第7話 出会いは突然に



「―――あの……もしかして。そあ、ちゃん……ですか?」




その一言に、わたしは凍りついた。

Vライバー宙路そあ。

その存在はあくまでVバーチャル世界の上での存在であり、その“中身”であるが姿を見せるのはNGだ。

中には手足だけ、首から下だけならといってリアルの姿を見せている人や、顔出しまでしている人もいないではないが……賛否も分かれていて、決して不用意にしていいものではない。

できれば顔バレは避けたい……



しかし、なぜわたしが“宙路そあ”だと分かったのだろう。

アオイトリSNS」を開いている時にスマホを覗かれた?

いや他人の画面なんてそんなに注目するものじゃないし、ましてや画面の内容まで分かるとは思えない。

そこまでガッツリ覗かれていたらさすがに気づくだろうし。

それに、さっきの声には聞き覚えが……?




「その声、うっすら入った髪のメッシュ……やっぱり、そあちゃん……ですね!」


その声を聞いて、一気にピンと来た。

可愛らしいけど低めの声、丁寧な口調。

そして配信でも話したことのないこの髪のメッシュのことを知っている人といえば……


「も、もしかして、めぐるちゃん!?」






まさに奇跡と言うべき出会いだった。

世界は狭いとは言うが、この広い日本の中のこの街この場所に、まさか昨日話したばかりのめぐるちゃんがいるとは。


「びっくりしたよー、まさかこんなに近くに住んでたなんて。」


聞けば、彼女もまたこの病院に用があって、その帰りなんだとか。

そこで偶然わたしを見かけて、昨日話した髪のメッシュをしている子だったから、もしかしたらと思ってずっと様子を窺っていたらしい。

そしてさっきのアオイトリでの「病院終わり」の呟きツウィートが決め手だった、と。


「ええ、私もまさかそあちゃんに会えるなんて思いませんでした。お互いの家も、電車で行き来できるくらいの距離なんですね。」

「そうだね、ホント奇跡としか思えないよ。ずっとバーチャル上での友達なんだと思ってたのに、まさかリアルでも会えるなんてさ。」


不思議な感覚を覚えている。

現実リアルの友達よりも「友達」らしいとさえ思った相手が、まさかリアルでの友達として今、目の前にいるのだから。


「めぐるちゃんは―――って、こっちリアルでもライバーの名前で呼ぶのもアレかな?」

「別に良いんじゃないでしょうか。それに、下手に本当の名前で呼び慣れちゃったら配信でも呼んじゃいそうですし……」

「たしかに、それは怖い!」


お互い身バレは避けたい。

今回はめぐるちゃんだったから良かったが、リスナーさん相手だったとしたら気まずいことになったかもしれない。

決定的な情報は配信では話していないつもりだけど、今後はもっと気をつけるべきだろう。

ちなみに、今聞いた彼女の名前は「星川ほしかわ メグミ」。

ライバー名とほとんど同じ本名、油断すると本当に混同してしまいそうだ。

気をつけないと……



ともあれ、せっかく会えたのだ。

このままバイバイというのも寂しい気がする。

幸い、お互いこれからの予定もないということで、彼女が提案してきたのが……




「映画?」


バスで駅に向かいながら、めぐるちゃんは「映画館に行きたい」と言ってきた。


「ええ。昨日の配信で言ってたでしょう?『三十億光年の恋人』、まだ観てないって。」

「でも、めぐるちゃんはもう観てるんだよね?2回目になっちゃうけど、いいの?」

「えっと、逆に何の問題があるの?……って思うくらい、2回3回と同じ映画を観るのって私には普通のことですから。むしろ、また観たいの。あれは何回でも観れちゃう。リピーターさんも多いみたいですし、何回も何回も観に行く人がたくさんいて、それが大ヒットに繋がっているのかもしれませんね。」


楽しそうに語るめぐるちゃん。

わたしの身の周りでも観たという人は多くて、気になってはいた。

でも映画を観に行く習慣もないし、自分から観に行こうって思うことはなかっただろうから、これはちょうどいい機会かもしれない。


「でもめぐるちゃん、あまり外を出歩けないって言ってたような。大丈夫なの?」

「ええ。身体が弱いといっても体力が他の人と比べるとあまり無いってくらいで、今は大丈夫なんですよ。何時間も歩くとかはともかく、電車やバスで映画館に行くぐらい、どうってことは。むしろ、友達と映画なんてほとんどないですから、行ってみたいんです!」


