さようなら


「ここは何処ですか?」


「目覚めましたか? 私の勇者」


 それが神様と初めて交わした言葉だった。そして、私は神様この世界に飛来している危機についての説明を受けた。異世界の魔術師がこの世界に侵略行為を働こうとしている事、そしてそれを防ぐために、魔術師よりも先にダンジョンを攻略しなければならないという事。


 正直、ダンジョン内のモンスターだとしてもそれを自分の手で殺すというのは気分の良い物では無かったが、私の異能力である救世主と神様から頂いた守護の加護の能力で、思ったよりも苦労せずにモンスターと戦う事が出来た。そして一年が経とうとしていたころ、魔術師の進行度と比べて圧倒的に私たちの進行速度が勝っているという事実を私たちは神様から教えられた。


 そしてアルベルトさんが提案したんだ。あの悪魔のような計画を。


 何度も私は止めた、けれどその計画に私の介入する余地はなく、神様も計画には乗り気でアルベルトさんの異能である『空振帝』の力を使う事によってその計画は実行された。私に出来た事はアルベルトさんに頼んで地球に同行させてもらう事と、陰瑠さんに手記を渡す事だけだった。


 アルベルトさんの異能力は記憶にある全ての場所への空間転移であり、それを行うゲートを作り出す事も自在だ。その能力で地球に発生させたポータルとダンジョンの入り口を空間的に結び、他の人類に迷宮攻略を手伝わせるという計画が開始された。


 止められなかった自身の無力さに打ちひしがれた。何もできなかった。誰も護れなかった。その事実が私を歪めた。だからなんだろう、彼に助けを求めてしまったのは。でも、今なら解る、冷静に判断できる。自分に出来ないから他人に頼るなんて私は何て愚かで浅はかだったのか。


「よ、若勝」


 私は地球で陰瑠さんの足取りを追った。三ヶ月間ダンジョンで魔力を増やした彼は、今から三ヶ月ほど前にこの地球に一度足を運んでいる。そして、妹の十華さんを軟禁していたギルドに乗り込み、SS級トラベラー一名を殺害した後、十華さんを連れてまた消息を絶った。


 このホテルを見つけるのにまさかこれだけ時間が掛かるとは。総理大臣に直談判したのに半日も掛かってしまった。そこで張っていれば、何れ現れてくれると思っていましたよ。貴方が行くところなんてこことダンジョンくらいしか無いでしょうから。


「一日振りですね。陰瑠さん」


「そうだな。取り敢えずここじゃなんだし、ダンジョンに行こうか?」


「はい」


 陰瑠さんはアルベルトさんの設定したパスワードを口にし、ダンジョンへの扉を開く。もしも私がこのワードを教えていなければ貴方が人を殺す事なんてなかったはず。だから、貴方の罪は私の罪。なら私が終わらせましょう。


 ダンジョン二階層。陰瑠さんが指定した階層は草原のフィールドだった。


「ここなら、低位のモンスターしかいないし誰に邪魔される事もないだろ?」


「そうですね……」


 一拍置いて、私は言葉を続ける。


「本当に陰瑠さんを巻き込んでしまったことは申し訳ないと思っています」


「いいや、俺はお前に頼られて嬉しいよ」


「私が何もしなければ貴方が誰かを、あんな大量の人間を殺す事も無かった」


「きっと俺はお前の為なら頼られなかったとしても、なんでもしたさ」


「アルベルトさんやハリーさんを引き入れているのはどうゆう了見ですか? 色々と調べましたが陰瑠さんの異能は死者を配下にする類だと推測します。そして、陰瑠さんが殺したSS級トラベラーの能力は精神支配。あの二人はその能力で操っているんですか?」


