第12話 テンタイカンソク



【みんな!!これからめぐるちゃん枠で配信するよ!!!】


アオイトリにそう投稿しながら、わたしたちはカラオケを出て移動していた。


「ねえそあちゃん、どこへ行くの?」

「ちょっとね。いいポイントを知ってるんだ。ついてきて。」


目的地の最寄りのバス停で降り、わたしたちは二人で夜道を歩く。

今日来たのはめぐるちゃんの家の最寄りのカラオケ。

決してこの辺りの地理に明るいわけではない。

……が、わたしは以前、たまたまこの近くに来たことがあったのだ。



相模川の河川敷の公園。

わたしは昔、ここで天体観測のイベントに参加したことがあった。

“「よだか」を見よう” ―――10年前、小惑星ハヤカワからサンプルを持ち帰った、日本の探査機「よだか」。

今の探査機「よだか2」の“先代”であり、数多の困難と試練を乗り越えて帰還を果たした奇跡の宇宙船。

そんな奇跡の生還目前だった探査機「よだか」を、自分たちの目で観測しようというイベントに、わたしはノボ兄と、“お姉ちゃん”と一緒に参加した。




「ここ、夜のこんな時間に来たのは初めて……」

「寒い?」

「あ、ううん平気。最近、季節の割に暖かいですから。」


11月も後半、本来なら冬と言ってもいい時期だ。

最近暖かい上に防寒着もしっかり装備しているから大丈夫だとは思うけど、さっき喉をやられためぐるちゃんに無理をさせ過ぎるわけにはいかない。

長くても30分が良いところだろう。


「そあちゃん、一体ここで何をするつもりなんですか?」

「それはね―――」




そう言っているそばから、わたしたちの目の前の空に細長い一本の光の筋が走った。


「あっ、ほらあれ!!」


わたしは急いでその方向を指差すが、当然ながらめぐるちゃんが振り向く頃には光は跡形もなく消えてしまっていた。


「もしかして、流れ星ですか?」

「そう!みんなで流れ星を見る配信!一度やってみたかったんだ。」


忘れもしない、始まりのあの夜のこと。

3ヶ月前のあの日、わたしはお姉ちゃんと星空を見上げていた。

今度はめぐるちゃんと。

そして、わたし自身が配信者として、みんなと一緒に流れ星を見るんだ。






「―――はい、えっと……お待たせしました。」


配信画面を開いて、めぐるちゃんが話し出す。

画面に映るのは“めぐるちゃん”の姿。

屋外にいるからということもあって、帽子を被ってるバージョンの立ち姿だ。

こういうオンオフできるアクセサリー、わたしも欲しいなぁ。


「皆さん、いらっしゃいませ。さっきはご心配をおかけしました。もう大丈夫です。」


IMAIRの配信は画面に一人しか映せないから、画面にわたしの姿はない。

配信に駆けつけてくれるみんなに、まずめぐるちゃんが応える。

聴きに来てくれるリスナーさん達は皆、【めぐるちゃんホントにもう大丈夫なの?】といった風に心配をしてくれている。


「私、昔は喘息持ちだったこともあって喉が強くなくてですね。歌い過ぎたからか、ちょっと声が出なくなって。でももうすっかり話せるようになりましたから!」


精一杯、元気になったことをアピールするめぐるちゃん。

側で聞いていても、その喋り声には普段との違いは感じられない。



それでも、


【嫌なコメントがあったから、心配だったよ】

【ショック受けてない?大丈夫?】


と、その場に居合わせたリスナーさん達からは当然の心配の声が飛んでくる。


「はい……心配をおかけしてごめんなさい。あれはそもそもそあちゃんの枠でしたし、そあちゃんの歌が聞きたいって意見が出るのはむしろ当たり前なんですよね。それでも私と一緒の歌を聞きたいって言ってくれる人もたくさんいて、嬉しかったです。いずれ、時期が来たら歌いたいですね。」


めぐるちゃんの声色に微かにざわめきが混じる。

さっきまで声が出なかったくらいショックだったのだ、無理もない。

コメント欄に同情の言葉が見えるたび、彼女のまとう空気が張りつめていくように感じられた。




「はいはーい、あたしのことも忘れてもらったら困るよ!」


努めて大きな声を出して、わたしはめぐるちゃんの隣に近寄った。


「宙路そあです、みんなよろしく!きらり~ん☆」


わざといつもよりあざとく、思いっきり決め顔で言い放つ。

恥ずかしさなんて知ったことかと、わたしは普段の3倍くらいハジけたテンションで話し始めた。


「さっきの話はそれぐらいにしてさ。みんな、配信のタイトルはちゃんと見てきた?本題はここからだよ!」


動画であろうとライブ配信であろうと、配信には皆、題名タイトルを付ける。

ミュージシャンのライブやアイドルのステージにだって、何かしらの題名タイトルは付いているものだ。

もちろん何気ない題名の場合だって多いが、例えば『雑談しよう』だったらライバーとリスナーさんとの会話がメインだし、『歌枠』と名付けられていればライバーが歌を披露するのが配信の主題になる。

