第13話 結成!テンタイカンソク


わたしたちは配信を終えて車に乗っている。

肝心の流れ星はというと、めぐるちゃんは一回スッと流れたのを見ることができたが、わたしの方は見逃してしまっていた。


「極大も過ぎてしばらく経つし、見られただけでも運が良いと思った方がいい。」


運転席の方からノボ兄の声が飛んでくる。

若干声が荒々しいのは、やっぱり怒っているからなのだろうか?




「女の子ふたりだけで真っ暗な夜中の公園にいるなんて、心配するに決まってるだろ。」


仕事終わりに配信を聴いていたノボ兄は、配信が終わるや否や連絡を入れてきた。

お母さんにわたしの行き先を聞いた時点で配信をしているのがあの公園だと直感でアタリを付けたらしく、電話してきた時には公園のすぐ近くまで来ていたらしい。


「すみません、夜中までそあちゃんを連れ回してしまって……」

「あー、それはこっちのセリフだよ。ごめんね、こんな寒い中妹に遅くまで付き合ってもらって。」

「いえ、付き合ってもらったのは私の方で。そあちゃんには元気づけてもらったんです。」

「ほら、めぐるちゃんもこう言ってるじゃん!」

「お前は反省しろよ?めぐるちゃん、身体弱いし持病もあるんだって言ってただろ。たぶんお前は知ってたっぽいし、悪化したらどうするつもりなんだ。」

「……はーい。」


ノボ兄の言ってることはもっともだし、迎えに来てくれたのは嬉しいから黙っておく。




「めぐるちゃん、さっきは配信で何かあったんだって?」


例のカラオケでの配信には来ていなかったのか、何があったかは把握していなかったようで、ノボ兄はめぐるちゃんにそう訊ねた。


「はい、ちょっとショックなことがあって、声が出なくなってしまって。もう治ったので大丈夫ですけど。」

「あのときは心配したよ。お姉ちゃんがフォローしてくれなかったらわたし、もっとパニックになってたかも。」


今思い返しても、あのときは本当に焦ったものだ。

喉が枯れたというレベルではないくらい、ほとんど声が出ていなかった。

わずかに息が漏れる音と唇の動きで、辛うじて言っていることが分かった程度だったのだから。


「むかし喘息持ちだったことも関係してるんじゃないかって、ひかり先輩も言ってました。」

「なるほど……。詳しくは分からないけど、相当ショックなことだったんだろうね。」


そう言って言葉を切るノボ兄。


「ま、ともかく治ってよかった!」


おいそれとは立ち入れない事情を察したのか、空気を変えるようにノボ兄はわざと明るく言った。




「えっと、それでめぐるちゃんの家は柏ケ谷かしわがやの方でよかったんだよね?」

「あ、はい。かしわ台駅の少し南になるんですけど。」

「了解。初めて通るとこで自信ないから大きな道を通るよ。遠回りになっちゃうけどごめんね。」

「いえいえそんな。ご迷惑をおかけします。」

「大丈夫!わたしがナビゲートするから。」


わたしはそう言ってスマホで地図アプリを開こうとする。



するとちょうどその時、狙ったようなタイミングで通話がかかってきた。


「あ、お姉ちゃんだ。」


画面に表示される「星隼ひかり」の文字。

すぐに通話を開くとお姉ちゃんの声が聞こえてくる。


「もしもし、お姉ちゃん?」

「そあちゃん配信お疲れ様。大丈夫かなって心配になって、また通話しちゃった。」

「えへへ、ありがとう。嬉しいよ!」


心配して通話してきてくれるお姉ちゃんがかわいい。

ノボ兄もそうだけど、わたしの“家族”はみんな心配性みたいだ。


「さっきの配信も見てたけど、あの様子だとめぐるちゃんもなんとか大丈夫そうね。」

「うん、だいぶ良くなったみたいだし。ほら。」


わたしはスマホをめぐるちゃんに渡す。


「えっと、もしもし……ひかり先輩ですか?」

「はい、めぐるちゃん!元気になったみたいでなにより。」

「あ、ありがとうございます。おかげさまで……」


めぐるちゃんは、いきなりのことでアワアワしながら話している。

そういえばめぐるちゃんはお姉ちゃんと一対一で話すのは初めてなんだった。


「そあちゃんがあんな配信にしてくれるなんて思いませんでした。なんかもう……泣いちゃいました。」

「だよねー。私も配信で流星群の観察ってしたことあるんだけど、なかなか上手くいかなくてね。それを“めぐるちゃんのために流れ星にお祈りする”って形にして、上手にみんなを巻き込んだよね。」

