第11話 何故、此処にいるかということ


とりあえず配信を終わらせたわたしたちは、そのままの部屋でしばらく休んでいた。

めぐるちゃんもどうにか落ち着いたようで、今はソファに身体を預けて座っている。


「えっと、どこか痛いとか、しんどいとかない?」

「うん……だいじょうぶ……」


まだかすれ声だが、少しは声が戻ってきたような気がする。

熱があったり震えたりといった症状はないので、風邪とかの病気というわけでもなさそう。

とはいえ、めぐるちゃんは事情が事情だけに心配になってしまう。



そんな時、急にわたしのスマートフォンが鳴り出した。


「あっ、お姉ちゃん!」


通話アプリの着信画面、相手の名前欄には「星隼ひかり」と表示されていた。




「もしもしそあちゃん?めぐるちゃんは大丈夫?」

「お姉ちゃん!うん、落ち着いてきたみたい。少しずつ喋れるようにもなってきてるかな。」


正直、このタイミングで掛けてきてくれたのは本当に心強い。

わたしはスマホをスピーカーモードにして、めぐるちゃんにも聞こえるようにする。


「ひかり、せんぱい……ありがとう、ございます。」

「ううんいいの。通話では初めましてかな、星隼ひかりです。そあちゃんと仲良くしてくれてありがとう。」

「いえ……こちらこそ、こんなこえでごめんなさい。」

「大丈夫だから気にしないで。声が出なくなったんでしょう?心配よ。身体がだるかったり、どこか体調悪かったりしない?」

「だいじょうぶ、です。のどをつかいすぎた、だけじゃないかなって。」

「そう、なら変に焦らずゆっくり休むのがいいかもしれないわね。」


確かに、そう言われてみればそんな気もするが。

わたしにはそういったことの知識は無いから、誰かにそう言ってもらえるとやはり安心できる。


「もう時間も遅いし病院も閉まっちゃってるだろうから……しばらくそこでゆっくりして帰るのがいいかもね。そあちゃん、めぐるちゃんをしっかり送ってあげて。」

「まかせて!元々そのつもり。」




こんな状況だけに、お姉ちゃんと話すのは安心感がすごい。

この頼りになる感じ、まさにお姉ちゃんというか、まるで本当の姉妹になっているような気がする。

こうやって話しながら、じっくり休んでめぐるちゃんがかなり喋れるようになるまで、お姉ちゃんは通話を繋いでくれていた。


「もうだいぶ落ち着いたかな?」

「はい……。心配してくださって、ありがとうございます。」

「いいの。あの状況を見てて、心配しない方が無理な話だし。」

「そうですね……みなさんにも、もう大丈夫だって知らせておかなきゃ。」


めぐるちゃんはアオイトリを開いて「だいぶ良くなりました。声も回復していますので!ご心配をおかけしました。」と投稿した。


「リスナーを安心させる心遣い、立派だよね。」

「うん。なんていうかめぐるちゃんの優しさを感じる。わたしも見習わなきゃ。」

「え、えっと……それを言ったら二人とも、ずっと私に付き添ってくれてありがとうっていうか。」


少し照れくさそうにするめぐるちゃん。

うん、かなり調子が戻ってきた。




「それにしても、なんでこんな、声が出ないなんてことになっちゃったのかな?」

「私、むかし喘息だったらしくて、気管が弱いっていうのはあったんですけど……」

「えっ、知らなかった!ごめん、わたし知らないうちに無理させてたんだ。」

「あ、いえ、ほんの2、3歳の頃の話ですし、もう治ってて発作が出たこともないんです。喘息の発作って感じでもありませんでしたし。」


とはいえ、そもそもめぐるちゃんが身体が強くないということはわかっていたはずだ。

それを忘れて無茶に振り回してしまったことは迂闊すぎた。


「私自身、楽しかったんです。友達とカラオケに来たことなんてなかったんですよ?これまで一度も。友達と一緒に、思いっきり歌ってはしゃいで、こういうことをしたかったんです。」


めぐるちゃんはそう言って目を伏せる。

口元が優しげに笑っているのは、本当にそう、楽しかったって思ってくれていることの証だろう。

それだけに、こんな形でその思い出が終わってしまったのが悔しくてならない。


「となるとあれだね、さっきのコメント。あれが来てからめぐるちゃんの様子がおかしかったし。」


しばらく通話越しで考え込んでいたお姉ちゃんが言った。

さっきの、とは、わたし単体での【歌ってみた】を見たいっていうあのコメントだろう。


「あんなの言われたら、誰だって傷つくもの。喘息の発作ってストレスも原因になるらしいし。それに、ショックで声が出なくなるっていう話も聞いたことあるし、喉が弱かったっていうのなら、そういうのが重なった結果だったんじゃないかな。」

