第17話 迷子



「―――昨日、一時的に通信の途絶えた小惑星探査機「よだか2」ですが、昨日のうちに通信を回復したとのことで、現在管制室のスタッフが総出で状態の把握と帰還プランへの影響の調査を行っています―――」




ノボ兄たちの職場、相模原宇宙科学センターの管制室がテレビに映されている。


「えー、現在、探査船よだか2号機に起きた不具合についての情報収集と分析を行っております。既にエンジンの噴射と進路の調整は10月の時点で終了しており、地球への帰還の時期や日程に大きな影響は無いものと思われますが、状態を注視しながら点検や分析を行っている最中です。詳細については後日改めてご報告させていただきますが、現時点では―――」


「よだか2」計画のトップ、プロジェクトマネージャーさんの記者会見がテレビで流れている。

帰還がいよいよ再来週に迫った「よだか2」の突然の異常の報せに、世間は大きく騒いでいた。

お父さんもノボ兄も、家にも帰らず懸命に対応しているらしい。

二人を支えようと、お母さんも職場まで行っては食事やら洗濯やらの世話をしている。

わたしの周りの世界は、にわかに忙しなく動き始めていた。





だが、わたしにとってそれは遠く離れた他人事のようにしか思えなかった。

それどころではなかった。



わたしだけじゃない。

この界隈の、IMAIRに関わる多くの人の間で、ある報せが衝撃とともに駆け巡っていた。




【お知らせ】

流星の民のみんなへ。いつも応援してくれてありがとう。突然ではありますが、私、星隼ひかりは本日をもってVライバーを引退します。特に引退配信は行いません。事前に報告できず、ろくに説明もせずに突然のお別れになってしまって、本当にごめんなさい。これまで仲良くしてくれてありがとう。幸せでした。




