勇者ではなく、英雄であった


 織田信長に連れられて、俺は一つの会議室へ入った。


 そこへ入った瞬間に、幾つもの情報を俺の脳が無意識的にキャッチする。


 先に聞いていた各世界から代表が5人選ばれている、その選ばれた人間は各世界の全時間から選ばれている。


 この二つの情報が無ければ、俺は今以上に驚愕していた事だろう。


「魔力遮断結界か」


 誰にも聞こえないような声で、俺は呟いた。


 これは、空気中の魔力を完全に使えなくする魔力遮断結界だ。体内の魔力で魔法を使う魔法使いには全く意味のない結界だが、空気中の魔力を操って効果を発揮する異能に対しては、完全な防衛策となり得るだろう。


「決まったか少年? して、どちらを選ぶ?」


 開発したのは空間系の能力を持つあのアルベルトって爺さんだろうか。


 爺さんは、まるで全てを見透かしたような表情で、俺に問いかけてきた。


「俺は……、やっぱりあいつを助けたい」


「そうか。……例え、それがどのような結果であっても、お主は必ず英雄じゃよ」


 優しく微笑みながら、爺さんは俺にそう言った。




「あの、その少年は誰ですの? 私たち、完全に置いてけぼりなのですが?」


 どうやら、爺さん以外は俺の事を知らないようだ。


 だが、俺はその場の全員を知っている。織田信長、アルベルト・アインシュタイン以外の他の四人全員の事を。


「やぁ、シェリビア・グイト・オルクス」


「何故、私の名を知っていますの?」


 魔法使いにとって名前はかなり重要な意味を持つ。洗脳や呪術には、必ずと言っていい程に名前が必要になるからだ。だから、それを解っている魔法使いがフルネームを名乗るのは非常に稀だ。


 だからこそ、俺がそれを知って居る事に彼女は驚いたのだろう。


 そりゃ、知っているさ。なんせお前はの唯一の弟子なのだから。


「では儂の事も知っているかな? 少年よ」


 その隣にいたアルベルトと並ぶ年齢程の老人が、そう声を掛けてきた。


「勿論、賢者ノーマン。俺の知る中で最高の魔法使いだ」


「ふん! 当然ですわ、なんせ先生はこのわたくしの師匠なのですから!」


 シェリビアが胸を張って教えてくれる。


「知っているさ。俺が一番よく知っている人物と言っても過言ではない程に」


「それは、どういう意味ですの……?」


 俺の言葉に、シェリビアは疑問の声を口にした。


 しかし、賢者ノーマンはそれとは全く違う反応を示した。


「儂の何を知っている?」


「全部」


「そうか、分かった。では、始めるとしようか、我々の計略を」


 何かを察したように、何かを悟ったように、彼は俺に納得を示した。


「ええ、私もそれで問題ありません」


 全身を白銀の鎧で包む騎士、兜は外しているが、顔はかなり整っている。金髪イケメンって感じだ。


 賢者ノーマンとその弟子であるシェリビアと同様に、俺はこいつも知っている。その隣にいる赤鎧の女も。


「フェニクスにドラゴキラーか」


 魔法は基本的に召喚術が基本となっている。


 つまり、別世界から自分の望む法則や物質を、魔力と交換する形で召喚するというのが、魔法と呼ばれる現象の基本的な流れだ。


 そして、こいつらは恐らくその世界の住人。だからこそ、この二人の放つ魔力の質は俺の魔法の放つ魔力属性と酷似していた。


「その名を私に付けたのは、ここに居る賢者だけだと思っていましたが。いいえ、であればそれは真実なのでしょうね……」


「今はアーサー・ペンドラゴンとジークフリートです。そう呼んでください、契約者マスター


 魔法を擬人化させた? いいや、元々魔法の召喚元になっている幻想世界には、こんな物語の登場人物たちが住んでいるのかもしれない。


 今俺が居る世界では化学が、賢者ノーマンの世界では魔法が、そしてこの二人の騎士が住む世界には、その二つの世界の住人が想像する幻想全てが存在している。それは、賢者ノーマンが導き出していた魔法論と酷似している内容だった。


 だからこそ、俺はそれを素直に信じる事が出来た。


「では、彼の紹介をするべくもなく、彼の事を知れたようじゃから、計画を説明していくとしよう」


 アルベルト・アインシュタインは語り始める。神殺しの計略を。


 それは、異世界に対する攻撃の御旗に賀上若勝を添える事で、彼女の『救世主』によって全人類から魔力を吸い上げる事によって、絶対的な魔力量というアドバンテージを持って神を殺すという計画だった。


 俺は若勝に魔法を教えている。その魔法は、込めた魔力量によって威力を上下させる事が可能で、神殺しをするだけなら、莫大な魔力とその魔法一つでそれを亡ぼす事は可能だと思われる。


 今、人類は神の半洗脳状態に置かれているため、それの指向性を利用して賀上若勝に魔力を集める事は現実的だと思える。


 ただ、そこには一つ、いや実際は二つ、現実的ではない点が隠されていた。


「無理じゃな。神を龍の眼で見た儂から言わせてもらえば、50~100の魔力を70臆、つまり、最大値である7000臆の魔力を集めても、それでも神の魔力はその上を行く」


 賢者ノーマンが提示したそれが一つ目の否定的理由。


「それに、賀上若勝には人を殺せるだけの成熟した精神が存在しておらん様に儂は思える」


 信長が提示したこれが二つ目の否定的理由。


 この二つの事柄を解決しない事には、この作戦を決行する事は実質不可能だ。


「じゃから、その問題を解決するために、儂は彼をここへ呼んだのだ。夜坂陰瑠、お主は死ぬ覚悟はあるか?」


「ああ、解ってる。その問題は俺が解決するよ」




ーー




 それが、アルベルト・アインシュタインが賀上若勝に語った夜坂陰瑠の覚悟の真実だった。


「君に、大量虐殺する可能性のある人物を止める為ならば、人を殺す事を許容できる精神を宿らせるために彼は死を選んだのだ」


 そして真実はもう一つ。


「さぁ、魔力を感じなさい。今の君を信じる者は、今やこの世界の人間だけではないのだ」


 大量虐殺者を止めた勇者の映像が、もし仮に異世界へと放送されていたとしたら。


 夜坂陰瑠は異世界の街を壊滅させ、その功績を賀上若勝へ譲る事で、この世界の人類の信頼を賀上若勝へ献上した。


 そして、夜坂陰瑠は賀上若勝に殺される事で、異世界人の信頼を大量虐殺者を殺した勇者へと献上した。


 これによって、現在の賀上若勝には、三つの世界全ての人間からの勇者への信仰が送られてきている。


 レベル10『救世主』、それが最大限効力を発揮する唯一の方法。そして、彼女が人を殺せるだけの精神性を獲得する唯一の方法。


 それは、夜坂陰瑠を殺す事だった。

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