第25話 カウントダウン
「───地球へ帰還した小惑星探査機「よだか2」が、先程11時12分、小惑星オトヒメのサンプルの入ったカプセルの分離に成功しました。」
テレビにニュースが流れている。
昨日わたしもそこにいた、相模原宇宙科学センター・「よだか2」管制室。
そこには、ミッション成功を喜ぶスタッフの皆さんが映っていた。
真ん中に映されているのは、プロジェクトマネージャーの戸田さん。
その隣でガッツポーズを決めたお父さんと、握手をして成功を祝っている。
お父さんたち、成功したんだ……!
間違いなく成功させてくれるだろうと信じていたとはいえ、やはり実際にその報せを聞くと高揚する。
そして、「わたしも負けてられない」って気持ちになる。
昨日の一件以来、わたしは忙しく動き回っていた。
できるものならわたしも同じようにあの場所でノボ兄たちの活躍を見ていたかったものだが、家族とはいえ所詮は部外者の身には叶わないことだ。
……否、今やわたしは“ただの部外者”ではない。
「
「あ、はい!」
スタッフの女性に案内される。
わたしは今、相模原宇宙科学センターの一室にいる。
連れられてきたこの応接室で、わたしの前に座っているのはなんと、この宇宙科学センターの所長さんだ。
「無事、本部からも許可が下りました。流石は天野さん親子の家族というべきでしょうか。なかなか大胆不敵で、行動力のある方ですね?」
「あはは……」
理知的で優しそうな、60代ぐらいの女性。
おばあちゃんというには若いけれど、孫を見るような目でそう言われて、少し照れくさくなる。
そう。
今夜、わたしは一世一代とも言える大舞台に上がる。
やること自体は普通のYourTube配信。
だがその意味合いは、今までの配信とは全く違うものになるはずだ。
アオイトリでも、わたし宛にたくさんの通知が来ていた。
いつものリスナーさん達がくれるいいねやリプライもそうだが、それ以外の人たちからの反応が特に目立つ。
それは何故か?
おそらくそれは今夜の配信告知が、今までにないほど拡散されているからだろう。
というのも、そのその告知ツウィートの拡散者のリストを見ると並ぶ見慣れない名前たち───JAXSA公式、「よだか2」公式、相模原宇宙科学センター、戸田プロマネ、etc.───およそわたしには縁がなかった面々のせいだろう。
今までVの世界を知らなかった人たちにも、認知してもらえている。
その配信のタイトルは、こうだ。
“テンタイカンソク! ~おかえり「よだか2」観測会!~”
「───ホント、そあちゃんって規格外っていうか。」
話を持っていった時、めぐるちゃんはあきれた顔でそう言った。
この配信は要するに、サンプルリターンを終えて再び宇宙へと旅立つ「よだか2」を観測しようという企画である。
もちろん、遥か上空を飛んでいる探査機を肉眼で見ることは難しい。
そこで、なんとJAXSAが各地の望遠鏡で撮影されるリアルタイムの観測データを提供してくれることになっている。
昨日の戸田マネージャーさんの言葉を足掛かりに、何とか実現にたどり着いた。
この観測データについては、実は各天文台の公式YourTubeで配信されていたりするから、その利用許可を取ることは十分に可能なことだった。
とはいえその許諾を一晩で取り付けることは流石に苦労した……
お父さんや戸田マネージャーさんの伝手があり、宇宙科学センターの所長さんの協力を得られたからこそだ。
この忙しい中でのこと、本当に感謝しかない。
「いいのですよ、若い人はがむしゃらに動いて、周りを巻き込んでこそ輝くものです。その行動力、信念、ひたむきな姿勢は、私たち年を取った大人にとっても頼もしく思えるものなんですよ。私たちはそうやって、ここまで進んできたのですから。」
応接室の壁にデカデカと貼られた「よだか2」の写真。
その隣には、先代である小惑星探査機「よだか」の写真も並んでいる。
宇宙開発……人類の科学の最先端。
この分野、ひいては人間の文明そのものも、こうした挑戦の果てに築き上げられてきたものなのかもしれない。
配信の開始は21時。
夜どおし調整と打ち合わせに駆けずり回っていたから、眠くて仕方がない。
準備はすでに、全て整っている。
少し仮眠をとって、配信に備えるとしよう。
【そあちゃんそあちゃん】
めぐるちゃんからメッセージが飛んでくる。
【大丈夫?】
【大丈夫だよ。めぐるちゃんこそ、身体は大丈夫なの?】
【うん。ここ数日はだるさもかなり良くなってきたから】
休止中ではあるが、今夜の配信にはめぐるちゃんも参加してもらう。
メインで話すのはわたしだが、途中からめぐるちゃんにも出てきてもらうつもりなのだ。
病室でIMAIRを開き、プライベート配信機能でわたしの配信と繋ぐ。
配信画面を確認するために、特別にめぐるちゃんの部屋にPCも持ち込んでもらった。
思えばお姉ちゃんとの最初のコラボでも、この方法を使ったな。