「ああ、そうかもな」


「何故ですか……」


「今は分からなくてもいい。だから俺の言葉も聞いてくれ」


「勿論聞きますよ。何でも好きなだけ反論して、お願いですから私を止めてください。だから一つでも多く、私が止まっていい理由を言ってください!」


「若勝、お前がどれだけ好まれなくても、お前がどれだけ報われなくても、それは絶対に正しいお前のせいなんかじゃない。輝いて見える物だけが真実かなんて限らないけど、それでも人間って奴は光り輝く物が好きなんだから、俺がお前を光らせる陰になるよ」


 陰瑠さんは私にそんなまるで意味の分からない事を言った。


「意味が解りません! お願いです……もっと私を否定してください! 貴方の言葉なら私は聞くかもしれません。だからお願いします……言い訳を聞かせて下さい」


 ぽろぽろと大粒の涙が勝手に零れて来る。殺したくない。けど、止めないといけない。止めなければ、また彼は繰り返す。何故なら、異世界を再起不能にしなければこの世界の人間は絶対に納得しないから。


「ごめんな……」


 陰瑠さんは私に止まる理由を最後まで口にしてくれなかった。俺の願いを聞いてくれと、ただそれだけで良かったのに。


「ごめんなさい」


「大丈夫、全部想定通りだよ」


 知っている。全部分かってしまう。彼の感情が、考えが、その目的が。


 私の異能力『救世主』は私に好意的な感情を向ける人間から魔力を吸い上げる効果を持つ。そして、その人数に上限は存在しない。


 今私には陰瑠さんが地球全体に向けて異世界への宣戦布告を行い、そのリーダーに私の名前を言ったことで、この世界70億人分の魔力が流れて来ている。


 何故、地球の人たちがこれほどまでに異世界の住人を憎んでいるのかは調べがついている。神様が本当の事をこの世界の人全員に話したからだ。それによって、一気に異世界人に対しての敵意が高まり、それを発散させた陰瑠さんが私を持ち上げた事で、その敵意は私への好感情として変換された。


 確かにまだダンジョンが出来て日が浅いこの地球に暮らす人たちの魔力は私や陰瑠さんに比べれば微々たるものだが、50や100でもその総数70億人以上から吸い上げれば、その魔力量はどんな魔術師よりも上に行く。これが有れば、異界の魔術師よりも速くダンジョンを攻略できると、彼はそう言いたいのだろう。


「分かってます。陰瑠さんが全部私の為にしてくれたなんてことは。けど、それでも、私は貴方のした事を許せない。許してはいけないと思うんです」


「ああ、それでいいし、それでこそ賀上若勝だよ」


 私は陰瑠さんに手を向ける。


 そして、陰瑠さんは私に手を翳す。


「「炎息吹カリュウ」」


 それは、陰瑠さんから教わった第一の魔法。込めた魔力に応じて威力を上げられる魔法。


 だから、私のその魔法は絶対に陰瑠さんのそれに負けない。


 魔力効率なんて完全に無視して、私の魔法は陰瑠さんのそれを越える。


 私の龍が陰瑠さんの龍を飲み込んで、陰瑠さんを燃やし尽くす。


「はぁ……はぁ……まさか、儂が一発耐えるだけでガス欠とはな……」


 陰瑠さんは時折自分を儂と言う。それはきっと異世界の魔術師だったときの記憶なのだろう。そして、100万程度込めたはずの私の魔法を受けて耐え凌ぐとは流石と言うべきか。きっと第十術式の効果だ。もうそのレベルの魔法を使えるまでに成長しているとは。


 私は陰瑠さんが使える五十個全ての術式を一応教わっているが、実用できるのは単純な術式で編まれている一番台の魔法だけ。


「けど、私にはそれで充分。炎息吹カリュウ


「俺が迎えに行くまで待ってろよ若勝」


「私が愛すのは貴方だけです。……さようなら、陰瑠」


 燃え焦げた身体は、しかしまだ原型を保っていた。魔力抵抗力が強いことが原因だろう。ただ、心臓は完全に止まり身体はどんどん冷めていく。黒焦げの焼死体。それが私の最愛の人の最期だった。

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