第10話 声



「は〜っ、ちょっと休憩!」


それから何曲歌っただろうか。

わたしは勢いに任せて歌いまくり、めぐるちゃんもノリに乗ってついてきてくれた。


「そうですね……こほっこほっ、歌いすぎちゃった。」

「だ、大丈夫?」

「ええ……普段歌ったりしない分、喉を使いすぎちゃったのかも。」


わたしが調子に乗って歌いすぎたのに全力で乗ってきてくれるものだから、ついついそんなことまで頭が回らなかった。




「そあちゃん歌うの上手いから、一緒に歌ってると私まで上手くなった気分になれておトクですね。」

「そんなに差あるかなぁ。あたしだって、めぐるちゃんと歌ってたら楽しいし。なんかこう、シンクロしてる〜って感じがして。」


ただひたすらに“歌って楽しい”という感覚は、もしかしたら初めてかもしれない。

学校の友達とだと、アニメの曲とかの歌いたい曲が歌えなかったり、歌いたいわけでもない曲でも空気を読んで一緒に歌わないといけなかったりとかで、100%楽しむことができたことはなかったから。

なので今回、思いっきり歌いたい曲を、めぐるちゃんと一緒に思う存分歌えるのが、とても楽しくて仕方がない。

……しかし、今度はわたしの方がめぐるちゃんを無理矢理付き合わせているだけのような気もしてきた。


「あの、勝手にあたしだけ盛り上がってたらごめんね?めぐるちゃんも楽しめてたらいいんだけど。」

「ええ、大丈夫。そあちゃんと歌ってたら楽しいですから。さっき言ったみたいに、私まで上手くなった気分。そあちゃんと歌うの、楽しいよ。」


めぐるちゃんはどこかわたしを眩しそうに見ながらも、一緒に歌って楽しそうにしてくれていた。


【実際、そあちゃん上手いよね〜】

【声の出し方がアイドルっぽい!】


リスナーさん達も、わたしの歌をたくさん褒めてくれる。


「……こほっ、ですよね。声や歌を本職にできるタイプの声というか。【歌ってみた】とか出してみてほしいなって思います。」

「い、いや~、それはまだちょっとハードルが高いかな……。ってか、そのときはめぐるちゃんも一緒だからね?やるなら二人で【歌みた】出すから。」

「ええっ!?それこそ私には荷が重いかも……」

「そんなことないって!ね、みんな見たいでしょ?」


わたしの問いかけに、みんな【見たい見たい!】と応えてくれて、めぐるちゃんも「ええ~……」と言いつつも満更でもない顔をしている。

これは以前から考えていたことだ。

せっかくライバー同士として仲良くなれたのだから、一緒に何かひとつやってみたいな、と。

これは是非とも実現しなくちゃならないな……!



