調子で声を掛けてくれる。




「そあちゃんがいなかったら私たち、なんでこうやって『テンタイカンソク』を組んでるんですか。」

「ね。」


そう言いながら、めぐるちゃんは抱きつく仕草のスタンプを送ってきた。

それに重ねるように、お姉ちゃんも猫を撫でるスタンプを投げつけてくる。

しかも音声付きスタンプなので、押すとにゃーにゃーやかましい。




「そあちゃんはさ、いつも私を“お姉ちゃん”って呼んでくれるじゃない。私はそれが何よりも嬉しいの。」


おねえちゃんはそう言って続ける。


「そあちゃんはいつも真っ直ぐだから。嘘や隠し事がなくて、真っ直ぐ気持ちが伝わってくるから。「ねえねえ、お姉ちゃん!」って、純粋に気持ちをぶつけてくれるのが心地よくて、すごく心に響くんだよ。ああ、“お姉ちゃん”になれてよかったなって。」




お姉ちゃんに続けて、今度はめぐるちゃんが口を開く。


「私はそあちゃんに引っ張ってこられて、ここに来れたんです。ひかり先輩と親しくなれたのも、治療が始まっても引退せずにいつか戻ってこようと思ったのも、そあちゃんがここにいていいんだって、立ち止まったって時間が掛かったって大丈夫なんだって、教えてくれたおかげです。今ここにいるのは全部、そあちゃんのおかげなんですから。」


一言ずつ、思い返すようにして言うめぐるちゃん。


「そあちゃんがいてくれなかったら、いま私は笑ってなかったと思う。また辛い抗がん剤治療が始まって、苦しくて嫌になって、もし治らなかったらってずっと怯えて。今は不思議と、きっと大丈夫だって思えるんです。それに……」


なんだろう、めぐるちゃんの言葉には透き通った意志のようなものを感じる。

磨かれた宝石のような、良いことも悪いことも全て取り入れて光を放つ、そんな洗練された輝きを想像させる。

めぐるちゃんの瞳のように、深い翡翠色の輝きを。


「もし治りきらなかったとしても、きっとそれを受け入れられるだろうって。だって、みんながいますから。」





「人はいつかは死ぬ。誰だってこの場所から、去らなくてはいけない時が来る。その時に、これでよかったんだって思えるように生きたいって。そう思ってました。」


めぐるちゃんは語る。

胸の内を、これまで彼女が辿ってきた心の旅路を。


「そあちゃんと出会って、リスナーさん達と親しくなって、ひかり先輩とでユニットを組んで活動して。それでやっと分かったんです。いつか終わりが来るとしても、みんなと一緒にいる時間を大切にして生きていれば、その時になっても後悔だけは絶対にしないって。だって、その時間だけは絶対に揺るぎませんから。一緒にいて、お互いのことを知って、全力で気持ちを伝えあって、想い合う。きっとそれが、私たちがここにいる意味なんだって。」




めぐるちゃんの想いに圧倒される。

これまで悩んで、重い病を背負って生きてきた彼女が出した答えに。


「それを教えたのはそあちゃん、あなたなんだよ。いつも全力で向き合って、楽しんで、同じ方向を見てた。それが私には眩しくて、ずっとそうなりたいって思ってきたんです。」

「でもわたし、めぐるちゃんやお姉ちゃんにしてもらってばかりで……ただお姉ちゃんみたいになりたいって思ってただけで、コラボの配信も動画も、結局自分では何もできないままで!」

「同じ気持ちを持ち続けるって、難しいことなんだよ。企画だったり編集作業だったりは、これからできるようになればいいんだから。調べたり時間をかけたら誰だってできることなんだし。“わたしみたいに”ってそあちゃんは言うけど、具体的な成果とかじゃなくてそういう“目標”を持ち続けてブレないことって、実は何よりも難しいことなんだからね。」






気が付くと、動画公開の5分前になっていた。

たくさんの人たちが


【待機】

【楽しみです!】

【わくわく】


と、コメント欄に集まって口々に期待を語っている。



やがて19時になり、画面が切り替わる。

とは言ってもすぐには動画は流されず、大きな音量のBGMとともに120、119、118……と、勿体ぶったカウントダウンがでかでかと表示される。


【キター!】

【あと60秒!】


一秒ごとに期待と興奮が高まっていくのが分かる。

コメントにお姉ちゃんやめぐるちゃんも加わり、


【3!】

【2!】

【1!!】


歌が始まる。

イントロとともにお姉ちゃんの力作のムービーが流れ、やがてわたしの声が歌い出す。




いま僕が君に言えることは

君がいるのには意味があるということ




そこにめぐるちゃんと、最後にお姉ちゃんの声が加わる。




引かれ合い 近づき合いながら

僕たちは互いを知る

世界に生まれ ここに導かれた意味を




言葉と音がリンクして、リズムに乗って動き出す。

やがて全ての楽器の音が高潮ブレイクしていき、クライマックスへ。




僕らは引き合い 互いを回る星になった

手が届く距離で語り合う

互いの言葉が 心が

この場所に導く引力

この広い宇宙で 互いを呼び合う目印となる

この広い宇宙の 孤独を乗り越え

はぐれないようにと 引き合う力で






公開を終え、みんなが拍手で讃えてくれる。


【888888888888888888】

【ブラボー!でした!!】


そんな中で、


【そあちゃんが主役のソロがすごかった!】

【やっぱりそあちゃんは上手いね】

【そあちゃんが一番輝いてるのを見れてよかった】


と、わたしの歌を褒めてくれるコメントも度々見られた。




「ね。やっぱりそあちゃんが注目されてるでしょう?」

「私たちの中心は、やっぱりそあちゃんなんですよ。」


通話を繋ぎ直して、お姉ちゃんとめぐるちゃんがそう言ってくる。


「……うん。」


まだ自信なんて無いけれど。

それでも、わたしのことを必要としてくれる人たちがいる。

何より、この二人がわたしを見て、すごいと言ってくれている。

今はそれを素直に受け止めようと思った。




「私、明日の配信で白血病のことを打ち明けて、それから休止のことを話そうと思います。そあちゃんみたいに、誰に対しても真っ直ぐに向き合ってみようと思っていますから。」


晴れやかな顔でそう言っためぐるちゃん。


「じゃー、【歌ってみた】の成功と私たちのこれからを祝して。乾杯!」

「乾杯!」

「かんぱーい!」


お姉ちゃんの音頭で、ジュースの入ったグラスを掲げる。

ずっとこんな時間が続きますように。

わたしたち三人の「テンタイカンソク」が、これからも沢山の人を巻き込んで大きく動いていきますように。



わたしは、そう信じて疑わなかった。





翌日、めぐるちゃんは予定通り自らの白血病を告白。

治療のために休止に入ることを発表した。

再び「テンタイカンソク」の3人で活動することを誓って。



そして、さらにその1週間後。

───その報せは、唐突に訪れた。

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