第9話 歌って吠えて褒められて



「みんな、聞こえますかー?」


わたしはいつものようにIMAIRでの配信を始める。

ただ、いつもなら自宅の自分の部屋で配信を行うのだが、今日はちょっと違っていた。


「今日はカラオケに来ています!予告通り、色々歌ってくよ〜!」


そう、今日はカラオケの部屋を借りての配信。

通称“カラオケ配信”と呼ばれるライブ形態だ。

この配信形態のために、IMAIRは最近、特定のカラオケ機種ならライブ配信で使用して良いという契約を取り付けた。

それ以降、こういうカラオケ配信をする人も増えてきている。

わたし自身、歌に特段自信があるわけではないのだけれど、「歌を聞いてみたい!」というリスナーさんからの要望を受けて、やってみる運びとなったのだ。




「そして〜っ、今回の配信は―――」


とはいえ、プロでもなければ実力があるわけでもないわたしの歌に、どれだけ需要があるかも分からない。

もしかすると興味を持ってくれない人は来ないか、来ても楽しんでもらえないかもしれない。

そこで。


「―――私がご一緒します!IMAIR学園の図書委員、書架屋めぐるだよ。本日はそあちゃん、よろしくお願いします。」

「えっ、あっはい、どーぞどーぞこちらこそよろしくお願いします。……あはは。」

「えっと、なんか初対面みたいな感じになってしまいましたね。」


言葉遣いの丁寧なめぐるちゃんに引っ張られて、なんとも余所余所しい挨拶を交わしてお辞儀までしてしまって、お互い苦笑する。



さて、お姉ちゃんに引き続き2回目のコラボだが、前回と違うのは、今わたしの目の前にめぐるちゃんがいることだ。

つまり、アプリや回線を通じて繋がるのではない、リアルで顔を合わせての配信。

俗に、オフコラボと呼ばれる方法だ。

通話アプリなどを通した時のノイズキャンセルや回線の弱さによるラグが全く無いのはもちろん、実際に会って話す分、距離感の近さも感じてもらえる。

特にこう「一緒に歌う」などといった繊細なことができるのはこの方法ならではだろう。


「えっと、じゃあ何から歌おうかめぐるちゃん。」

「んー、私たちの第一発目としてはやっぱりこれじゃないですか?」


初めから決めていたという風に、めぐるちゃんが曲を入れる。

耳に馴染みのあるイントロが流れ始める。


「あっ、これか。」

「でしょ?」


そう、このあいだからしょっちゅう耳にするようになった曲だ。


【おっ、三十億光年!】

【いきなり旬のやつ来たね】


リスナーさん達の反応も上々。

そう、記念すべきコラボ一曲目の曲は、例の『三十億光年の恋人』の主題歌「The Star Seeker」。

どこかで歌おうとは話していたけど、まさか一曲目に持ってくるとは。


「実はこの前、そあちゃんと一緒に観てきたんですよね!」

「うん、ものすごいオススメされてね。でも観てよかったなって思った。」


そんなわたしたちのやり取りに、【二人で観に行ったんだ!】【てぇてぇ】といったコメントが飛び交う。

ちなみに「てぇてぇ」とは「尊い」の崩した言い方らしい。

ライバー同士が仲良しそうにしていたり、掛け合いが幸せそうだった時に使われるとか。

……言われる方はかなり恥ずかしかったりするが!!




あの星の在り処を探そう

この世界のいちばん前と後が

ぶつかったあの朝に

ぼくらが二度と引き戻されぬように

あの星の在り処を探そう

夜明け 星明かりが見えなくなる前に

広い宇宙そらの端っこで

互いの光を目印にして

取るに足らない刹那でも

夢も現実も越えて

僕らは 確かに出会ったんだ




「ふう……」


ひとしきり歌い終えて、一息。


【888888888888】

【88888888】

【ヒューヒュー!】


コメント欄も賑わっている。

この「888888」というのは「パチパチ」、つまり拍手の代わりだ。

たくさんの人がわたしたちの歌に拍手をくれていた。

中には、[ブラボー!]とかサイリウム型のものとかのギフトを投げてくれる人も。


「Rさん、ゆうきさん、Pikazoさん、木林さん、拍手ありがとう。ミズキ先輩!?来てくださってたんですね!ありがとうございます。あっ、C-14さん!お姉ちゃんのリスナーさんですね。来てくださってありがとうございます。[ブラボー!]ギフトもありがとう。」