入ってみるまでどんなことをしているか分からないから、題名タイトルは言わばその内容を知るための見出しのようなものだ。

そして今回わたしたちが付けた題名タイトル、それは―――


【たしか、『天体観測』って。】

「そう!あたしたちと一緒に、みんなで星を見よう!」




高らかにそう宣言し、わたしは空を見上げる。

街明かりは遠くないとはいえ、この辺りには大きな建物も無く星空が綺麗に見える。

なにせ「よだか」観測が行われた場所だ、天体観測にもってこいの場所であることは間違いなく保証されている。

リスナーさん達がいま星が見える所にいるかどうかは人によるだろうが……


「実は、あたしたち外にいるんだよね。星が綺麗に見える場所で、空を見上げてるの。」


【大丈夫、寒くない!?】という声には、「季節のわりに寒くないし防寒もちゃんとしてる」と安心させておく。

それにそもそも30分だけの予定だ。

一個でも見えたらそれでいい。


「今日は11月21日。しし座流星群の極大は11月17日だけど、頑張ればまだ見えるハズ!みんなで流れ星を見よう!30分だけ、粘ってみんなで見てみるからね!祈ることも考えておいてよ?わたしは決めてる。絶対にめぐるちゃんと【歌ってみた】を出すって!!」


みんなで流れ星を見る。

ライバーを始めた日、わたしが“宙路そあ”になった日、お姉ちゃんがやっていたことを今度は、わたしが。


「流れ星に願い事を3回唱えると、願いが叶うんだって!」


あの日、わたしに星のしるべを見せてくれたお姉ちゃん。

“いつかわたしも”。

誰かのみちを、夢を照らす星になりたいと思った、その原点。

わたしはめぐるちゃんを、そしてわたしたちを見てくれるリスナーさん達を導く星の子になりたい。



めぐるちゃんは、「ずっと“書架屋めぐる”でいたい」と言った。

いつ終わるかも分からない時間。

これからも変わらない保証なんてどこにもない。

それでもこの場所配信が、“書架屋めぐる”という居場所が、何があっても変わらない「帰って来れる場所」であり続けることを、わたしはめぐるちゃんに信じていてほしい。

星が流れるのは一瞬で、願いを3回唱えるには時間は全然足りないけれど。

みんなで祈ったこの時間は、必ず彼女を繋ぎとめる引力になるから。




「……そあ、ちゃん……」


わたしの意志が伝わったのだろうか。

めぐるちゃんの目に、再び涙が光っている。

でも今度のそれは、決して悲しいものではないはずだ。




「……はい。私も決めました。」


グッと力を込めた声で、めぐるちゃんが話し出す。

まっすぐ前を向いて、笑顔で。


「私ね、本当は引退も考えてたんです。気持ちの問題じゃなくて、体調の方で……。私、身体が弱くて、けっこう入院とかもしてるんです。持病もあるし……」


流石にそれを“白血病”であると告白することはできないみたいだけれども、それでもめぐるちゃんは言った。


「私はずっと不安でした。いつまでここにいられるだろうって。いつ辞めなきゃいけないんだろうって。辞めなくても、もし長い間休まなきゃいけなくなったら、皆さんが私を忘れてしまわないか、ずっとずっと休んで、帰ってきていいんだろうかって。」


Vライバーの数は多い。

今や、数万人といった規模で、Vtuber・Vライバーは増え続けている。

彼らに、そして今いるリスナーさん達に置いていかれてしまわないか。

そんな不安と、わたしたちは日々戦っている。

大きな病気を抱えるめぐるちゃんにとって、その不安は他の人とは比べ物にならないくらい大きいだろう。



それでも、否、だからこそ、わたしたちはめぐるちゃんに会いたいんだ。

配信で、アオイトリで、バーチャルという世界でわたしたちは巡り逢った。

お互いのことを知りたいと思ったし、これからもずっと一緒にいたいと思う。

その繋がりは決して消えることはないし、たとえ引退して会えなくなったとしても、お互いのことを想うはずだ。

だから、どれだけ時間が経とうが休もうが、帰ってくるのを歓迎されないはずがない。

そしてそこから新たな物語が始まるだろう。


【めぐるちゃんが引退したら悲しいし、泣くよ】

【休んだって、いつでも帰ってきてくれたらいいんだから】


みんなのコメントも、その想いは寸分も変わらない。

今も、これからも会いたいと願う、その絆は確かなものだ。

みんなもわたしも、めぐるちゃんも、誰ひとりだって違わない。

それを見てとっためぐるちゃんは、大きくひとつ頷いて、言った。


「私は流れ星にお祈りします。ずっと、ここにいられますように。」




みんなで夜空を見上げる。

流星の雨の上がり際、僅かに残る星標を探して。

決して派手ではないけれど、この時この場にいたわたしたちは皆、同じ想いを抱いて同じ空を見上げていた。

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