今朝、アオイトリに唐突に流れた一通のお知らせ。

お姉ちゃんが、あの星隼ひかりが引退するという……いや、退という報告。



正直、寝耳に水だった。

ついこのあいだ、「テンタイカンソク」として活動を始めたばかりなのに。

つい昨日、「あけましておめでとう」ってメッセージを交わしたばかりだというのに。





わたしの元には、お姉ちゃんの引退について教えてくれたり、詳細について尋ねるリプライやDMダイレクトメールが数多く届いている。

急な引退や休止があった場合こうした連絡を送りたくなる気持ちは分かるし、一定数送られてくるのは避けられないし仕方ない部分もある。



だが今回の“引退”はあまりにも急すぎたためか、その数も半端ではない。

それに、わたし自身が何も把握していないのだ。

同じ「テンタイカンソク」というユニットを組んでいる以上、わたしやめぐるちゃんに事前に報告や相談があったのだろうと考えるのは普通だろう。

なのに、当のわたしは全く何も聞かされていなかった。

お姉ちゃんがしっかり者で根回しとかも得意なのは、このあいだの【歌ってみた】のときのことでよく知っている。

そんなお姉ちゃんが、わたしたちに何も告げずに“引退”なんて考えられなかった。



当然わたしもお姉ちゃんに連絡を取ってみた。

アオイトリのDM、Concordの通話。

どちらも反応は全くない。

考えてみれば、わたしはそれ以外にお姉ちゃんの連絡先を知らなかったのだ。

めぐるちゃんとは他のSNSのアカウントや、緊急の時のために電話番号も交換しているのだが、それらは直接会ったときにやり取りしたものだ。

そう、わたしとお姉ちゃんは、一度も“会っていない”……



Vライバーとはそもそもであり、むしろそれが普通のことなのだが、なんだろう。

急にお姉ちゃんの存在がはるか遠くのもののように感じてしまう。





次にめぐるちゃんに連絡を取ろうとしたその矢先、ちょうど彼女の方からDMが飛んできた。


【そあちゃん!!ひかり先輩が突然引退するって……!】

【うん、わたしも見た。何も聞いてないよね?】

【うん、全然。そあちゃんなら何か知ってるかなって】


彼女の方も混乱しているが、とにかく情報を得ようと必死なのだろう。

慌てた様子ではあるもののすぐに返事が返ってくる。


【いろんな人からお姉ちゃんについての問い合わせが来るし】

【私の方にも来てます。そあちゃんの場合はお姉ちゃんのことだし、余計にですよね】

【そっか……どう答えてる?】

【まだ何も……。不確かなことを言うわけにもいきませんし】


それはその通りだ。

あれ以上お姉ちゃんからの発表がない以上、ここでわたしたちが余計なことを言って変な誤解を与えるわけにはいかない。

アオイトリにしても配信にしても、何かを発信する場合は慎重に発言する必要がある。

そう思うと、途端に身体がとてつもない窮屈さを感じるような気がしてきた。




【めぐるちゃん、通話できる?】

【はい、もちろん】


そう言ってわたしたちはすぐに通話を繋ぐ。


「どうしよう、こうなるとアオイトリとかでも下手に呟けないね。かといってわたしたちまで何も言わずにいるのもアレだし……」


普段のように「おはよう」とかの投稿をしたとしても、大量のリプやメールが来ているこの状況で、そちらへの返信を全くしないと無視しているように見えてしまうだろう。

それにお姉ちゃんの引退報告について全く触れないのも不自然に映るだろうし、さて、どのように対処していくべきだろうか。




「やっぱり正直に、私たちも何も知らされていないことを言うべきなんでしょうか……」


めぐるちゃんがそう答える。

が、その発言自体よりも気になることがあった。


「めぐるちゃん……大丈夫?なんか声に元気がないような。」


優しくゆったりしためぐるちゃんの声にしても、いつも以上に覇気がないというか、弱々しい気がする。


「ええ……大丈夫です。抗がん剤の副作用で、ちょっとだるいだけですから。」


そうだった。

【歌ってみた】公開から二日後、活動を休止しためぐるちゃんは、年が明ける前には抗がん剤治療を再開したらしい。

抗がん剤には重い副作用があり、倦怠感や吐き気などの症状に見舞われる。

わたし自身、“お姉ちゃん”がいたからその辛さは間近で見て知っている。


「とりあえず、ひかり先輩のツウィートに返信リプして、それから……」

「ううん、いいよめぐるちゃんは。に任せて!」


辛そうな中でも健気に対応しようとするめぐるちゃんを見かねて、わたしはそう言った。


「“わたしたちも何も知らされてない”って言っちゃうのは、みんなを余計不安にさせちゃうだろうし。詳しいことは何も言えないけど、って言って、落ち着いてもらうしかないかなぁ。引退報告をしたってことは、少なくとも事故とかそういう意味でお姉ちゃんの身に何かがあったわけじゃないだろうし。そのうちまた連絡があると思う。それまではとにかく、みんなに落ち着いてもらうのが先決なんじゃないかな。」


お姉ちゃんのことだし、ずっとこのまま何の続報もないということはないだろう。

それまではわたしがお姉ちゃんの代わりにみんなを安心させないと。




「えっと……大丈夫なの?そあちゃん……」

「うん!狼狽えてばかりいられないからね。」


「わたしが何とかしなきゃ!」と思うと、驚くほど冷静に考えがまとまっていく自分がいてビックリしている。

とにかく、今はこの状況を少しでも早く落ち着かせて、お姉ちゃんたちが帰ってくるまでみんなに待っていてもらおう。



あたしは、“星隼ひかり”の妹なんだから!





そう決意して、わたしはさっそく行動に移した。

アオイトリで差支えのない程度に状況を説明し、お姉ちゃんからの続報を待ってほしいと伝えた。

「テンタイカンソク」の今後についても、今は解散する気なんてさらさら無い、と。

その後でいつも通りIMAIRで配信もしたが、お姉ちゃんについての話題には極力触れないようにした。





そして。

お姉ちゃんからはそのまま何の連絡もなく、一週間が経った―――

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