緑――四条みどり
新作発表おめでとう。読ませてもらいました。懐かしいなぁ。これが本当の物語であることを知っているのは6人だけだと思うと、感慨深いですね。
この小説のラストシーン、りんごちゃんが最後にタイムマシンに飛び込んで、未来の世界で再会するんですよね。すごく、いい終わり方だと思いました。
ここだけの話、もしかしたら映画化した時、私も出演するかもしれません。まだ、なにも決まっていないけれど。その時は、よろしくお願いします。
ところで、みどりちゃん。つかぬことを訊くようだけれど、
10年前に彼女とした約束、憶えていますか。
そのメールが来た時、私は珍しく昼寝をしていた。新作の発表を終え、ひと段落ついていたから、すこし気が緩んでいたのかもしれない。着信音で目を覚ました私は、すばやくコンタクトをつけて文面を確認した。
そして、苦笑する。忘れるわけない。コンタクトをつけるたび――今はコンタクトだけれど――彼女との約束を思い出す。
修学旅行中に、私の眼鏡は壊れてしまった。私のせいだから弁償させてほしい、と3人が同時に言いだした時、私の心は落胆や怒りよりも、温和な気持ちに包まれてしまった。まるで小さな頃、善悪なんてまるっきり分からないままみんなで大人を困らせたあの頃に戻ったみたいだったから。
怒らないから、
「私が悪いんだ、実は――」
2040年 秋
先生から自由行動を指示された私たちは、基本的には明里ちゃんの要望に従って(お姫様だね、と雪乃さんは言った)、いろんなアトラクションをまわっていた。けれど普段運動不足な私は疲れ切ってしまい、ベンチで休憩したい、と申し出た。みんなは快諾し、明里さんはまわりたいところがあると言い出し、雪乃さんはお土産を見たいと言い出し、ななみさんは明里さんと一緒にいたくないと(はっきりと)言い出して、雪乃さんとななみさんだけがお土産屋に向かった。そして明里さんが去り際、
「みどりちゃん、眼鏡にしたんだね。ちょっと貸して~」
と言った。
「おい、四条が困るだろ、やめろ!」
「いいですよ、あとで返してくださいね」
「ほほーう、けっこう度がきついね。どう? 似合ってる? えへへ」
そして、その眼鏡が私の手元にそれが戻ってきた時には、フチからばっくりと割れてしまった無残な姿になっていた。
「私が、ちゃんとしなかったから――」
「私が、喧嘩を買ったんだ」
「私がみどりちゃんの眼鏡をもってっちゃったから」
各人がそれぞれ懺悔していた。とはいえ、レンズには問題はなかったし、フレーム代だけとなるとせいぜい4000円ぐらいだ。つい最近買ったばかりだったが、奇妙な思い出代と考えれば安いだろう。私が払う、の次はじゃあワリカン、などと口々に話していた3人は、すべて私が断ると、みんな押し黙った。
「じゃあ弁償の代わりに」
いつまでたっても、友達でいましょうね、私たち。
軽い冗談のつもりだったけれど、みんなの胸には私の言葉が残ったのだと思う。
特に、ななみさんには。
ななみさんは今でも――蜜柑さんや譲くんと同じく、彼女の帰りを毎日待っている。
――
10年後のクリスマス、絶対に集まろう。私たちが友達でいるって証を、みんなで確認し合いたいんだ。
彼女はそう言って笑った。私は、ただ約束を交わしたというだけで充分だったけれど、明里さんに必要だったのはその証拠だったのだと思う。友情を守り続けたというのが彼女の中の何らかの威信に繋がるのか、それともほかの理由なのかは分からないけれど、とにかく明里さんはみんなで集まることに固執していた。
はい、そうですね。
交換してもらった緑色のフレームの眼鏡を触りながら、私は返事をした。
もう長いこと使われなくなったそれは――ただ、再会の時のためだけに――私に使われるのを待っていた。
コンタクトを外して、それに触れる。
来ないと思う、それでもかまわないと彼は言い、あいつは絶対に戻ってくると彼は言った。
たとえどんな結果になっても、怒らないでいよう、泣かないでいようと心に決めて、玄関を出る。
優介さんが蜜柑さんを呼んだという、あの約束の地へ。
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