「はい!そあちゃんの凄いところだなぁって思いました。まっすぐ純粋で、一生懸命で、ストレートに気持ちをぶつけてきてくれるから。」

「そうそう!必死になった時ほど凄いし、可愛いよね!」

「ちょっと、めぐるちゃん!お姉ちゃん!!なに二人でわたしのことばっか話してるのおぉっ!?」


褒められすぎて顔が真っ赤になっているのが分かる。

ノボ兄まで運転席で笑っているのがバックミラー越しに見えて、ますます恥ずかしさがつのるばかり。


「そあちゃん、かわいい……」

「はっはっはっ!愛されてるなぁ、チヒロ。」

「ノボ兄は黙ってて!!もう、やめてよぉ……恥ずかしくて死にそう。」


わたしが助手席に座ってたら殴っていた。

めぐるちゃんはそんなわたしたちのやり取りを見て笑ってるし……


「もぉ、おねえちゃ~ん……ノボ兄もめぐるちゃんも、みんなしてわたしを虐めないでよ~!!」




わたしはお姉ちゃんに助け舟を求めた。

ノボ兄にめぐるちゃんに、二人ともからニヤニヤ可愛がりオーラが漂ってきていて、非常に空気がくすぐったい。

こういう時にお姉ちゃんを頼るのは、妹の特権だと思う。


「……―――」


だが、お姉ちゃんからの返事は無かった。


「……あれ?お姉ちゃん?」


通話が切れてしまったのだろうか?


「あ、ううん。そっか、そあちゃんお兄さんがいるって言ってたもんね。」

「ああそうか、お姉ちゃんにはノボ兄のこと詳しく話してなかったよね。」


我に返ったように会話に戻ってくるお姉ちゃん。

わたしはノボ兄の耳元にスマホを近づけた。




「もしもし?初めまして。こちらからはよく存じ上げていますよ、ひかりちゃん。この子からも聞いてるし、配信も時々聴かせていただいてます。そあの兄のノボルです。……いや、“宙路そあ”の兄ってのはおかしいか?チヒロの兄ではあるんだけど、うーん。」

「ふふっ、それは同じことだと思いますよ。……初めまして、星隼ひかりと申します。そあちゃんのお兄様とお話しできて嬉しいです。」

「それはこちらのセリフかな。俺は所詮いちファンにすぎないからね、こうして話すことができて光栄だし、役得だ。……よっと。」


お姉ちゃんと話しながら、ノボ兄はちょうど近くに通りかかったスーパーに車を停めた。


「車停めたし、スピーカーにしたらどうかな。」

「うん、そうだね。」


わたしはスマホの通話をスピーカーモードにして、真ん中に置いた。


「改めて……この子のお姉さんになってくれて、ありがとう。」

「いいえ、そんな……!私の方こそ、そあちゃんと出会わせてくれてありがとう。そあちゃんがVライバーを始められたのはお兄様のおかげだと聞いてますから。」

「手助けをしたのは事実だけどね。それでも、そもそもVを始めようと思ったのは君のおかげだそうだから。不束ふつつかな妹だけど、これからも仲良くしてやってくれたら嬉しい。」