拍手やギフトをくれた人たちにお返事をしていく。

歌に対して、こうやってたくさんの反応がもらえるのは、アイドル歌手になったみたいでかなり嬉しい。


「みんな、ありがとう。どうかな、ちょっと間違えたかも?」

「ううん、そんなことないですよ、ね!そあちゃん歌上手いなぁ!」

「え、そんなこと初めて言われた……!」


不意に褒められて面食らってしまう。

リスナーさん達も、コメントで【上手いよそあちゃん!】【声が良いからね】と褒めちぎられて、照れくさくて顔が熱くなった。


「あ、えっと、その……、もー!やめてよ照れるから!!それに、声の良さならめぐるちゃんだってそうだよ!」

「でも私、普段カラオケとか来ないですし、歌い慣れてないですから。そあちゃんは、なんだか慣れてるみたいだし歌い方も堂に入ってるというか、聴いてるとこっちまで楽しくなっちゃうんですよね。」


たしかにカラオケなら、学校の友達に付き合って行くことも多かった。

なんだか「行かなくてはいけない」みたいな空気で気乗りしないことも多々あったのだが、そのおかげでこうやって褒めてもらえているのだから、人生何が功を奏するか分からないものだ。

最近はVライバーの活動で忙しくなって、ああいう息苦しい付き合いは減ったが、少しだけみんなに感謝したい気持ちになった。




「でもさでもさ、めぐるちゃんの歌声も素敵だよ?」

「えっ、そうですか……?なんだか私の場合、歌うと普段より高い声になっちゃうみたいで……」

「それがなんかイメージとギャップがあって良いんだよ!」

「そ、そんなこと初めて言われました……!」

「あはは、あたしと同じこと言ってる。」


あたしそあにはあたしの、めぐるちゃんにはめぐるちゃんの、それぞれの良さがあるということだ。


【星隼ひかり:そあちゃんとめぐちゃんの歌を聴けて幸せ。】

「なにしれっとお姉ちゃんまでいるのー!?」


いつの間にか、当たり前のようにコメント欄にいたお姉ちゃん。

最近は「妹を見守るのはお姉ちゃんの務め」とでも言わんばかりに、頻繁に配信に遊びに来てくれるようになっていた。


「ああ、ひかり先輩だ!来てくださってありがとうございます。」

「いやいや!めぐるちゃんのはともかく、わたしの歌なんて大したことないし、聴かなくてもいいから!っていうかめぐるちゃんだけで歌ってよ〜!」

「えー?そあちゃん上手いんですから自信持っていいのに。かわいいし、上手いし、ずるいくらいです!」

【ね、ずるいよね!】

「ねー!!」

「あー、もー!そんな風に褒められるの慣れてないんだってば!!」


とはいえ、やはり慣れない真剣な歌を改まって聴かれるのは気恥ずかしいもので、口をついて出るのはついついこういう照れ隠しの悪態になってしまうのだ。


「はい、次!次の曲!いくよ!なに歌う?!」

「あはは、そあちゃん話を逸らすの下手っぴだ。」


余計なお世話だい!

わたしは半分やけっぱちで、二人で「これを歌おう」と事前に打ち合わせていた曲や、とにかく自分の知ってる曲を入れまくった。

ここまで真っ赤にさせられたお礼だっ!


「もう!そこまで言うんだったら、めっちゃ歌いまくってやるんだから。めぐるちゃんにも、トコトンまで付き合ってもらうから!」

「そあちゃんに火が点いちゃった。よーし、望むところだよ、そあちゃん!」



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