そう言われて嫌な気はしないし、応えない義理はない。

そんなわけで、わたしたちは駅の近くのショッピングモールの映画館でその映画を観ることに決めた。

ちなみにめぐるちゃん、映画のことを余程気に入っているのか、上機嫌に鼻歌を歌っていた。


「〜♪」


耳に覚えのあるメロディーだった。

たしかこの映画の主題歌だった気がする。

映画の予告やCMコマーシャルで聞いたことがある。

楽しそうだなぁと微笑ましく見ていたら、めぐるちゃんは恥ずかしそうに俯いた。


「あっ……つい。」

「そんなにお気に入りなんだ?」

「えっと……その、ふとした時に、ついつい歌っちゃって。」

「わたしも、いろんな所でよく聞くからサビだけは覚えちゃってるな。“あの星の在り処を探そう〜”って、なんかそんな感じだったっけ、たしか。」

「ええ。お店とかでも流れてますよね。」




あの星の在り処を探そう

夜明け 星明かりが見えなくなる前に

広い宇宙そらの端っこで

互いの光を目印にして

取るに足らない刹那でも

夢も現実も越えて

僕らは 確かに出会ったんだ



めぐるちゃんが、歌のフレーズを口ずさむ。

映画のキャッチコピーの「宇宙を越えた、奇跡の出会い」、その言葉に違わぬ歌詞である。


「奇跡の出会いかぁ……。でもそれを言ったら、わたしたちだって充分奇跡の出会いだったよね。」

「ですね。しかも、いつも来ている病院で。もしかしたら、これまでに知り合ってた可能性だってあったかもしれないし。それでもIMAIRを介してVライバーとして出会って、いろいろお話しして、それからこうして会ったんじゃなければ、こんな風に一緒に映画に行こうなんて言えなかったかも。私、人見知りだし……」

「それはわたしもだよ〜。わたしだってめぐるちゃんに誘われたんじゃなかったら、映画に誘われたって、行こうかな?なんて思わなかったかも。」


普段映画なんて興味もないのに、めぐるちゃんに誘われたから行くというのも、我ながら“チョロい”気もするが。



そんなこんなで、めぐるちゃんと一緒に例の映画を観て。

どうなったかと言うと……






「すっごいね!よかったよ、泣いちゃったもん!」


映画館から出てきたわたしたち。

わたしはめぐるちゃん相手に、大袈裟なくらいに感動を語っていた。


「ふふふ、気に入ってくれてよかった。」

「うんうん、めっちゃくちゃ面白かった!観に来てよかったぁ、めぐるちゃんのおかげだよ。」


うん、我ながらやっぱり“チョロい”なぁ。


「何千年ぶりに現れた彗星の力で奇跡が起こって、二人が出会ったっていうのが面白かったかも。」

「そのあたりはファンタジーでもあるけど、なんだか不思議と信じられるんですよね。」

「基本は神社とか神様とかの神秘的な感じだけど、ほんの少し科学的というか実際にあり得そうなことが入ってると信じちゃいたくなるね。」


映画には彗星の他にも宇宙にまつわる不思議なお話や設定が出てきて、わたしとしてはどうしても興味を惹かれざるを得なかった。


「彗星がやって来たことで、その引力で小惑星の航路がズレて。」

「小惑星が落ちて崩壊した故郷から引っ越して主人公と出会って。」

「故郷を救うために協力するけど、結果二人は“出会わない”ことになってしまったなんて。最後、また出会えてほんとによかった。」

「ね。これまでのあの監督の作品だと、最後まですれ違ったままで終わりっていうことがほとんどらしくて、今回も最後の最後までどうなるかヒヤヒヤしたってファンの人ほど言ってますね。」


フードコートで遅い昼食を取りながら、二人して感想を語り合う。

普段映画を観ないわたしがここまで夢中になって話すというのも、我ながら珍しいと思う。

それだけこの作品がすごいのか、それとも映画というものそのものが持つ魔力か。



しかしこんな体験ができたのも、さっきめぐるちゃんと出会えたおかげ。

映画のキャッチコピーは「奇跡の出会い」だったが、なに、現実だって負けていないほどに奇跡の塊なのだ。


「つくづく出会いって運命だなぁ。」

「ああいう運命の出会いって、やっぱり憧れちゃいますか?」

「ああうん。そうじゃなくて、わたしたちが出会えたのも運命だったなって思って。ホントのホントの偶然でめぐるちゃんと出会えたわけだし、このためだと思ったら病院に行ってたのも無駄じゃなかったなって。」


正直、今日病院に来るのは気乗りがしなかったが、結果的には本当に来てよかったと思う。

もしすっぽかしてたりしたら、こうしてめぐるちゃんとは会えなかったのだから。




「そういえばそあちゃん、健康診断に来てたって書いてましたね。」

「あー、それね……。健康診断っていうのはギリギリ嘘じゃないレベルの詭弁ミスリードだったりするんだよね、実は。」


バツの悪い心地になりながら、わたしは苦笑して言った。

めぐるちゃんはキョトンとした顔になる。


「んん??それは、ただの健康診断じゃないってこと?」

「うーんと……。あのね?」


声をひそめて、そっと彼女の耳元にささやく。


「笑わないでね?……今日はね、検診の結果を取りに来ただけなの。その、特定検診のね。」


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