第5話 仲間、友達、そしてライバル


IMAIRにはたくさんのVライバーがいて、みな思い思いの形で配信をしている。

リスナーは気ままにいろんな配信者ライバーと交流できるし、配信者もまた一人のリスナーとして他の配信者さんの配信を観に行ったりする。

そうして繋がった縁が深まって、配信者同士が仲良くなったりして、Vの世界はどんどん広がっていく。

そこはVtuber界隈といえど現実の交友関係と何ら変わりはない。



わたしもその例に漏れず、他の配信者さんの配信にはよく遊びに行く。

特にデビュー時期の近い配信者さん、いわゆる「同期」の仲間の配信にはついつい足を運んでしまう。


「えっと……はい、皆さんお待たせしました。」


ささやくような声とともに、スマートフォンの画面に物静かな雰囲気の女の子が現れた。


「お帰りなさい皆さん。あ、そあちゃん来てくれたんだ!ありがとう。あら、初見さんもいらっしゃいますね。はじめまして。私、電脳空間にある高等学校、IMAIRアイメル学園の図書委員、書架屋めぐると申します。どうか、よろしくお願いします、ですよ。」


どこか淡々と、しかし心地の良い喋り方で話すこの子も、わたしの同期の一人。

めぐるちゃんとはお互いの配信枠に遊びに行ったりしていて、IMAIRライバーの中でも一番あたしと仲の良いと言える相手だ。


「ふふ、そあちゃんが来てくれてて嬉しいな。」


やはりリスナーにとって配信者ライバーの存在は特別なもの。

そしてIMAIRの場合お互いがお互いのリスナーでもあるから、配信に来てくれるのは一般のリスナーさんたちとはまた違った嬉しさがあるものだ。

あとは単純にお互いが「友達」だと思っているから、だろうか。


【宙路そあ:できるんだったら毎回来たいよー!】

「そう言ってくれて嬉しい。でも、時間が合わない時は仕方ないですから。」


彼女の配信は平日でも昼間にあることが多い。

わたしは平日は学校があるから、どう頑張ってもその時間帯の配信は聴くことはできない。



そもそも、Vライバーをやっている人が普段どんな生活を送っているのか、それは誰にも知りようがないのだ。

わたしのような高校生もいれば、働いている社会人の大人もいる。

IMAIRは配信活動だけで生活していくような“本職”としてVライバーをやる人向けに特化した場所ではないから、皆それぞれの生活を送った上で活動している人がほとんどだ。

だから「友達」だと言ったとしても、“めぐるちゃん”が同じ年代の子であると決まっているわけではないし、むしろ配信の時間帯を考えるとわたしと同じ“高校生”ではない可能性が高い。



でも。

だからこそ惹かれるのかもしれない。

見ているもの、知っているものが違うからこそ、毎回新たな発見や気付きがある。


「【『三十億光年の恋人』って知ってる?】って?ええ、知ってます。観ましたもの!最近話題ですよね。若干ファンタジーテイストのあるアニメ映画で万人向けですよね。あの監督さんの作品って実は初めて観たんですけど、今までよりも取っ付きやすい作風になっているらしいですね。お話も面白かったし、話題になるのも不思議じゃないなって思います。」

【わたし、まだ観れてないんだよね】

「そうなんだ。じゃあやっぱりネタバレは無しかな。でも面白いから!そあちゃんにも是非オススメしておきますね。」

【めぐるちゃんにそう言われたら、余計に気になるよっ!!】


リスナーからの話題に、彼女は如才なく応えてみせる。

知識や経験、見たものをどう捉えるかの感覚とセンス。

最新のニュースやトレンド、それらを話題に変え、聴いている人を楽しませるスキル。

文学少女然とした見た目に違わず、めぐるちゃんは知識も豊富で様々なことに精通していて話題にも事欠かない。


「映画と言えば、『マチルダの瞳』も柳川文学賞作品の映画化だってことで話題になっていましたけど。こっちは映画観れてないんですよねー。原作は読んだんだけどなぁ。『三十億光年』に話題さらわれちゃった感じで、ちょっと残念かもですね。」


わたしは小説なんて全然読まないし、映画についても話題になってるとは聞いていても結局まだ観れていないし詳しく知らない。

だから、彼女がいろんな話題に苦も無くついていく姿には感服する。

こういうのが雑談をメインとする配信者として必要とされる能力なのだろう。

話題を拾う対応力、知識、そういった実力をめぐるちゃんは確かに持っている。




「……はぁ。すごいなぁ、めぐるちゃん。」


楽しそうに話す彼女を画面越しに眺めながら、わたしはついため息を漏らした。

わたしがライバーそあになる前、ひかり先輩の配信を観ているときにも思ったこと。

画面の向こう側の彼女たちは皆すごい人たちばかりで、皆眩しく輝いている。

けれど今、めぐるちゃんの姿を見ていて、わたしの中にはあの頃とはまた違った想いが生まれていた。



“羨ましい”という想い。

彼女に対して、「すごい」と思う気持ちは嘘じゃないし、同期の仲間でいられて、友達でいられて嬉しいし誇らしい。

でも同時に、正直嫉妬もしてしまっている自分がいるのを、わたしは認めざるを得ない。

同じ配信者として、自分に無いものを持っている相手への羨望。

「すごいなぁ」と眺めるだけだったあの頃とは違って、「こうなりたい」だけではない、「負けたくない」という焦りにも似た想いがわたしの中に湧き上がってくる。

今のわたしは、彼女たちのファンであるだけではない。

ともに肩を並べ、高め合うライバルなのだ。

このあいだのお姉ちゃんとのコラボ以来わたしの配信枠のリスナーさんも増えてるけれど、それは純粋なわたしの実力とは言えない気もするし。

仲間として、友達として、ライバルとして。

そんな存在として足るだけの力が、やっぱりわたしにはまだまだ足りないように思える。





そんなことを考えていた、めぐるちゃんの配信後。

スマホからピロンと音が鳴った。

わたしは机の上からスマホを手に取る。


「通知……?」


画面には、SNSアプリの着信通知が来ていた。


「あ、めぐるちゃんだ。」


このアプリ「Concordコンコード」は、チャットや通話などに特化したSNSアプリ。

この界隈ではメールや電話の代替としてよく使われているもので、ひかり先輩との打ち合わせ等のやり取りもこれで行っていた。


【そあちゃん、さっきは来てくれてありがとう】

【ううん、こっちこそ。楽しかったし、やっぱりめぐるちゃんはすごいなって思った!】

【そっかな……そうだといいんですけど】


彼女から送られてくる文面には、なんだか少し迷ったような雰囲気も感じる気がする?

[書架屋めぐるさんが書き込んでいます……]という表示がしばらくついたままなところからも、言葉に悩んで何度も文を打ち直しているのが分かる。




[書架屋めぐる が通話を始めました【参加する】or【参加しない】]


しばらくして、めぐるちゃんの手が止まったかと思うと、突然そんな通知が画面手前に現れた。


「めぐるちゃん?」


通話なんて、しかもこんないきなりなんて珍しい。

配信を聴いている時からずっとベッドに寝転がっていたままの身体を起こし、一呼吸置いてから、あたしは通話ボタンを押した。

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