俺と君


 ずっと考えていた。


 何故あのタイミングで自称神があの行動に出たのか。起因は何か、ダンジョンが出来てからの時間だろうか、それとも異世界の魔術師の攻略状況だろうか。いいや、きっと違う。あれは、人類の最高到達階層。つまり、俺の到達階層が100を越えた事で起こされた行動だ。


 だとしたら、十華が、他の皆が、全人類が神の呪いと呼ぶべき洗脳に罹ったのは俺の行動の為なんじゃないだろうか。


 俺が何もしなければ、もっと遅かったはずだ。俺がダンジョンに入ったりしなければ、こんな事にはならなかったのかもしれない。


「陰瑠さん……」


 149階層。そこには俺が最初に失った人が立っていた。


 無力だなぁ……


 強さも誠実さも異能も魔法も全ぶ無力だ。あの神はそう言う存在だ。解っている、俺がどれだけ魔力を増やして強くなったとしてもあの存在には敵わない。魔力量の差は10倍以上と言ったが、それは最低値の話で実際どれだけ離れているのかなんて察しようもない。


 ただ声を発するだけで全人類に強制的に指令を出す。それは俺の扱う十番台の魔法すら超越した物である事に間違ない。どれだけ、何十年、何百年、いいやそもそもこのダンジョンはあの神が作った物だ。そこでの修練であの神よりも強くなる事なんてありえない。


「陰瑠さん。私の声が聞こえていないんですか?」


「いいや、ちゃんと聞こえている。けど、ダメなんだ……どうしたら取り戻せるのか……どうしたら護れるのかが……分からないんだ……」


「……」


 彼女は何も答えない。


 膝をついた俺は、地面を眺める。


 ダンジョンの地面、草木の生えない火山のふもと。


 何を目的にしたのだろうか。100から149階層に来るまで更に三か月掛かった。どんどんダンジョンの難易度は上がっている。どれだけ魔力レベルを上げようと、どれだけ配下を増やそうと、もう一階層の攻略に三日は時間が掛かる。どこまで、どれだけ登ってもあの神を自称する者に勝てるビジョンが浮かばない。それに異世界の魔術師の問題もある。神に勝てないまでも異世界の魔術師の進行を止めればいいのかもしれない、けれどその眼に見えない敵は、もしかしたら神なんかよりももっと強大なのかもしれない。なんせあの神であってもダンジョンという壁を作ることしか出来ないような存在なんだから。


「大丈夫です」


 微笑みながら、両膝をついた俺を彼女は覆いかぶさるように抱きしめる。


 彼女の声が、匂いが、感触が、俺を安心させる。


「大丈夫です。私が居ます、ずっと一緒に居ます。もう何もしなくて大丈夫なんです。全部、全部、私がします。だから陰瑠さんはもう立ち上がらなくてもいいんです。もう、休みましょう」


 だが、間違いは連鎖する。


「そうやって、また俺を立ち上がらせるのか? また、俺に手記を渡した時と同じように何かを期待するのか?」


 それが間違っている事に何て気が付いている。それがただの八つ当たりだと知っている。それでも、俺は結局賢者なんかじゃなくて、ただの弱い人間の一人でしかない。


「分かっていますよ、陰瑠さんが私を大切に思ってくれている事は。私の異能は救世主、私に好意を向けている人から魔力を分けてもらう物です。だから解るんです」


 それでも、彼女は俺から離れようとしなかった。


「ごめん。ごめんな。ごめんなさい……」


「いいえ、もう休んでください。全部、私が終わらせて来ますから」


 どこまでも彼女は優しく、正しく、強い人間だった。憂い、同情し、護ろうとしてくれる。甘えたい。助けを求めたい。救ってほしい。この人に全部押し付けて、全部代わりにやって貰ったらどれだけ楽だろうか。それはきっとすごく幸せな事で、それはきっとすごく楽な道だ。



 言い残し、その匂いと温もりが消えていく。



 戻ったのだろう。俺は茫然と立ち尽くす。




「それで良いのか小僧?」


「おっさん……」


 代わりにそこに居たのは99階層で会ったおっさんだった。




ーー




 七つの席と円卓が中央に設置された部屋。その内五席は既に埋まっていた。初老の白髪の老人。高貴な服に身を包んだ魔術師の女。歴代最高の賢者と呼ばれた男。銀色の甲冑に身を包む金髪の騎士に、燃えるような赤い鎧を身にまとった麗しい女騎士。


「私たちを集めて、どうするつもりかしら?」


 魔術師の女は、集められたにも関わらず中々始まらない会議を煩わしく思い声を上げる。


 それに答えるのはこの会議の主催である白髪の老人。


「もう一人来る。少し待ってくれるか、お嬢さん?」


 もしも、彼女が暮らす場所で彼女をお嬢さん呼ばわりした者が居たなら、厳重な処罰を受けるだろう。ただ、そのこととこの老人とは何の関係も無かった。叱るに叱れない魔術師の女は顔を背け、口を紡ぐ。


「その人物とは誰ですか? 一つの世界に付き、二名が出席する物だと思っていましたが?」


 今度は、銀の鎧に身を包む聖騎士が問いかける。三つの陣営から二名づつが参加すると考えるのは、この出席者の顔ぶれを見ればこの場の誰もが思い至る考えだ。何故なら、三つの陣営から二名づつこの場には居て、二人が揃っていないのは白髪の老人の陣営だけなのだから。


「我が世界、いいや我らの地球には今ダンジョンの入り口が作られておる。七人目は、選ばれた者ではなく、自分で勝ち取った者だ」


「正気か?」


「何を考えていますの?」


 赤毛の女騎士と、先の魔術師の女が声を上げる。女性だけが声を上げたのは、二人が他の男性陣よりも慈悲深い物を持っている証なのだろうか。


「やめろなさい、ジークフリート」


「お前もだシェリビア、第三の行いは間違っておらん」


「失礼しました王」


「申し訳ありません、先生」


 白銀の騎士と、最高の賢者がその二人を咎めれば、彼等は大人しくなった。白銀の騎士、最高の賢者、白髪の老人は、各世界のリーダーとなり得た才ある者だ。


「私たちの所の怠け者も、その考えには行きついておりましたが、しかしその上でその案を拒否したのは私の王としての覚悟故です。少なくとも、一つの考えとして私と貴方方が相容れていない。それを認めてください」


「そんな事は無いと思うがのう?」


 白銀の騎士の言葉に白髪の老人はそう答えた。その意味を白銀の騎士は理解できない。


 そうこうしている内に、一つしかない部屋の扉が開いた。


「連れて参ったぞ」


 和風の鎧を纏った武士のような恰好の男が現れる。


「それで、少年の返答はどうじゃった?」


「それは自分で聞くがよいさアルベルト」


 鎧の男の後ろから一人の少年が姿を現す。


 その瞬間、魔術師の女は固唾を呑んだ。その少年の内包する魔力の大きさに。賢者はその強大な魔力唸った。二人の騎士は、その覚悟を見定めた。そして、その少年に覚悟がある事を騎士たちは一目で理解させられた。それだけ、少年の表情は覚悟した物だった。


 まるで、死期を悟った者のような表情。未だ一言も発していないにも関わらず、この少年の言葉を無視できる者は既にこの場に誰も居なかった。


「決まったか少年? して、どちらを選ぶ?」


「俺は……、やっぱりあいつを助けたい」


「そうか。……例え、それがどのような結果であっても、お主は必ず英雄じゃよ」


 期待した答えが期待通りの物で、そして少年の覚悟を受け取った白髪の老人は、いいや、アルベルト・アインシュタインは、微笑みながらそう言った。

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