「……それは……はい。そう、かもしれませんね。」


ふうっ、とひと息、ため息を吐き出してめぐるちゃんが頷く。

「実力差がある」なんてことを言われるのは心外だし、文句の一つだって言いたくなる。

あのコメントを見たときは正直わたしもイラッときたけど、めぐるちゃんにはそれ以上にショックが大きかったみたいだ。



ライバーとリスナーとで“お話しする”ことがコンセプトにあるIMAIRにおいて、両者の距離の近さは長所であり、短所でもある。

より親密に、心の通った会話ができる反面、心無い言動や悪気は無くとも刺さる言葉などで、時として傷付けられてしまうことがあるのも、残念ながら事実だ。


「実力不足なのは重々承知しているつもりではあったんですけど……」


伏し目がちに大きく息を吸って吐いて、それから真剣な目で呟くようにめぐるちゃんが言う。

言われた言葉の反芻をしているのか、その口ぶりは単調だが重かった。


「そんなことないよ。わたしに言わせたらめぐるちゃんだって上手い……というか、わたしが歌ったのって結構歌い慣れた、いわば練習してきた曲だし。むしろ、いきなり合わせられためぐるちゃんの方が上手いんじゃないかって思うんだけど。」


歌の上手い下手に関して、わたしだって大それたことを言えるわけではないが、めぐるちゃんが力不足と言われることには納得がいかない。

この場合、わたしからめぐるちゃんに何かを言って助けになるかどうかというと、それは難しいのかもしれないけれど。

それでも、あのように言われては黙っていられない。

何とかして言葉を紡ごうとするが、上手く伝えられている気はしない。


「うん……。ありがとうそあちゃん。」


なんだか申し訳なさそうなめぐるちゃんの笑顔が心に刺さるような心地だった。


「別にわたし、フォローしようとして言ってるわけじゃなくて……!」

「うん、わかってる。そうじゃなくてね。」


今度はもう少しやわらかい顔で、めぐるちゃんは遠くの方を見るような目をした。




「そあちゃんにはね、この前にも言いましたけれど……私、引退を考えてたんですよね。」


前に通話で話したあの時。

考えてみれば、このオフコラボをすることになった、そもそものきっかけでもある。


「そあちゃんが、ひかり先輩とみんなを楽しそうに巻き込んで盛り上がってて。ほら、先輩とのコラボでもさっきの配信でも、そあちゃんがグイグイ行くようになったなったくらいからコメントも皆さんのノリも凄くって。」

「それは私も思うよ。スイッチが入った時のそあちゃんは凄いから。こないだの配信の時も、一緒に配信してる私も思わずテンションを持ってかれそうなぐらいだったもの。」


お姉ちゃんがめぐるちゃんに同調する。

わたしとしては、ただ無我夢中だったことしか覚えていないのだけど……


「そあちゃんってね、見ている人を惹き込んでいくのが上手いんですよ。ちょっと不安そうで、でも一生懸命で。素直で裏表がないからなのかな、自然と気持ちが伝わってくるというんでしょうか。応援したくなるし、見ていて楽しいんです。」

「うん。間違いなく、そあちゃんの才能なんだろうね。」

「そんな姿を見てて、私は真似できないなー……って思って。」


めぐるちゃんの、眩しそうな視線がわたしを見つめてくる。

実際のところわたしはそんな器ではないし、買い被りだと思わないでもないが、それでも最近は少しずつ分かるようになってきた気がしていた。

お姉ちゃんに言われた通り、素直に、思ったままに配信することが、結局は一番みんなに楽しんでもらえているみたいだと。


「私はいろいろ勉強したり、話を合わせられるように集中して配信したりしていますけど、やっぱりどこか一歩引いちゃってる気がするんです。白血病のことは変に同情されそうでやっぱり言えないですし、でもそのせいで“普通”に生きてこられなかったからなのかな、何気ない話題で詰まっちゃったり、迂闊なことを言えないなって思って躊躇っちゃったりして。」



「……まって、“白血病”とか聞こえたきがするんだけど。なんか今すっごい重要な情報がサラッと出てきた気がするんだけど?!」


通話越しに、お姉ちゃんの混乱した声が聞こえる。


「あ、お姉ちゃんは知らないよね、そりゃ。めぐるちゃん白血病持ちらしくって……今は悪くないみたいなんだけど、治療のために中学では休みがちだったんだって。」

「初耳よ、それは……」

「ごめんなさい、話さないようにしてきたので……。白血球の値も正常値ではあるんですが、完全寛解にはなっていなくて今でも通院しています。そあちゃんとも実は病院で知り合ったんですよ。」

「え、まさかとは思うけど、そあちゃんもなの!?」

「あっ、違うよ!?わたしは健康そのものだし!ただわたしの“お姉ちゃん”……あ、現実リアルでのお姉ちゃんがね、で亡くなってて。それでたまたま同じ病院に行く機会があったってだけで。」


余計な心配をさせてしまった。

お姉ちゃんのここまで驚いた声、初めて聞いたかも。


「そっか、そあちゃん本物のお姉さんがいたんだ。……なんかそんな気がしてたから納得しちゃった。」

「ええー、わたしそんな妹っぽい?」

「うん。お兄さんがいるのもそうなんだろうけど、守りたくなるというか、妹属性だよね。」

「そうですね、愛されてるなーって思います。」


え、そんなになの?

