第20話 本心



「―――そあちゃんっ……どうしよう、midoriさんの所にもひかり先輩の引退についての問い合わせのDMが寄せられてるみたいで……!!」




midoriさんといえば、わたしたちの初の【歌ってみた】動画のイラスト素材を描いてくれた絵師さんだ。

お姉ちゃん───ひかり先輩の引退以降、お姉ちゃんの熱心なファンの中の一部の人たちから引退についての問い合わせのDMダイレクトメールが何件も届いていた。

わたしたちも詳しい経緯を知らない以上、リスナーの皆さんにも正直にそう発表することしかできなかったのだが、それだけでは到底納得できないという気持ちも分かる。

だからといって、こんな風にお姉ちゃんと関わりのあった人に手当たり次第に聞いて回っても意味は無いし、相手方にも迷惑だ。



とにかく早急に対応しないといけない。

わたしは急遽midoriさんにアオイトリのDMに連絡する。

midoriさんとのやり取りは全部お姉ちゃんがしていたから、連絡を取るのは初めてだ。



そうして連絡を取り合い、ご迷惑をおかけしていることを謝罪する。

お話をさせてもらって初めて判ったのだが、どうも歌のMixを担当してくださったコンポーザーの方の所にもこうしたファンからの問い合わせが来ているらしい。


「どうしよう……そあちゃん……!」

「落ち着こう、めぐるちゃん。とにかくこれ以上影響が広がらないように、お姉ちゃんのファンの人たちに注意喚起しなきゃ。」


お二人ともわたしたちには同情的で、「自分たちは大丈夫だから」と言ってはくれたけれど、このままこの状況を放っておくのはまずい。




【現在、わたしたちの【歌ってみた】動画に協力していただいた絵師様やコンポーザー様に対して星隼ひかりについての問い合わせをしている方がおられるようです。お二方はこの件について全く関係のない方ですので、ご迷惑となりますので問い合わせは絶対にお止め下さい。彼女の引退については現在、発表されている以上のことは公表できませんのでご了承ください。】


わたしは「テンタイカンソク」のリーダーとして、先の迷惑行為をしている人たちに対する忠告を発信ツウィートする。

気の進まない嫌われ役ではあるが、お姉ちゃんの妹として、「テンタイカンソク」の一員として、わたしにはこの事態をなんとかする責任がある。



お姉ちゃんのファンの人たちだって、お姉ちゃんのことを心配している人がほとんどだろう。

だからといって、お二人の手を煩わせることが許される訳ではない。

それに、あのお二方に限らずわたしたちですら、誰もお姉ちゃんのことを知らないのだから。

お姉ちゃんがどこにいるのか、どんな事情があるのか。

デビューする以前や活動外での姿を知る人は、誰も……




【絵師さん、Mix師さん、それにお姉ちゃんにも迷惑がかかるから、関係のない人に問い合わせることはしないでね!お願いします。】


ファンだからこそ、お姉ちゃんにまた会いたいからこそ、こうした行動に出てしまっている人がいるのだと思う。

それはお姉ちゃんを想う気持ちの裏返し。

だからきっと伝わるはずだ。




「ごめんね、そあちゃん。私、何もできなくて……」

「大丈夫だよ!めぐるちゃんは大変な時だもん。何よりもまずは自分のことに集中してほしいから。」


めぐるちゃんはやはり覇気のない声で、どうにも弱気な様子が感じられる。


「……」

「めぐるちゃん?」

「えっと……」


その微妙な“間”に言外の何かを感じて先を促す。

言い出そうとして躊躇っている、そんな雰囲気が彼女から感じられた。


「……。私が『テンタイカンソク』に入らなければ……私の都合のせいで動画の公開を無理に早めさせてしまわなければ、少なくともこんなややこしい事態にはならなかったのかなって……」

「それは全然何も関係ないよ!そもそもお姉ちゃん自身が先月公開するって決めてたはずだよ、めぐるちゃんが休止するって言ったのよりも前に。それに問題を起こしてしまってるのはお姉ちゃんのファンの人たちだし……『テンタイカンソク』が無かろうが、お姉ちゃんが引退ってなったらどの道こういうことが起こったかもしれない。めぐるちゃんが悪いことなんて、何もない!」