あの時はお姉ちゃんにリードしてもらいっぱなしだったけど、今度はわたしが自分で、この配信を成功に導くのだ。
「……ふあ……ぁ……。……よし!」
17時過ぎ。
自然とバッチリ目が覚めた。
寝ている間もお姉ちゃんの夢を見ていた気がする。
一緒に遊んでいた時のこと、配信で助けてもらった時のこと。
【歌ってみた】で試行錯誤したこと、ふたりでお母さんに料理を教わったこと、家族みんなで一番星を探したこと。
河原に寝そべって、星空を眺めていた時のこと。
大切な思い出がたくさんあった。
でも、これからしたいこともたくさんある。
まだまだ話したいこともいっぱい。
まだまだ決して、「思い出」だけじゃ足りない。
顔を洗って、サンドイッチを軽く食べて、それから配信の準備を整える。
配信画面の確認、YourTubeの待機画面の確認、IMAIRとの連携のテスト。
【こちらは用意できています!】
【はい、JAXSA側も最終の確認はできています。「どうぞ上手く使ってください」「成功をお祈りしていますとお伝えください」とのことですよ。】
【私も準備完了です。といっても私は、IMAIRを開くだけですが……】
めぐるちゃんや所長さんとの最終確認のやり取りもした。
万が一に備えて、配信中のJAXSA側との調整役としてノボ兄も別室で控えてくれている。
そうして全ての準備を整えても、配信まではまだ2時間あった。
こういう時は下手に何かをするよりも落ち着いて集中するのが良いのかもしれないが、あいにくそこまで図太くはなれなかった。
なら余った時間は、最後に「台本」を読み返そう。
今回の配信には「台本」も用意している。
といっても、喋る一言一句をガッツリと決めてあるものではなく、大まかに話す内容や流れを書き出しておいただけのものだ。
配信が始まったらまず自己紹介。
それから簡単に今回の配信の経緯を説明して、小惑星探査機「よだか2」について詳しく紹介する。
「銀河の誕生当時からあると言われている小惑星に探査機を飛ばし、そのサンプルを持ち帰ることで宇宙の誕生に迫るという、「よだか」プロジェクトが始まったのが1985年。今回地球に帰ってきた探査機「よだか2」はその2代目にあたり───」
JAXSAの公式の資料や検索して調べた内容に、自分の知識を付け加えて作った説明文を、声に出して読んでいく。
わたしたちがこれから捉える「よだか2」が、どのような背景を持って飛んでいるか。
このミッションで成し遂げられた成果にはどのような意義があるか。
それを知った上で見てもらうことで、実際にその姿を目にした時の感動は大きくなる……───
「───違う、こんなのじゃない!」
これじゃあダメだ。
わたしは印刷した資料を床に叩きつけた。
こんな専門的な知識やマニアックな宇宙開発の歴史を語るだけで、本当に楽しんでもらえるのか?
聴きに来てくれる人は、こんな“お勉強”をしたいから来たわけじゃない。
何より、わたし自身が読んでいてつまらない。
わたしは星を見るのが好きだった。
宇宙について、想いを馳せるのが好きだった。
わたしたちにとって星空は近く、宇宙とは手を伸ばせばいつかは届く場所にあった。
空は、星は、わたしたちにとって大切な
そして今ではそこに、本当に大切な“家族”がいる。
絶対に帰ってきてほしいと願う“お姉ちゃん”が……
「大丈夫、まだまだ時間はある!」
ノートにさらさらとメモを書き連ねる。
わたしがこの配信で、何を話すべきかを。
みんなと一緒に、この地に帰ってくる“星”を見る。
ここでわたしが今、したいことは……!
「……よしっ。」
これでいいだろうと手を止める。
ずらっと書き並べたわたしの想い。
完成したノートの走り書きを見て、わたしは頷いた。
気が付けば配信の10分前。
気の早いみんなが、配信の待機画面で【待機】とコメントをして待っていた。
ふと、スマホにノボ兄からメッセージが入る。
【チヒロ。いや、
【うん。ありがと、ノボ兄。】
ノボ兄も応援してくれている。
お姉ちゃんも観には来れないだろうけど、きっと
【そあちゃん、がんばろうね】
【まかせて!】
めぐるちゃんともメッセージを送りあう。
みんな、準備は整ったようだ。
心がどこかざわついていた。
ワクワクと、ドキドキと、切なさと、不安と。
何かが始まりそうな、何かが待っているような、そんな予感に胸がふるえ、同時に武者震いもおぼえながら。
いよいよ始まる。
ここが、わたしに与えられた最高の舞台。
何者でもなかったわたしが、お姉ちゃんを目指してVライバーになって、めぐるちゃんと一緒にその背中を追いかけた。
わたしにはやりたいことが……やるべきことがある。
ただひたむきに進み続けてたどり着いた、この場所で───
あと10秒。
さあ、始めよう。
わたしは配信開始ボタンにカーソルを合わせた。
そして、口に出してカウントダウンをする。
「3、2、1───!」
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