できたらお姉ちゃんみたいなオトナの女性を目指してたつもりなんだけど……


「ちなみにそのお姉さん、亡くなってどれくらい経つの?」

「え、っと……4年前、もうすぐ5年になるのかな……」

「……そっか。」




沈黙が訪れる。

白血病、……話に上がるだけで重くのしかかる病。

それを我が身に背負っためぐるちゃんの重荷は、想像を絶するものなのだろう。

悩んで、苦しくなって……

こんなことを一人で抱え込むなんて、むしろ声が出なくなったりしても当然とさえ言えてしまうくらいに。





長いその静寂の後に、声を発したのはお姉ちゃんだった。


「めぐるちゃんは、さ。やっぱり病気のこと、みんなにお話しした方がいいんじゃないかな。」


ひと呼吸、ふた呼吸置いて、お姉ちゃんは続ける。


「私がリスナーだったら、誰よりもそのことを知りたいと思う。めぐるちゃんの配信に来るってことは、めぐるちゃんのことを知りたいっていうことだもの。どんな話をするかとか、盛り上がるとか盛り上がらないとかは二の次よ。さっきみたいに声が出なくなったりして、一番心配してるのはきっとリスナーさん達だから。」




そうだ。

リスナーのみんなはわたしたちライバーのことを本当によく見てくれている。

わたしが体調を崩して配信を休むってなった時も、何人ものリスナーさんが心配してアオイトリに返信リプライをくれた。


「ほら、見て。さっきのめぐるちゃんの呟きツウィート、みんなすっごい反応くれてる。」


わたしはアオイトリで先程のめぐるちゃんの呟きのページを開いて見せた。

さっきから1時間と経たない今の時点で、20件もの返信が来ている。


「みんな……」


めぐるちゃんの目に涙が浮かぶ。

こういう時、リスナーさんからの返信はとても心に響くんだ。




「多分だけど、めぐるちゃんはさ。辞めたくないんだよね?きっと。いつ此処にいられなくなるか分からない、それが怖いんだよね?」



お姉ちゃんは、優しい息づかいでそう言った。


「……はい。」


お姉ちゃんの言葉に、めぐるちゃんはゆっくり頷く。


「楽しいんです、IMAIRにいるのが。お話をするのが。そあちゃんがいて、リスナーの皆さんがいて、友達と一緒に過ごせてるみたいで!」


いつになく感情の揺れた、必死なめぐるちゃんの声を聞いた。


「こんな毎日が送りたかったんです。ずっと“書架屋めぐる”でいたいんです!いつそれが終わっちゃうか分からない。再発するかもしれないし、治療でそれどころじゃなくなるかもしれないし。不安で不安で……。だからといってそれをみんなにお話しして、それで離れて行っちゃったらって思うと、怖くて……」


泣き崩れるように吐露するめぐるちゃんを、隣でそっと抱きしめる。

そうだ、これがめぐるちゃんのなんだ。

いつか突然終わるかもしれない恐怖。

それでも楽しいと思える時間と、人に出会えたこと。

その時間を大切に、無くしたくないと思うからこそ、悩んで迷って苦しまなければならない。



わたしは“お姉ちゃん”のことを思い出す。

最期まで優しく、「お姉ちゃん」として接してくれたこと。

その時間を大事に思うからこそ、「お姉ちゃん」であることを、その居場所を変えないために、そうしていたのだということ。

不安に押し潰されそうになっても、それを見せないどころかわたしの心配をして、わたしのために笑ってくれていたのだろう。

それがどんなに凄いことか、どんなに大変なことだったか、今なら分かる。



わたしのお姉ちゃんはすごい人だった。

誰よりも強く、誰よりも輝いていた。

わたしはお姉ちゃんになりたかった。

その想いも、感謝も、わたしが伝える前にお姉ちゃんは行ってしまった。

お姉ちゃんからもらったもの、それをわたしは何も返すことができなかった。




―――流れ星に願い事を3回唱えると、願いが叶うんだって―――




「―――!」


そうだ。

まだ終わってなんかない。

わたしが伝えられなかった想いを、まだ伝えられていない人たちがいる。

伝えなきゃならない人たちが、いる。






「ねえお姉ちゃん!今日って何日?」

「わわっ!?どうしたの急に?」


いきなり大声を出したわたしに、お姉ちゃんもめぐるちゃんも驚いていた。


「今日は11月21日だけど……」

「極大は11月17日……もう過ぎてるけど、まだ大丈夫なはず。粘ったら、一つくらいなら……」


わたしはスマホである日付を調べて、考えを巡らせる。


「あの……そあちゃん?」


ブツブツと独り言を呟いているわたしに、おそるおそる声を掛けてくるめぐるちゃん。

そんな彼女に、わたしは勢いよく呼びかけた。


「めぐるちゃん!!これから流星群観察、しよう!!!」


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