思いつめた様子のめぐるちゃんに、思わず語気が強くなる。

ここまで悲観的になった彼女を見るのも久しぶりだ。



去年を思い出す。

秋、通話したとき。

冬、オフコラボのとき。

めぐるちゃんはいつも悩んでいた。

「テンタイカンソク」を組んでからはそんな素振りを見せなくなったけれど、不安はずっと抱え続けてきたんだろう。


「分からなくなってきたんです、私がいていいのか。私にだって伝わってきます。ひかり先輩がいなくなって、そあちゃんだって辛い思いをしてるのが。なのにそれを表に出さずに、そあちゃんは『テンタイカンソク』のために頑張ってる。私の帰ってくる場所を守ろうとしてくれてる。私には何もできないのに……!」

「……うん、守るよ。また一緒に活動したいもん。」

「でも……!ひかり先輩は引退しちゃって、私だってちゃんと戻って来られるか分からないんです!今の抗がん剤が本当に効くのか、予後がどうなるか。どれだけ長引くかも分からない。もし効かなかったら、今度は移植手術です。一体どれだけかかるか……お父さんお母さんにもどれだけ迷惑をかけるか。治療が終わるかどうかすら分からないんです。」

「大丈夫、治るまで……帰って来れるようになるまで待つから。」

「どうしてそう言い切れるんですか!そあちゃんだって、いつまでもVライバーを続けられるわけじゃない。今は学生ですけど、いずれ卒業して大学に行くなり就職したりするでしょう?リアルでの卒業を機にVを卒業するライバーさんだっていくらでもいます。いつ帰ってくるか分からない私を、いつまでも待つなんてできるわけがないんです……!」


スマホの通話越しに聞こえる声が音割れする。

いつになく感情を露わにしているめぐるちゃん。

直接は見えないけれど、鼻をすする音で涙のにじんだ顔が思い浮かぶ。




「嬉しいんです、そあちゃんが私たちのために頑張ってくれていることは。でも、私は……―――」


言葉を詰まらせるめぐるちゃん。


「―――……っ!」


先ほどからずっと感じている、彼女の躊躇ためらい。

そこには何か、大事な本心が隠されているような気がしていた。


「……うん、聞かせて?」


わたしは背筋を伸ばして、改めてその先を促した。

めぐるちゃんの本心。

そこに、わたしの知りたい何かがあるような確信があった。




「私は……―――」


ひと呼吸おいて、彼女は話し始めた。


「私は……ね。満足しちゃったんです。私たちで【歌ってみた】を出して、みんなに受け入れてもらえて……。この世界に、この世に、私が生きた足跡を残せたって。誰かの記憶に残るって、忘れられないって……」


涙を拭い、めぐるちゃんは続ける。


「もし私がこのままいなくなっても、私のことを覚えてくれている人がいる。いつも配信に来てくれていた人、【歌ってみた】を見てくれた人、そあちゃんやひかり先輩との繋がりで知ってくれた人……。そして何より、そあちゃんが―――私たちのためにここまで力を尽くしてくれているそあちゃんなら、絶対に私のことを忘れないって。私が生きた証は、そあちゃんが証明し続けてくれる。なら私はもういなくなってもいいかなって……っ……」


絞り出すように言葉を紡ぎ出していためぐるちゃんは、ひと言ひと言、大切なものを並べるように噛みしめながら、最後にこう締めくくった。


「…………思い残すことはないな、って。」




憑き物が落ちたようなめぐるちゃんの声を聞いて、わたしはようやくめぐるちゃんを理解したような気がした。

彼女はずっと、立ち去り方を探していたのだ。

“引退”の仕方を―――Vとしてだけではなく、人生そのものからの。

白血病……という、否応なく“死”を意識せざるを得ないものに向き合う中で、避けては通れないことだったのだろう。



そしてそれは、わたしが探していた答えでもあった。

ずっと考えていた―――“お姉ちゃん”は、最後の時間を何を想って過ごしていたのだろうと。

お姉ちゃんはそれまでと変わりなく、わたしたち家族に優しく接していた。

少なくともわたしは、お姉ちゃんの暗い表情を見たことがほとんど無かったように思う。



お姉ちゃんはきっと分かっていたのだろう、わたしたちがこれからもずっとお姉ちゃんの影を感じながら生きていくのだということを。

ノボ兄たちが探査機にお姉ちゃんの名前を付け、わたしがお姉ちゃんの“代わり”というほどにお姉ちゃんを目指し、これからもずっと忘れずに生きていくことを。

それを信じていたからこそお姉ちゃんは、あんな風に優しく笑っていたのだろう。

残されたわたしたちに辛い思いをさせることは分かっていても、同時にその想いがとても嬉しいものだったから。

だから、お姉ちゃんも「思い残すことはなかった」のだろう―――





「―――……そっか。だからお姉ちゃんも……」

「……そうだな。」

「えっ……!?」


不意に後ろから声がして、心底びっくりして振り返ると、ノボ兄がキッチンの方でこちらを見ていた。


「の、ノボ兄っ!?いつからっ!」

「いや、最初からここにいただろ。めぐるちゃんとの話が始まったから部屋に引っ込んでたけど、リビングでそこまで大声で話してたら関係なく聞こえるからな。中途半端に聞くのも居心地が悪いし、ここで黙って聞かせてもらってた。」