と、思ったのだが。




【歌は実力差があるというか、そあちゃんの方が上手いし、まずはめぐるちゃんと一緒によりもそあちゃん単体のが聞きたい】


そんなコメントが目に入ってきた。





正直、言葉に詰まってしまう。


「そんなわたし、実力あるわけでもないって!めぐるちゃんだって上手いし。あたしには出せない落ち着いた声とか低い音とか出せるし。」


そんな風に、いかにも何事も無かったかのように聞き流そうとしてみる。

が、なんとか波立てないようにと焦って声がうわずってしまい、余計に空気がおかしくなったような気がした。


「いえ、私としても自覚はありますし。私だってそあちゃんと一緒にっていうのは憧れますけど、まずはそあちゃんが一人で歌ってるのをみたいかな。」


めぐるちゃんの方はというと、さっきまでと様子は変わらずあまり気にしていないようだった。

なにやらわたし一人だけが空回っているような気がする。

思ったよりも、わたしが気にしすぎているだけなのかもしれない。


「でも、やっぱりめぐるちゃんと歌いたいな、あたしは……。」

「うん。ありがとうそあちゃん。」


めぐるちゃんは笑顔でそう答えてくれた。


【星隼ひかり:私も二人の歌ってみた、聞きたいぞっ!】


お姉ちゃんがそう言ってくれているコメントが目に入って、気持ちが明るくなった。

他のコメントでも、【僕も二人の歌ってみた見たいよ】といった声はいくつもある。

みんながみんなそれを望んでくれているわけじゃない。

それでも、わたしはめぐるちゃんと一緒に何かを作りたい。

全員じゃなくても、それを望んでくれている人がいるのなら、やってみたいんだ。




「―――さて!じゃあそろそろ次の曲いこっか!」


手拍子ひとつ、叩いてわたしは大きく言い放つ。

思いっきり明るい声で、切り替えていくことにした。


「何がいい?めぐるちゃん。」

「う~ん……そうだなぁ。」

「よし、じゃあまた『三十億光年』いこっか!」


最初に歌った「The Star Seeker」とは別の、例の映画の挿入歌のひとつ。

めぐるちゃんに誘われて観てから、アルバムも買って密かに練習していたからバッチリ歌える!

いつか二人で【歌ってみた】い、そんな気持ちも込めて。



曲を入れて、イントロが流れ始める。


「じゃ、この曲はめぐるちゃんから!」

「えっ!?うっうん!」


印象的な歌い出しの部分をめぐるちゃんに譲る。

めぐるちゃんの優しい声色は、この歌い出しにきっと合うはず!

ドラムのダカダカダカダカという音がスッと消え、一瞬の沈黙ののちにめぐるちゃんの歌が―――


「―――!」




始まるはずだった彼女の歌は、微かにかすれたような音以外、鳴り響かなかった。




「……めぐるちゃん?」


伴奏だけが流れていく乾いた空気の中、わたしはめぐるちゃんに呼びかける。


「大丈夫?めぐるちゃん……?」


誰よりも、めぐるちゃん自身がこの状況に戸惑っていた。

見ていた限りでは彼女は口を開いてマイクを握りしめて、いざ歌おうとしていたように見えた。

大好きな映画の曲を、張り切って歌おうと……

しかし、その“声”だけが出てこなかった。


「めぐるちゃん?どうしたの?」


わたしはめぐるちゃんに近寄り訊ねた。

すると彼女は喉を押さえて、絞り出すようなかすれ声で言った。


「こえが……でなくて……―――」


俯いてうずくまるめぐるちゃん。

それから「ごほっごほっ」と大きく何度も咳込んだ。


「大丈夫!?ちょっと、しっかり落ち着こう?めぐるちゃん、まずは咳が止まるまで無理しないで。」


わたしは背中をさすりながら、めぐるちゃんの手を握った。




【なになに、何が起こってるの?!】

【めぐるちゃんどうかしたの?】

【大丈夫!?】


コメントでもみんなが心配している。

わたしはまだ流れ続けている音楽を止めて、みんなに説明した。


「なんか、めぐるちゃんが声が出なくなったって……。みんな、ちょっと待ってね。」


めぐるちゃんの咳が止まらなくて、しばらくギュッと抱きしめながら背中をさすり続けた。

5分と少しするとようやく落ち着いてきたが、声は出ないままのようで、彼女は声を出そうとしてはしきりに首を傾げていた。


「やっぱり声出ない?」


うん、と頷いて意思を伝えるめぐるちゃん。

その目には涙が浮かんでいて、必死に喋ろうとしているのが分かる。


「無理して喋らなくてもいいから、まずは落ち着こう?」


もう一度頷いて深呼吸をするめぐるちゃん。

だいぶ落ち着いてきたが、声が出ないという状況にはわたしもパニックになりかけていた気がする。

あと一歩で頭の中が真っ白になりそうなところを踏みとどまれていたのは、わたし以上に心配して慌てふためいているリスナーさん達のコメント欄があったからかもしれない。


【星隼ひかり:とりあえず落ち着くのが先決だし、一旦配信を切ってもいいんじゃない?】

「あっ、うん分かった。そうだよね、もう1時間半は配信してるもんね。ちょっと終わり際にこんなことになっちゃって、心配かけちゃってごめんなさいだけど。ここで一旦終わります!」


【いいよ、充分楽しめたから!】【それよりめぐるちゃん大丈夫かな……】【そあちゃんめぐるちゃんを頼んだよ!】と、相変わらず優しいコメント欄のみんな。


「みんなありがとう。うーんと、また後で配信するかも?とにかく、めぐるちゃんとはまた一緒に配信したいな。じゃあまた今度。バイバーイ!」


慌ただしい感じにはなってしまったが、今はそんなことを言っている場合じゃない。

わたしはめぐるちゃんの分まで挨拶をすると、なんとか配信を終わらせた。

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