なんでなんですか?
「陰瑠さん……」
少女は最後に見た少年の事を思い出し憂い悲しむ。その少年は少女の生涯の中で、唯一他とは違う感情を抱いた相手。助けたいのではなく、助けて欲しいと願った相手。
それから約一週間、少女は考え続けた。
少女の人生は人とは少し違った。母は物心ついた頃から居らず、父は厳格で正義感の強い人間だった。
正しい事を成せ、自分の正しきを持ち、それを成せばよい。
その言葉は、今でも彼女も生きる理由だ。
だから助けた。虐められていた生徒を。
だから助けた。金に困っていた友人を。
だから助けた。老人も子供も学友も成人も見境なく助けて助けて助けた。
そして、彼女には何も残らなかった。
虐められ、蔑まれ、恨まれ、嫉妬され、金に困った。
八方美人なお前が嫌いだ。
人の物に色目を使うお前が嫌いだ。
何をしても折れないお前が嫌いだ。
そんな言葉ばかりが少女に浴びせ掛けられた。
何故だろう。少女は考えた。自分の正しさは何故こうも否定されるのか。
行き着いた答えは単純だった。凡その人間はそんな思考で生きていない。殆どの人は他の人を助けたいと思って生きていない。
それが彼女がたどり着いた答えの全てだった。
人間という生き物は自分と違う物を嫌悪する。それだけの話。
だから、もういいと思った。どちらが大切なのか、自分が一人になる事か、それとも目の前の人間が困ることか。
そんな物は生まれた時から決まっている。だから彼女は目の前の人間が困らない様にする事に決めた。
凡そ、その思考回路は人類とは思えない。人間に備わっている最大の特徴は嘘を吐けることだ。言葉に近い能力を保有する生物は他にも居るが、しかし嘘を吐けるというのは地球上の全生命体の中で人類だけが保有する特筆するべき能力だ。だが、少女にはそれが欠落していた。
彼女は生まれてこの方、人に嘘を吐いた事が無い。有言実行、自らが正しいと判断した全てを全うする。それが彼女の異常性であり、特殊性。だからこそ、彼女には今の地球で使われている異能力レベルでいう10に相当する力を保有していた。
異能力レベル10:人類を全滅させられるだけの効果を持つ異能。
天界、それは彼女が拉致された場所であり、ダンジョンの入り口と一つの店以外には、何もない真白な空間。彼女たち各世界の代表は、そこへの転移権限を保有している。白髪の老人によるパスワード設定のような物だが、射程距離はその比ではない。
この天界にある店にはジェミニという神の使いの双子が居るのだが、神への要望を伝える仲介役となってくれる。
「ジェミニさん。欲しい物があるのですが」
「はいほーい」
「何が欲しいのかな?」
全く同じような見た目の二人の少女が、全く同じような声で話す。彼女達の違いと言えば、髪型が左右逆という位の物だろう。
「地球への出向願いを頂きたいです」
「おっけー」
「地球への出向は一年に一度だけ、去年分はもう使ってるから、今年分をここで使っていいんだね?」
「はい」
「おっけーおっけー」
「日時は?」
「今から24時間で」
「りょうーかーい」
「分かったよ」
少女は少年の落ち込み方に疑問を持っていた。
(陰瑠さんに地球で何か起こったはず)
それは正しくない。陰瑠にではなく、陰瑠以外の全ての人間に何かが起こったのだ。ただ、神のした事を天界とダンジョン内しか行き来できない彼女が知る由もない。アルベルトの能力があれば地球上程度の距離であれば一瞬で好きな場所へ移動できるが、天界と地球を行き来する事は距離の関係で不可能だ。それだけこの場所は地球から離れた所にある。だから、彼女は一年に一度限定の権利を使う。
「頼ってばかりいられない。陰瑠さんは私たちの助けになろうとしてくれた。だったら今度は私が陰瑠さんに返す番」
「それじゃあ、送るよ?」
「はい」
「ワーープ!」
その瞬間、彼女の視界が切り替わる。それは地球にあるスクランブル交差点の波の中だった。ここで人が一人突然現れたとしてもそれに気が付くものは居ないだろ。もしいても、幻覚が目の疲労程度にしか思わない。
「待っていてくださいね陰瑠さん」
『やあ、同胞諸君』
その瞬間、地球上に存在する全ての電子機器がジャックされた。
「え?」
あらゆるテレビ、ラジオ、パソコンから彼の男の声が発される。男は黒いマントによって顔や体つきを隠しているが、賀上若勝はその声の主が誰なのかを明確に突き止める。
「陰瑠さん……?」
声だけ聴けば彼女にはそれが夜坂陰瑠だという事が解ってしまった。
彼と一緒に映っているのは、地球では絶対に有り得ない建築方法で建てられた見たこともないような形状の家々。
恐らくは錬金術を応用した建築用の魔術によって作られテイルで在ろう家が多数建てられた家。
夜坂陰瑠は天馬に跨りながら、それを空から見下ろしている。
『これは、我が世界に侵略行為を行っている異世界の街の一つだ。我らは我らの地球を護るために戦わなくてはならない。それには護るだけでは駄目だ、だから俺はこちらから撃って出る事にした。俺の仲間の異能力である世界間転移を使って俺はここまで来た。俺は今、支援者たちと共に侵略してきた相手の世界に乗り込んでいる訳だ。まずは手始めとしてこの街を破壊しようと思う。我が世界に手を出せば只では済まないとこの世界の住人に思い知らせるために!』
そんな中継がスクランブル交差点を囲むビル群のモニターから流れる。
「「「「うおぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
そんな中継を見れば神の洗脳を受けて、全てを信じている人類がどうなるかは明白だ。狂気的に熱狂する、ある種の復讐心と神への敬愛は、異世界の住人に対する殺意へ置き換わる。
耳に響くような大歓声を受けて、彼女は耳を塞ぎたくなった。けれど、彼の言葉を一つでも聞き逃さまいとそれをすることは無かった。
『では行くぞ、俺の異能力。核撃爆破!』
それは原子爆弾級の威力を持つ最強の異能の一つ。若勝と共に選ばれた四人の英雄の一人が持っていた異能。だからこそ、彼女は思い至る。彼の支援者とはアルベルトを始めとした神に選ばれた自分以外の者たちだと。
映像の中で街の中心を起点として大規模な爆発が起こる。
後には抉れとられた大地だけが残っていた。一つだけ良かったことがあるとするなら、この爆発によって原子力汚染は起こらないという事だが、それでも被害は大変な人数に及ぶだろう。何万、何十万という数の人間を彼は殺したのだから。
『俺の名前はシャドウ、そして我らのリーダーを務めるのは賀上若勝様だ。地球に暮らす人類たちよ、異世界の住人を許してはならない。俺たち、クラウンズは異世界と徹底的に交戦する所存だ。だからこそ、支援と声援を頼んだぞ』
彼がそう言うと、画面はブラックアウトした。彼が大量殺人鬼、そして自分がそのリーダーに担ぎ上げられている。そんな事が許せるような性格を、生き方を彼女はしていない。
「なんでなんですか……、陰瑠さん……?」
涙を零す。最愛で、唯一信頼の出来る相手が、言い表せ用もないような大罪を犯していた。そして、その主犯を自分と言った。
何を考えているのか全く分からない。まさか、本気で陰瑠さんは異世界の人間を殺す事で進行を止めようとしているのだろうか。
そんな考えが彼女の頭を過った。
そんな方法は望んでいなかった。そんな事を彼に期待したわけでは無かった。
だとしたら、
「きっと、それを止める事だけが、私にできる貴方への唯一の贖罪」
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