全然気づかなかった……

話に夢中だったからか、ノボ兄がいることなんて完全に頭から抜けていた。


「勝手に聞いちゃって悪いね、めぐるちゃん。でもおかげで、妹の―――ヒスイのことを思い出させてもらったよ。チヒロも、めぐるちゃんには話してたみたいだな?」

「あ、いえそれは別に……そあちゃんのお姉さんのことは、前に。この前配信で話したように、私も白血病なので、そのことを打ち明けたときにそあちゃんから聞きました。」

「そうか。……なんだか、今頃になってあいつの想いに触れたような気がしたよ。俺と父さんは「よだか2」の運用チームでね。あの探査機の別名は「翡翠かわせみ」っていって、ヒスイにちなんだ名前を付けたんだ。それが欺瞞だってことは分かっていたけど……もしかしたら、あいつも喜んでくれているのかな。」

「きっと……嬉しいと思います。自分の名前を受け継いだ探査機が、偉業を達成しようとしているんですから。それを、お兄ちゃんたちと一緒に成し遂げることができる……素敵だと思います。」

「……ありがとう。」


そう言ったノボ兄の目にも、涙が光っているように見えた。


「ノボ兄……」

「ははは……柄でもない。」


ノボ兄は、誤魔化すようにわたしの髪をわしゃわしゃする。

わたしは「もう……」と悪態をついたが、ノボ兄は気にせず話を続けた。


「実はあの探査機は君らとも縁があってね。「よだか」に「よだか2」……1号機から続いてるこの名前だけど、実は元々別の名前だったんだ。変更になった理由までは知らないけど。元々この探査機の計画は、「はやぶさ」計画と呼ばれていたんだ。」

「!」

「ははは……すごい偶然だよな?“星隼ひかり”……初めて聞いたときは目を疑ったものだが。それがチヒロの、そあの“お姉ちゃん”になったっていうんだから。運命だったのかもしれないなって、今じゃ思うよ。」






───本当に、“偶然”なんだろうか?

「隼」の名を冠した探査機、そして“星隼”ひかり。



すぐにスマホで検索してみる。

確かに、百科事典サイトに載っていた。

小惑星探査機「よだか」の項。


「『この小惑星探査計画は計画時点では“隼プロジェクト”と呼ばれており、実行に際して多くのトラブルや困難に直面し、縁起のために名称の変更が行われた』……」


調べれば出てくる以上、ただの偶然ということはあるまい。

なにせ、星隼ひかりお姉ちゃんのデザインには明らかにそれを意識したものが散りばめられているのだから。

星をあしらったアイドル風の衣装に、翼をかたどった袖、星空をたたえた長い髪の、お姉さん風の容姿。

そして極めつけが、髪飾りにあしらわれた人工衛星の意匠。

翼のように広げた2枚の太陽光パネルに黄金色の本体のそれは、どう見ても「よだか2」のものにしか見えなかった。

ここまでそっくりそのままの要素だらけなのだ。

“星隼ひかり”という命名は、意図的なものだった可能性が高い。



そして今日判明した「よだか2」の

翡翠かわせみ”……読み方を換えると、「ヒスイ」。

今わたしには、二人の大事な“お姉ちゃん”が、どうしようもなく被って見えて仕方がなかった。





確かめたくなった。

方法はない。

誰も、V星隼ひかりとしての姿以外の彼女を見たことがないのだから。

それでも何かないだろうか。

お姉ちゃんの存在を手繰る糸口が。

藁にもすがる思いで絵師さん達に当たってしまうファンの人たちの気持ちが、よく分かるような気がした……






「…………あっ───!?」



一人、いた。

彼女が“星隼ひかり”になるより以前、デビューする前のお姉ちゃんを知っている人が。


「ノボ兄っ!!」

「わっ!?なんだよチヒロ?!」

「あの人だよ!あの人に聞いてみなきゃ!!」


急に振り返ったわたしに、飛び上がらんばかりにビックリするノボ兄。


「ノボ兄の知り合いなんだよね?───!」


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