「ええ、それはもう。」


丁寧な挨拶が交わされるが、どちらとも親しくしているわたしとしては不思議な気分だ。


「ちょっとやめてよー、そんな結婚前の“両家ご挨拶”みたいな感じ!」


あるいは自分と友達の親同士が挨拶しているみたいな空気で、少なくともお兄ちゃんと“お姉ちゃん”との会話らしくはない。

それに、こうして改まってわたしのことを話されていたら、自分がいかに「守られて」いるかを自覚して居たたまれなくなる。


「いやあ、同じ妹を見守る立場として、色々思うところはあるわけさ。」

「それは分からなくもないけどっ!めぐるちゃんがいる前でそういうのされると恥ずかしいんだって!」

「はっはっはっ……いや、悪いって。分かったからグーパンやめろって。……ははは。」

「もー。」


そう言いつつも、こんな場でもノボ兄とこうしてじゃれあうことができるのは、それだけわたし自身がお姉ちゃんやめぐるちゃんに心を許しているってことなのかもしれない。

めぐるちゃんはそんなわたしたちのやり取りを微笑ましそうに見ていた。


「そあちゃんとお兄さん、すごく仲が良いんですね。私はひとりっ子なので、見ていてすごく羨ましいです。」


まるで眩しそうな様子で目を細めるめぐるちゃん。

ひとりっ子で、友達と会う機会も多くないめぐるちゃんの目には、わたしはどんな風に映っているのだろう。

「私も、あんな風に」。

それはどこか、わたし自身も感じたことのある感情。

彼女の瞳からは、そんな想いが伝わってくるような気がした。




「なら、めぐるちゃんも妹になっちゃう?」


そんな空気を感じ取ったのか、お姉ちゃんがそう口にした。


「え……ええっ!?」


めぐるちゃんが素っ頓狂な声を上げる。


「えええっ……それって、どういう……?」

「どうもこうもなくて、そのまんまの意味だけど。めぐるちゃん、そあちゃんとも親しいし、色々聞いてるうちに他人だとは思えなくなってきちゃって。」

「ええっと……嬉しいんですけど、恐れ多いというか何というか……」


突然のことでしどろもどろになるめぐるちゃん。


「気持ちは分かるよ、わたしの時もいきなりだったし。憧れの先輩から急に「妹になって」って言われたんだもん、ビックリを通り越して混乱するよね。」

「えー、そあちゃんは「いいんですかっ!?」ってグイグイ食いついてくれたじゃない。」

「それでも最初は戸惑ったんだよ?なんたって、お姉ちゃんに憧れてVになったんだから!恐れ多い……けどやっぱり嬉しいし、なによりこのチャンスを逃すわけには!って。」


デビューして2週間ほどした頃だった。

デビュー以来“宙路そあ”としてお姉ちゃんの配信にも行っていたからか、お姉ちゃんがわたしの配信に来てくれた。

なにせ目標にしている憧れの相手なのだ、


[星隼ひかりさんが遊びに来ました]


の通知コメントを見た瞬間テンションが爆上がりしてしまったのは仕方がないことだと思う。

その配信以来、何回かお姉ちゃんはわたしの配信に来てくれて、ほどなくしてアオイトリにて「じゃあ私の妹になってほしいな!」という返信リプライが来たのだ。

その時はわたしだって戸惑いはしたけれど、「少しでもあの“星隼ひかり”に近づきたい」と、その思いの方が強かった。

「わたしも、あんな風に」。

そう思っていた相手が、手を伸ばせば届くところに来てくれたのだから。




「どうする、めぐるちゃん!」


わたしは、ワクワクしながらめぐるちゃんに問いかけた。

お姉ちゃんの“妹”になるってことは、わたしとも姉妹になるってことでもある。

この場合、どちらが姉なのかというところではあるが……まあそれは、双子ってことにすればいいし。


「うーんと……嬉しいんですけど……!嬉しいんですけど!やっぱりそあちゃんとひかり先輩の仲に割って入る勇気はなくって……!」


別に「姉妹」といっても、それを自称したところで何かが変わったり、制約があったりするわけではない。

気軽に兄弟姉妹のように呼び合ったり振る舞うVの人たちだって、けっこう多い。

それでもめぐるちゃんとしては抵抗があるみたいで、首を縦には振ってくれなかった。




「そっか。うん、もちろん無理にとは言わないけど。」


わたしたちとしても、何が何でもめぐるちゃんと!という気はないので、無理に深追いはしない。

しかしお姉ちゃんはそれも見越していたのか、もう一段、別の提案を持ちかけてきた。


「じゃあさ、私たち3人でユニットを組まない?3人組のVtuberグループ、その名も『テンタイカンソク』!!」


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